まとめて記事を発表してきましたが、8月の観劇旅行のまとめが終わったので、しばらくお休みします。何か面白いことがあれば更新するかもしれませんが、『ハミルトン』曲紹介は一旦休止です。で、ここまでの紹介をもう一度まとめておきます。
『ハミルトン』あらすじと全体構成
第一幕(登場人物、年表)
1. Alexander Hamilton
2. Aaron Burr, Sir
3. My Shot
4. The Story of Tonight
5. The Schuyler Sisters
6. Farmer Refuted
7. You'll Be Back
8. Right Hand Man
9. A Winter's Ball
10. Helpless
11. Satisfied
12. The Story of Tonight (Reprise)
13. Wait For It
14. Stay Alive
15. Ten Duel Commandments
16. Meet Me Inside
17. That Would Be Enough
18. Guns and Ships
19. History Has Its Eyes On You
20. Yorktown (The World Turned Upside Down)
21. What Comes Next
22. Dear Theodosia
23. Non-Stop
第二幕(登場人物、年表)
24. What'd I Miss?
25. Cabinet Battle #1
26. Take A Break
27. Say No To This
28. The Room Where It Happens
29. Schuyler Defeated
30. Cabinet Battle #2
31. Washington On Your Side
32. One Last Time
33. I Know Him
34. The Adams Administration
35. We Know
36. Hurricane
37. The Reynolds Pamphlet
38. Burn
39. Blow Us All Away
40. Stay Alive (Reprise)
41. It's Quiet Uptown
42. The Election of 1800
43. Your Obedient Servant
44. Best of Wives and Best of Women
45. The World Was Wide Enough
46. Who Lives, Who Dies, Who Tells Your Story
次の "34. The Adams Administration"からは本格的に結末への展開が始まりますね。4分の3ほど? 結構来たような、山登りと同じでここからきついような……。
upturned gem
英語圏文化についてのあれこれ、ミュージカル『ハミルトン』とその周辺
2017年10月4日水曜日
2017年10月3日火曜日
ブロードウェイ・ミュ―ジカルの周辺 ― 36 Questions、BARS Workshop
『ハミルトン』人気でブロードウェイ・ミュージカルが盛り上がる中、その周辺でも新しい試みがたくさん出てきているようです。それとも、そうした試みの積み重ねが『ハミルトン』を中心としたここ数年の盛り上がりにつながっていると見るべきか……。どちらもありそうです。
"33. I Know Him"の記事でもちょっと触れた podcastミュージカルも、そうした試みのひとつ。タイトルは 36 Questions。内容がよいのもありますが、podcastというメディアもおなじみになってその分マンネリになってきた、その空気を打ち破って新しい可能性を追及している、と評価が高いようです。
36 Questions
『ハミルトン』ジョージ王役、『アナと雪の女王』クリストフ役などで人気のジョナサン・グロフ (Jonathan Groff)と、ジェシー・シェルトン(Jessie Shelton)が主演。最後にちょこっと登場する人物がいるのと、あと、飼いアヒルが鳴いているのを除けば、基本的に二人劇。グロフはさすがの安定感。シェルトンは Hadestown (ギリシャ神話のオルフェウス/エウリディケの話を下敷きにしたミュージカル)出演の若手女優[主演と書いていたんですが違いますね。勘違いでした]。ちょっと(というかかなり)問題がある女性をうまく演じています。作詞作曲・脚本はクリストファー・リトラー(Christopher Littler)とエレン・ウィンター(Ellen Winter)。podcast 3回分に分かれています。各一時間ほど。
タイトルの "36 Questions" は、心理学者が作った質問リストで、新しく会った二人が一気に親密になりたいときに使うらしい。こちら、『ニューヨークタイムズ』の記事があります。さらにこちらが、心理学者による論文。
The Experimental Generation of Interpersonal Closeness: A Procedure and Some Preliminary Findings
雑誌とかに載っている心理テストなんかよりは、はるかに根拠があるテストではありそう。ちなみに最初のいくつかを訳すと、
1. 世界中の人から誰でも選んでよいとして、あなたがぜひディナーを共にしたいと思うのは誰ですか?(Given the choice of anyone in the world, whom would you want as a dinner guest?)
2. 有名になりたいですか? どんなかたちで?(Would you like to be famous? In what way?)
3. あなたは電話を掛ける前に、あらかじめ何を言うかを練習することがありますか?それはどうして?(Before making a telephone call, do you ever rehearse what you are going to say? Why?)
4. あなたにとって「完璧な」一日にはどんな条件がありますか?(What would constitute a “perfect” day for you?)
といった具合。まあ、そもそもこんな突っ込んだ質問を時間をかけてすること自体、そもそも好意がないとありえないし、この後32問もあって、それだけ一緒にいりゃあ親密になるのは当たり前でしょ、という気もしますが……。
さて、ミュージカル 36 Questions、登場人物は(何も知らずに聞きたい人は読まないでくださいね)、
ジュディス・フォード[ナタリー] (Judith Ford [Natalie]):
ジュディスが本名だが、ナタリーという偽名を使い、ジェイスと結婚。以降、偽の経歴をつくりあげる。子供時代から色々苦労したらしい。iPhoneを使ってあれこれ録音を残す趣味?がある。
ジェイス・コンリー(Jase Connolly):
妻が偽名で、経歴も実際は違う人物であることが判明、ショックを受けて失踪。現在は子供時代を暮らした家が崩壊しかかっているのを改装中。親はレズビアンのカップル(the moms)。職業は教師。迷い込んできたアヒルを飼っている。
基本的にこの二人しか出てこない、二人劇です。あらすじ、
Episode 1
子供時代に住んでいた家を改装しながら暮らしているジェイスのもとに、ジュディスが押しかけていく。ちょうど嵐だったこともあり、ジェイスは不承不承ジュディスを家に入れてやるが……。
Episode 2
若いカップルのくっついたり離れたりという話で、最近ヒットしたミュージカル映画 La La Land や、ミュージカル The Last Five Years(こちらもアナ・ケンドリック主演のよく出来た映画版がありますね)を想起させる。最近 podcast で聞いている Broadway to Mainstreet の今週の回は2000年代のミュージカルをとりあげていましたが、その中でホストのLaurence Maslon が、教えている大学のクラスでお気に入りのミュージカルを尋ねると、The Last Five Years をあげる生徒が多い、と言っていました。こういうのも人気、なのですね。
隅々まで気を配った、よく出来たショウになっていますが、もちろん舞台上演と比べて段違いに安上がり。ブロードウェイが興行収入的には調子がいい、その一方で製作コストが右肩上がりで、クリエイターにとってはストレスの多い環境になっている。しかも、才能はひしめいている、ということで、周辺を見ていくと、このように楽しめる試みが新しいかたちでたくさん生まれているかもしれません。
他の一例をあげると、BARS Workshop。このブログのどこかですでに触れたかもしれませんが、ダヴィード・ディグズ(ラファイエット/ジェファソン)と、スポークン・ワーズ・アーティストのラファエル・カサル(Rafael Casal)が代表で、役者や素人を集めて(サイトからアプライして選ばれれば、あなたや私も参加できるようです)、ラップで様々なジャンルからの作品を再解釈し、パフォーマンスにしていく、それを動画として最終的に発表する、というプロジェクト。現在、2回目までの作品が YouTube などで公開中。第3回もすでにワークショップは終了しているので、もうすぐ動画がアップされることでしょう。
上にリンクしたページにも出ていますが、ヒップホップMCのファロア・モンチもサポートで?参加していて、彼のちょっとしたパフォーマンスの映像が見れます。
Pharoahe Monch Spits about addiction
ちょっと頼まれてこれ、ですから、何というか、すごいです。
"33. I Know Him"の記事でもちょっと触れた podcastミュージカルも、そうした試みのひとつ。タイトルは 36 Questions。内容がよいのもありますが、podcastというメディアもおなじみになってその分マンネリになってきた、その空気を打ち破って新しい可能性を追及している、と評価が高いようです。
36 Questions
『ハミルトン』ジョージ王役、『アナと雪の女王』クリストフ役などで人気のジョナサン・グロフ (Jonathan Groff)と、ジェシー・シェルトン(Jessie Shelton)が主演。最後にちょこっと登場する人物がいるのと、あと、飼いアヒルが鳴いているのを除けば、基本的に二人劇。グロフはさすがの安定感。シェルトンは Hadestown (ギリシャ神話のオルフェウス/エウリディケの話を下敷きにしたミュージカル)出演の若手女優[主演と書いていたんですが違いますね。勘違いでした]。ちょっと(というかかなり)問題がある女性をうまく演じています。作詞作曲・脚本はクリストファー・リトラー(Christopher Littler)とエレン・ウィンター(Ellen Winter)。podcast 3回分に分かれています。各一時間ほど。
タイトルの "36 Questions" は、心理学者が作った質問リストで、新しく会った二人が一気に親密になりたいときに使うらしい。こちら、『ニューヨークタイムズ』の記事があります。さらにこちらが、心理学者による論文。
The Experimental Generation of Interpersonal Closeness: A Procedure and Some Preliminary Findings
雑誌とかに載っている心理テストなんかよりは、はるかに根拠があるテストではありそう。ちなみに最初のいくつかを訳すと、
1. 世界中の人から誰でも選んでよいとして、あなたがぜひディナーを共にしたいと思うのは誰ですか?(Given the choice of anyone in the world, whom would you want as a dinner guest?)
2. 有名になりたいですか? どんなかたちで?(Would you like to be famous? In what way?)
3. あなたは電話を掛ける前に、あらかじめ何を言うかを練習することがありますか?それはどうして?(Before making a telephone call, do you ever rehearse what you are going to say? Why?)
4. あなたにとって「完璧な」一日にはどんな条件がありますか?(What would constitute a “perfect” day for you?)
といった具合。まあ、そもそもこんな突っ込んだ質問を時間をかけてすること自体、そもそも好意がないとありえないし、この後32問もあって、それだけ一緒にいりゃあ親密になるのは当たり前でしょ、という気もしますが……。
ジュディス・フォード[ナタリー] (Judith Ford [Natalie]):
ジュディスが本名だが、ナタリーという偽名を使い、ジェイスと結婚。以降、偽の経歴をつくりあげる。子供時代から色々苦労したらしい。iPhoneを使ってあれこれ録音を残す趣味?がある。
ジェイス・コンリー(Jase Connolly):
妻が偽名で、経歴も実際は違う人物であることが判明、ショックを受けて失踪。現在は子供時代を暮らした家が崩壊しかかっているのを改装中。親はレズビアンのカップル(the moms)。職業は教師。迷い込んできたアヒルを飼っている。
基本的にこの二人しか出てこない、二人劇です。あらすじ、
Episode 1
子供時代に住んでいた家を改装しながら暮らしているジェイスのもとに、ジュディスが押しかけていく。ちょうど嵐だったこともあり、ジェイスは不承不承ジュディスを家に入れてやるが……。
Episode 2
復縁を希望するジュディスが、始めて出会った時にもした「36の質問」を試そうとジェイスにもちかける。質問が進むうちに二人は悪くない雰囲気になっていくが……。
Episode 3
Episode 3
(ネタバレになるのでパス)
という感じです。あとは、設定として、ジュディスの iPhone (第一世代)に録音された音声だけで構成されている(一録音ごとに録音開始、終了の音が鳴る)、というのさえ知っていれば、ある程度の英語力があれば楽しめるのではないでしょうか。
隅々まで気を配った、よく出来たショウになっていますが、もちろん舞台上演と比べて段違いに安上がり。ブロードウェイが興行収入的には調子がいい、その一方で製作コストが右肩上がりで、クリエイターにとってはストレスの多い環境になっている。しかも、才能はひしめいている、ということで、周辺を見ていくと、このように楽しめる試みが新しいかたちでたくさん生まれているかもしれません。
他の一例をあげると、BARS Workshop。このブログのどこかですでに触れたかもしれませんが、ダヴィード・ディグズ(ラファイエット/ジェファソン)と、スポークン・ワーズ・アーティストのラファエル・カサル(Rafael Casal)が代表で、役者や素人を集めて(サイトからアプライして選ばれれば、あなたや私も参加できるようです)、ラップで様々なジャンルからの作品を再解釈し、パフォーマンスにしていく、それを動画として最終的に発表する、というプロジェクト。現在、2回目までの作品が YouTube などで公開中。第3回もすでにワークショップは終了しているので、もうすぐ動画がアップされることでしょう。
上にリンクしたページにも出ていますが、ヒップホップMCのファロア・モンチもサポートで?参加していて、彼のちょっとしたパフォーマンスの映像が見れます。
Pharoahe Monch Spits about addiction
ちょっと頼まれてこれ、ですから、何というか、すごいです。
2017年10月2日月曜日
"33. I Know Him" from Hamilton: An American Musical
さて、ジョージ王最後の歌です。"7. You'll Be Back"、"21. What Comes Next?" に続いて3曲目。最後の歌ではあっても、最後の登場ではありませんよ。
<あらすじ>
ワシントン大統領辞任の報告を受けたジョージ王は、権力者が地位を自ら降りることが信じられずわが耳を疑う。次いで大統領の後任がかつて会談に訪れた小男のジョン・アダムズであることを知らされて爆笑。アメリカが混乱に陥るのを高みの見物しましょうと、舞台袖に。
このブログではジョージ王の前二曲は、ブロードウェイ・オリジナル・キャストのジョナサン・グロフの印象で訳しています。ちょっとオネエ風だけど、完全にそこまでいかない、ような。ただし、私が見た舞台のジョージ王は、『ハミルトン』オフ・ブロードウェイ上演時のオリジナル・キャストで、現在また復帰しているブライアン・ダーシー・ジェイムズ(Brian d'Arcy James)―復帰したときの「戴冠式」の映像がありますね。グロフより一回り年上のベテランで、大事なポイントはオネエ度がはるかに上(演技の話ですけど)。というわけで、ジェイムズ調で今回は行きます。
聞いたわよ、
ジョージ・ワシントンが権力を捨ててフツウの人になるんだって。
それってマジ?
そんなことが人間に出来るなんて考えたこともなかったわ。
でもヘンよねえ、
これからもずっとリーダーをとっかひっかえするつもりかしら?
だとしたら、次は誰?
あの「国」にワシントンと同じぐらいの格があるやつ、他にいたっけ?
国、にカギカッコがついているのは、舞台でジェイムズが、引用符(” ”)を表すしぐさ(両手を前に上げてチョキを出して、伸ばした指をくいくいと曲げる)をしていたから。歌い方も "country" に強調が入っていますね。つまり、私はあんたらのこと、国だなんて認めてないからね、ということ。
ここで伝令がやってきたジョージ王の耳に何かを囁く。見た舞台では、一度聞いてから、"What?" と大声でもう一度聞き直していました。
ジョン・アダムズ?!
知ってるわ。
嘘でしょ。
あのチビの男、会談に来たわよね。
もうむかしも大むかし、
いつだった、85年?
お気の毒ね、あいつ生きたまま食われちゃうわ!
大洋が盛りあがり、帝国は没落する。
ワシントンと並べると、どいつもこいつも小物よね。
こっちで一人
あいつらがてんてこ舞いするのを見物しようか、
仲間割れして、お互いを引き裂き合うのをね。
ほんとにまあ、こりゃあ見ものだわ!
「ジョン・アダムズ大統領」だってさ。
グッド・ラーック!
「チビ」のところで笑いが起きていたけど、アダムズ=小男、というのは定番ネタなのかな? 『ハミルトン』では名前が出てくるだけで登場しないのも含めて、ちょっとアダムズは可哀想な感じ(モンローのように名前さえ登場しない重要人物もいますが……)。ともあれ、ジョージ・ワシントンは、アメリカ合衆国の内から見ても、外から見ても、まさに大黒柱だったわけで、歴史はふたたび "What Comes Next?" な局面に入りました。
演出では、この曲ではジョージ王は奥に帰っていかず、舞台の向かって左端に移動、召使が置いた椅子の位置が悪い、と置き直させて、どすんと腰を下ろします。そのまま、次の曲はそこに居て……。ジェイムズはいかにもコメディアンという感じでしたね。歌もすごく(当たり前ですが)うまいのですが、二枚目で長身のグロフが演じるほうが面白いだろうなあ……。グロフは、ジェイムズは天才だから真似できない、自分自身のスタイルを作る必要があった、とインタビューで言っていましたが、グロフのスタイルを他の人が真似るのも無理かもしれません。
余談ですが、ジョナサン・グロフといえば、podcast での初の?本格ミュージカル 36 Questions が話題になっていますね。
36 Questions — Two-Up - Two-Up Productions
聴いてみましたが、いろいろ工夫があって面白いです。音声だけで、3時間ほど。結構集中力が要って、続けて聴くと疲れました。とはいえ、始めると途中でやめられない展開。英語は歌の部分も含めてとても聞き取りやすいですので、ぜひお試しください。
<あらすじ>
ワシントン大統領辞任の報告を受けたジョージ王は、権力者が地位を自ら降りることが信じられずわが耳を疑う。次いで大統領の後任がかつて会談に訪れた小男のジョン・アダムズであることを知らされて爆笑。アメリカが混乱に陥るのを高みの見物しましょうと、舞台袖に。
このブログではジョージ王の前二曲は、ブロードウェイ・オリジナル・キャストのジョナサン・グロフの印象で訳しています。ちょっとオネエ風だけど、完全にそこまでいかない、ような。ただし、私が見た舞台のジョージ王は、『ハミルトン』オフ・ブロードウェイ上演時のオリジナル・キャストで、現在また復帰しているブライアン・ダーシー・ジェイムズ(Brian d'Arcy James)―復帰したときの「戴冠式」の映像がありますね。グロフより一回り年上のベテランで、大事なポイントはオネエ度がはるかに上(演技の話ですけど)。というわけで、ジェイムズ調で今回は行きます。
聞いたわよ、
ジョージ・ワシントンが権力を捨ててフツウの人になるんだって。
それってマジ?
そんなことが人間に出来るなんて考えたこともなかったわ。
でもヘンよねえ、
これからもずっとリーダーをとっかひっかえするつもりかしら?
だとしたら、次は誰?
あの「国」にワシントンと同じぐらいの格があるやつ、他にいたっけ?
国、にカギカッコがついているのは、舞台でジェイムズが、引用符(” ”)を表すしぐさ(両手を前に上げてチョキを出して、伸ばした指をくいくいと曲げる)をしていたから。歌い方も "country" に強調が入っていますね。つまり、私はあんたらのこと、国だなんて認めてないからね、ということ。
ここで伝令がやってきたジョージ王の耳に何かを囁く。見た舞台では、一度聞いてから、"What?" と大声でもう一度聞き直していました。
ジョン・アダムズ?!
知ってるわ。
嘘でしょ。
あのチビの男、会談に来たわよね。
もうむかしも大むかし、
いつだった、85年?
お気の毒ね、あいつ生きたまま食われちゃうわ!
大洋が盛りあがり、帝国は没落する。
ワシントンと並べると、どいつもこいつも小物よね。
こっちで一人
あいつらがてんてこ舞いするのを見物しようか、
仲間割れして、お互いを引き裂き合うのをね。
ほんとにまあ、こりゃあ見ものだわ!
「ジョン・アダムズ大統領」だってさ。
グッド・ラーック!
「チビ」のところで笑いが起きていたけど、アダムズ=小男、というのは定番ネタなのかな? 『ハミルトン』では名前が出てくるだけで登場しないのも含めて、ちょっとアダムズは可哀想な感じ(モンローのように名前さえ登場しない重要人物もいますが……)。ともあれ、ジョージ・ワシントンは、アメリカ合衆国の内から見ても、外から見ても、まさに大黒柱だったわけで、歴史はふたたび "What Comes Next?" な局面に入りました。
演出では、この曲ではジョージ王は奥に帰っていかず、舞台の向かって左端に移動、召使が置いた椅子の位置が悪い、と置き直させて、どすんと腰を下ろします。そのまま、次の曲はそこに居て……。ジェイムズはいかにもコメディアンという感じでしたね。歌もすごく(当たり前ですが)うまいのですが、二枚目で長身のグロフが演じるほうが面白いだろうなあ……。グロフは、ジェイムズは天才だから真似できない、自分自身のスタイルを作る必要があった、とインタビューで言っていましたが、グロフのスタイルを他の人が真似るのも無理かもしれません。
余談ですが、ジョナサン・グロフといえば、podcast での初の?本格ミュージカル 36 Questions が話題になっていますね。
36 Questions — Two-Up - Two-Up Productions
聴いてみましたが、いろいろ工夫があって面白いです。音声だけで、3時間ほど。結構集中力が要って、続けて聴くと疲れました。とはいえ、始めると途中でやめられない展開。英語は歌の部分も含めてとても聞き取りやすいですので、ぜひお試しください。
2017年10月1日日曜日
ミュージカル観劇記(6): Spamilton: An American Parody
今回の旅で観たミュージカル、最後は Spamilton: An American Parody。書くのは最後ですが、実際は観たのはこれが最初でした。飛行機で夕方NYに着いて、宿に荷物を置き、すぐに劇場へ。到着が開演ぎりぎりになってしまった。小さな劇場で助かりました。
Spamilton、『ハミルトン』ファンならもうご存じかと思うのですが、タイトルからも分かる通り、『ハミルトン』のパロディ・ミュージカル。もっと正確に言うと、『ハミルトン』とそのクリエイターであるリン‐マヌエル・ミランダを中心とした、現在のブロードウェイについてのパロディ。『ハミルトン』以外にもロジャーズ&ハマースタインやソンドハイムなどの古典やディズニー・ミュージカル、最近の In the Height や The Book of Mormon からも大量に引用があって、ブロードウェイ/ミュージカル通ほど笑えるはず(私自身がどの程度わかったのか、どうも自身がないですが)。
クリエイターはブロードウェイ・パロディを1980年代初めから作りつづけているジェラルド・アレッサンドリーニ(Gerard Alessandrini)。トニー賞でも、従来のカテゴリーに入らない貢献を顕彰する Tony Honors for Excellence in Theatre を獲得しているのに加え、その他の賞も多数受賞している実力派。ヒップホップ・ミュージカル『ハミルトン』も、見事にラップ調を再現して(古典的なミュージカルをネタにしてきたアレッサンドリーニはそうとう苦労したようですが)、パロディにしています。
会場は Puerto Rican Traveling Theater。『ハミルトン』の劇場 Richard Rogers Theater からもお隣の通りで、ほど近いところ。劇場サイズはただし、比べるのがちょっと、というほど小さめです。劇場サイズよりも、さらにステージが超狭くてびっくり。直前にチケットを購入したのでどうかなと思っていたのですが、最前列!でした。喜びかけて、座席に座ってみるとステージが頭頂より上(笑)。首が痛くなる角度で観ることに。ただし、パフォーマーからはほど近い位置でかなりの迫力。演技、歌のレベルの高さを間近で見れて幸運でした。
舞台セットは……、ほぼゼロ(笑)。黒いカーテンが前面にかかっていて、舞台の奥行きは3メートルほど(もあったかな?)。カーテンの隙間からちらちらと、音楽監督とピアノが見えます。音楽監督、というか、演奏はピアノだけなんですけど(笑)―OBCアルバムも同様です。舞台真ん中に、『ハミルトン』のマークをパロディにした Spamilton のサインがかかっている、それだけ。劇中、小道具はたくさん(徹底してチープなやつが、笑)登場しますが、それにしてもシンプル。
始め、オバマ夫妻が寝室に入る前に『ハミルトン』のアルバム(それもLPレコード盤)をかけるという寸劇が、ちょっと下ネタ入りで……。そこから、一曲目、"Lin-Manuel as Hamilton" が始まります。バーが突っ込み役で、他のキャラクターがボケまくる、という箇所が多くて、ちょっと吉本新喜劇だったかも。
内容としては、ブロードウェイの「革命児」リン‐マヌエル・ミランダが『ハミルトン』を生み出して大成功を収めていく過程を描いています。面白おかしく描いていますが、ミランダがほとんど死にかけていたブロードウェイ・ミュージカルを再生させた、という『ハミルトン』およびミランダ礼賛といえば礼賛。30年来のブロードウェイ・インサイダーのアレッサンドリーニですので、ブロードウェイの『ハミルトン』評の典型だと考えてよさそう。
パロディとして俎上にあがるのは『ハミルトン』の楽曲にとどまらず、古典から近作までとりあげられています。『パリのアメリカ人』と『アメリカン・サイコ』を合わせて American Psycho in Paris、『ライオン・キング』と『王様と私』を合わせて Lion King and I にしてみたり。『イントゥ・ザ・ウッズ』のパロディでは、ブロードウェイ・ミュージカルの(ちょっとご高齢になった)ディーヴァたちが、魔女ではなくて物乞いの老婆になって登場します。
ジョージ王の代わりに "a queen"、つまりドラッグクイーンが現れて、マッチョな『ハミルトン』でブロードウェイのゲイ・テイストが薄まると心配したり、『ハミルトン』のヒットで割りを食った代表格、『ブック・オブ・モルモン』出演者が嘆き節を歌ったり。この辺りは分かりやすくて、私もたっぷり笑えました。ハミルトンの "24. What's I Miss" に当たる第2幕の1曲目、"What Did You Miss?" では、ダブルキャストや急な展開についていけない老ブロードウェイ・ファンがステージに迷い出てきたりもします。なるほど、アメリカの観衆も、『ハミルトン』に戸惑っていたりするんだなあ、と。
ミュージカル史の展開?で重要なのは、スティーブン・ソンドハイム役が登場する曲"Ben Franklin, Sondheim & Lin-Manuel"。Lin-Manuel as Hamiltonがアドバイスを求めてSondheim as Franklin を訪ねると、ラップは止めておけ、とか、言葉を詰め込みすぎるな、などと基本セオリーをソンドハイムが並べていく。ですが、ソンドハイム自身のミュージカル『カンパニー』からの曲 "Another Hundred People" のパロディがかかって、あなたも言葉詰め込みすぎじゃいですか!となる。ミュージカルにヒップホップ詩学をもちこんだミランダを茶化しているような、革新性を讃えているような……。まじめに解釈すると、『ハミルトン』はヒップホップとミュージカルを融合させたわけですが、それは同時にミュージカル作詞の歴史上の展開でもあった、ということかな。
他にも笑えるところはたくさんありましたが、結末に向けてブロードウェイは不滅です、という賛歌になっていくのはご愛嬌。強烈な風刺とか毒舌みたいなのはあんまり入っていなかったですね。『スクール・オブ・ロック』が Something Rottenにひっ掛けてかなり落とされていたぐらいかな。ああ、ディズニー・ミュージカルやイギリス産のミュージカル(フランク・ロイド・ウェバーの作品とか)はブロードウェイ・ミュージカルではない!というのも節々で強調されていた。このブログのこれまでの記事でも、ミランダがブロードウェイ・ミュージカルの救世主と見られていることを書きましたが、Spamilton はその評価に則って作られていますね。
パフォーマーの力量は本家『ハミルトン』にも劣らないすばらしいものでした。キャストが少なく、またコメディセンスが必要であるなど、こちらのほうが大変なところもたくさんありそう。ピアノひとつで曲調を再現してみせていたのも見事でした。パロディでもパフォーマンスの質が落ちない、というのは、アメリカの演芸の層の厚さですね。でも、コメディは外国人にとっては(特に文化的背景が必要な言葉遊び系のコメディは)全体ついていくのは大変。周りの笑いの量とくらべて、自分が笑う量が明らかに少ないのがちょっと寂しかったです。
下は Come From Away の終演後。観たかったけど、Dear Evan Hansen と Come From Away は着実な人気のようで当日チケットはなしでした。結局、この二つは今でも上演が続いていますね。The Book of Mormon もちゃんと復活しています。
Hello, Dolly! のようなリヴァイヴァル古典ミュージカルとか、いかにもブロードウェイ・ミュージカルの War Paint なんかも観たかったところでしたが……。あんまり欲張ってもね。Hello, Dolly!、トニー賞を主演女優賞を受賞したベット・ミドラーに代わって、現在は、バーナデット・ピーターズ(Bernadette Peters)―ソンドハイム作品の常連だった名ミュージカル女優―が主演をつとめているみたいですね。ピーターズは Spamilton では本人が見たら怒りだしそうな扱いをされていました(何かあったのか? この辺り、ブロードウェイ内幕ネタなのかなあ……。まあ、全体がそうといえばそうだけども)。
Spamilton、『ハミルトン』ファンならもうご存じかと思うのですが、タイトルからも分かる通り、『ハミルトン』のパロディ・ミュージカル。もっと正確に言うと、『ハミルトン』とそのクリエイターであるリン‐マヌエル・ミランダを中心とした、現在のブロードウェイについてのパロディ。『ハミルトン』以外にもロジャーズ&ハマースタインやソンドハイムなどの古典やディズニー・ミュージカル、最近の In the Height や The Book of Mormon からも大量に引用があって、ブロードウェイ/ミュージカル通ほど笑えるはず(私自身がどの程度わかったのか、どうも自身がないですが)。
クリエイターはブロードウェイ・パロディを1980年代初めから作りつづけているジェラルド・アレッサンドリーニ(Gerard Alessandrini)。トニー賞でも、従来のカテゴリーに入らない貢献を顕彰する Tony Honors for Excellence in Theatre を獲得しているのに加え、その他の賞も多数受賞している実力派。ヒップホップ・ミュージカル『ハミルトン』も、見事にラップ調を再現して(古典的なミュージカルをネタにしてきたアレッサンドリーニはそうとう苦労したようですが)、パロディにしています。
会場は Puerto Rican Traveling Theater。『ハミルトン』の劇場 Richard Rogers Theater からもお隣の通りで、ほど近いところ。劇場サイズはただし、比べるのがちょっと、というほど小さめです。劇場サイズよりも、さらにステージが超狭くてびっくり。直前にチケットを購入したのでどうかなと思っていたのですが、最前列!でした。喜びかけて、座席に座ってみるとステージが頭頂より上(笑)。首が痛くなる角度で観ることに。ただし、パフォーマーからはほど近い位置でかなりの迫力。演技、歌のレベルの高さを間近で見れて幸運でした。
舞台セットは……、ほぼゼロ(笑)。黒いカーテンが前面にかかっていて、舞台の奥行きは3メートルほど(もあったかな?)。カーテンの隙間からちらちらと、音楽監督とピアノが見えます。音楽監督、というか、演奏はピアノだけなんですけど(笑)―OBCアルバムも同様です。舞台真ん中に、『ハミルトン』のマークをパロディにした Spamilton のサインがかかっている、それだけ。劇中、小道具はたくさん(徹底してチープなやつが、笑)登場しますが、それにしてもシンプル。
始め、オバマ夫妻が寝室に入る前に『ハミルトン』のアルバム(それもLPレコード盤)をかけるという寸劇が、ちょっと下ネタ入りで……。そこから、一曲目、"Lin-Manuel as Hamilton" が始まります。バーが突っ込み役で、他のキャラクターがボケまくる、という箇所が多くて、ちょっと吉本新喜劇だったかも。
内容としては、ブロードウェイの「革命児」リン‐マヌエル・ミランダが『ハミルトン』を生み出して大成功を収めていく過程を描いています。面白おかしく描いていますが、ミランダがほとんど死にかけていたブロードウェイ・ミュージカルを再生させた、という『ハミルトン』およびミランダ礼賛といえば礼賛。30年来のブロードウェイ・インサイダーのアレッサンドリーニですので、ブロードウェイの『ハミルトン』評の典型だと考えてよさそう。
パロディとして俎上にあがるのは『ハミルトン』の楽曲にとどまらず、古典から近作までとりあげられています。『パリのアメリカ人』と『アメリカン・サイコ』を合わせて American Psycho in Paris、『ライオン・キング』と『王様と私』を合わせて Lion King and I にしてみたり。『イントゥ・ザ・ウッズ』のパロディでは、ブロードウェイ・ミュージカルの(ちょっとご高齢になった)ディーヴァたちが、魔女ではなくて物乞いの老婆になって登場します。
ジョージ王の代わりに "a queen"、つまりドラッグクイーンが現れて、マッチョな『ハミルトン』でブロードウェイのゲイ・テイストが薄まると心配したり、『ハミルトン』のヒットで割りを食った代表格、『ブック・オブ・モルモン』出演者が嘆き節を歌ったり。この辺りは分かりやすくて、私もたっぷり笑えました。ハミルトンの "24. What's I Miss" に当たる第2幕の1曲目、"What Did You Miss?" では、ダブルキャストや急な展開についていけない老ブロードウェイ・ファンがステージに迷い出てきたりもします。なるほど、アメリカの観衆も、『ハミルトン』に戸惑っていたりするんだなあ、と。
ミュージカル史の展開?で重要なのは、スティーブン・ソンドハイム役が登場する曲"Ben Franklin, Sondheim & Lin-Manuel"。Lin-Manuel as Hamiltonがアドバイスを求めてSondheim as Franklin を訪ねると、ラップは止めておけ、とか、言葉を詰め込みすぎるな、などと基本セオリーをソンドハイムが並べていく。ですが、ソンドハイム自身のミュージカル『カンパニー』からの曲 "Another Hundred People" のパロディがかかって、あなたも言葉詰め込みすぎじゃいですか!となる。ミュージカルにヒップホップ詩学をもちこんだミランダを茶化しているような、革新性を讃えているような……。まじめに解釈すると、『ハミルトン』はヒップホップとミュージカルを融合させたわけですが、それは同時にミュージカル作詞の歴史上の展開でもあった、ということかな。
他にも笑えるところはたくさんありましたが、結末に向けてブロードウェイは不滅です、という賛歌になっていくのはご愛嬌。強烈な風刺とか毒舌みたいなのはあんまり入っていなかったですね。『スクール・オブ・ロック』が Something Rottenにひっ掛けてかなり落とされていたぐらいかな。ああ、ディズニー・ミュージカルやイギリス産のミュージカル(フランク・ロイド・ウェバーの作品とか)はブロードウェイ・ミュージカルではない!というのも節々で強調されていた。このブログのこれまでの記事でも、ミランダがブロードウェイ・ミュージカルの救世主と見られていることを書きましたが、Spamilton はその評価に則って作られていますね。
下は Come From Away の終演後。観たかったけど、Dear Evan Hansen と Come From Away は着実な人気のようで当日チケットはなしでした。結局、この二つは今でも上演が続いていますね。The Book of Mormon もちゃんと復活しています。
Hello, Dolly! のようなリヴァイヴァル古典ミュージカルとか、いかにもブロードウェイ・ミュージカルの War Paint なんかも観たかったところでしたが……。あんまり欲張ってもね。Hello, Dolly!、トニー賞を主演女優賞を受賞したベット・ミドラーに代わって、現在は、バーナデット・ピーターズ(Bernadette Peters)―ソンドハイム作品の常連だった名ミュージカル女優―が主演をつとめているみたいですね。ピーターズは Spamilton では本人が見たら怒りだしそうな扱いをされていました(何かあったのか? この辺り、ブロードウェイ内幕ネタなのかなあ……。まあ、全体がそうといえばそうだけども)。
もう一つ、観ようかなと迷った作品、Waitress。大きな広告は出さず、ウェイトレス姿の女性によるチラシ配りや下のような小さな空きスペースのポスターで宣伝。地味だけど、こういうショウが、もしかすると、いちばんのロングランになるかもしれませんね。 現在の主演は作詞作曲のサラ・バラレス(Sarah Bareilles。名前、この読みでよかったっけ……、バラレス、バレレス、ブラレス、えー、こちらで聞いてみてください、笑)。
というわけで、今年8月の旅行でのミュージカル観劇記はこれでおしまいです。次にブロードウェイにいつ観に行けるのか……よく分かりませんが、その時までに、アレッサンドリーニのパロディに全編ついていけるようにミュージカル脳を鍛えておこうかと思います。
いやー、それにしても大ぜいたくをしてしまった。これからも、リン‐マヌエル・ミランダ、ティム・ミンチン、デイヴ・マロイという輝かしい三つの才能と、その周辺の人々(ざっくりですみません)の動きを追いかけていれば、傑作ミュージカルを見続けることができそうです。それがいちばんのぜいたくですね。
2017年9月30日土曜日
"32. One Last Time" from Hamilton: An American Musical
ワシントン大統領に呼び出されたハミルトン。ところが今度はいつもと様子が違うようで……。第1幕 "5. Right Hand Man" で登場した途端みんなを一つにまとめ、建国後も対立しあう部下たちを何とかまとめてきた偉大なるカリスマ、ジョージ・ワシントンがついに表舞台を去ります。ひとつの時代の終わり、ですね。
<あらすじ>
ワシントン大統領に呼び出されて、ジェファソンが国務長官を辞任したことを知らされたハミルトン。さらにジェファソンが大統領選に出馬する意向だと聞かされ、絶対的人気を誇るワシントンに敵うわけがないだろうとニヤニヤ。しかし、ワシントンから次期大統領に出馬しないことを決めたと聞いて、ようやく事の重大さに気づく。ワシントンはハミルトンに辞任演説の原稿を書くように指示。そして、登場人物たち全員が注視する中、ワシントンは勇退の花道を飾る。
舞台では曲冒頭の場面で、ハミルトンは大統領の前に来ているのにもかかわらず、立ったままで書き物に没頭。ワシントンの言葉は片手間に聞いています。自らにとっての一大事をまったく予期していない。ジェファソンの突然の辞任のニュースを聞いて、ジェファソンに目に物を言わせてやると意気込みますが、
[WASHINGTON] Shh. Talk less
[ワシントン] シー、ちょっとは黙れ。
と諭されます。あのバーのセリフですね。それでも止まらず、新聞に匿名記事を書いて、あの野郎をいてこましてやりますよ、とノリノリのハミルトン。次いで、
[WASHINGTON] I need you to draft an address.
[ワシントン] 原稿を書いてもらわないといかんのだ。
と言われても、ワシントンの意向がまったく汲み取れていない。さらにジェファソンが大統領選出馬の意向と聞いて、余計に調子に乗ってくる。しかし、次のようにはっきり言われて、さすがのハミルトンも凍りつきます。
[WASHINGTON] I’m stepping down. I’m not running for President
[HAMILTON] I’m sorry, what?
[ワシントン] 大統領職を降りることにした。選挙にはもう出ないぞ。
[ハミルトン] すいません、何ておっしゃいました?
独立戦争からずっと一緒に走ってきたハミルトンをねぎらおうと、酒でも酌み交わそうじゃないかとワシントン。
[WASHINGTON] One last time, relax, have a drink with me. One last time, let’s take a break tonight. And then we’ll teach them how to say goodbye, to say goodbye, You and I.
[ワシントン] 最後ぐらいは、くつろいで、酒でも酌み交わそうじゃないか。最後ぐらい、一晩ゆっくりしよう。それからだ、みんなにどうやって「さようなら」を言うかを教えてやろうじゃないか、お前と私でな。
朗々とこう歌うワシントンの声には、重責をこなし終えた満足感が現れています。「お前と私でな」とハミルトンにも共感してほしそうなんですが、ハミルトンはこれからの政局の展開が気になって仕方がなく、それどころじゃない様子。どこまでも空気が読めない部下ですね。
そんなハミルトンをいなしながら、ワシントンは辞任演説を起草するように指示。なおも食い下がろうとするハミルトンにはっきりと「ノー!」を告げます。なぜなら、
[WASHINGTON] If I say goodbye, the nation learns to move on, it outlives me when I’m gone.
[ワシントン] 私がさよならを言えば、この国は前に進むことを学ぶんだからな、そうすれば私が居なくなった後も国は続いていくんだ。
『ハミルトン』ヒット後、オバマ大統領の辞任が近づいてくる段階で行われたホワイトハウスでのハミルトン・コンサートの映像には、オバマ大統領の前で朗々と歌うクリストファー・ジャクソンが映っていますね(演者もオーディエンスもみんな感極まった顔になっています)。よい大統領でもずっと権力を握っていたら政権が腐敗してくはずだ、たとえ、次のリーダーがちょっとあやしい人物でも……。確かに、ヨーロッパの植民地から脱した国家が、独立の過程でのヒーローを大統領に選んで、その後、独裁へとひた走っていった、という例には事欠かないですから、アメリカ合衆国の成功の一因は、ワシントンが(その意図はどこにあったとしても)すっぱりと8年で辞めていったことにあるのでしょう。
次の聖書(バイブルを、the scriptureとか、the Old Scriptureとか呼ぶことがあります)からの引用(“Everyone shall sit under their own vine and fig tree, and no one shall make them afraid.”)は、旧約聖書ミカ書第4章第4節(Micah 4:4)から。前後も含めて引いてみると、
He [the Lord] will judge between many peoples and will settle disputes for strong nations far and wide. They will beat their swords into plowshares and their spears into pruning hooks. Nation will not take up sword against nation, nor will they train for war anymore. Everyone will sit under their own vine and under their own fig tree, and no one will make them afraid, for the LORD Almighty has spoken. All the nations may walk in the name of their gods, but we will walk in the name of the LORD our God for ever and ever. (New International Version)
日本聖書協会の「聖書 新共同訳」ではこのような訳。それにしても、武器を捨て(剣を鋤に、槍を釜に変え)、それでも自分たちの場所にいれば恐れることはない、というのは、自分たちの国は神の祝福を受けており「明白な天命」(The Manifest Destiny)を背負っていると意気込みながら、領土拡大、さらに帝国主義に向かっていくアメリカ合衆国の姿勢とはずいぶん違う。ここから、まったく別の歴史がありえたかもしれない?
ワシントン大統領の辞任演説のシーンは面白い演出ですね。ハミルトンが原稿をかいたということで最初は前面にハミルトンが出て読み上げている。その背後からゆっくりと前の明るい照明の中に歩み出てくるワシントン。この部分は実際のワシントン辞任演説からの引用です。ハミルトン本人は絶対に言いそうにないことですが、謙虚に自分が間違いをいろいろ冒しただろうことを認め、ただし後悔するところはないという堂々とした名文。こうして、否定しようのない「遺産」を残したワシントン。登場人物(ほぼ)全員によるコーラスに送られながら、『ハミルトン』の舞台から退場していきます……。
ジェファソンに "You are nothing without Washington behind you." ("30. Cabinet Battle #2")と言われていたハミルトン。強力な後ろ盾が消えて、さて、どうなっていくのか―ーの前に、次の曲はふたたび、あの海の向こうの人が登場します。
<あらすじ>
ワシントン大統領に呼び出されて、ジェファソンが国務長官を辞任したことを知らされたハミルトン。さらにジェファソンが大統領選に出馬する意向だと聞かされ、絶対的人気を誇るワシントンに敵うわけがないだろうとニヤニヤ。しかし、ワシントンから次期大統領に出馬しないことを決めたと聞いて、ようやく事の重大さに気づく。ワシントンはハミルトンに辞任演説の原稿を書くように指示。そして、登場人物たち全員が注視する中、ワシントンは勇退の花道を飾る。
舞台では曲冒頭の場面で、ハミルトンは大統領の前に来ているのにもかかわらず、立ったままで書き物に没頭。ワシントンの言葉は片手間に聞いています。自らにとっての一大事をまったく予期していない。ジェファソンの突然の辞任のニュースを聞いて、ジェファソンに目に物を言わせてやると意気込みますが、
[WASHINGTON] Shh. Talk less
[ワシントン] シー、ちょっとは黙れ。
と諭されます。あのバーのセリフですね。それでも止まらず、新聞に匿名記事を書いて、あの野郎をいてこましてやりますよ、とノリノリのハミルトン。次いで、
[WASHINGTON] I need you to draft an address.
[ワシントン] 原稿を書いてもらわないといかんのだ。
と言われても、ワシントンの意向がまったく汲み取れていない。さらにジェファソンが大統領選出馬の意向と聞いて、余計に調子に乗ってくる。しかし、次のようにはっきり言われて、さすがのハミルトンも凍りつきます。
[WASHINGTON] I’m stepping down. I’m not running for President
[HAMILTON] I’m sorry, what?
[ワシントン] 大統領職を降りることにした。選挙にはもう出ないぞ。
[ハミルトン] すいません、何ておっしゃいました?
独立戦争からずっと一緒に走ってきたハミルトンをねぎらおうと、酒でも酌み交わそうじゃないかとワシントン。
[WASHINGTON] One last time, relax, have a drink with me. One last time, let’s take a break tonight. And then we’ll teach them how to say goodbye, to say goodbye, You and I.
[ワシントン] 最後ぐらいは、くつろいで、酒でも酌み交わそうじゃないか。最後ぐらい、一晩ゆっくりしよう。それからだ、みんなにどうやって「さようなら」を言うかを教えてやろうじゃないか、お前と私でな。
朗々とこう歌うワシントンの声には、重責をこなし終えた満足感が現れています。「お前と私でな」とハミルトンにも共感してほしそうなんですが、ハミルトンはこれからの政局の展開が気になって仕方がなく、それどころじゃない様子。どこまでも空気が読めない部下ですね。
そんなハミルトンをいなしながら、ワシントンは辞任演説を起草するように指示。なおも食い下がろうとするハミルトンにはっきりと「ノー!」を告げます。なぜなら、
[WASHINGTON] If I say goodbye, the nation learns to move on, it outlives me when I’m gone.
[ワシントン] 私がさよならを言えば、この国は前に進むことを学ぶんだからな、そうすれば私が居なくなった後も国は続いていくんだ。
『ハミルトン』ヒット後、オバマ大統領の辞任が近づいてくる段階で行われたホワイトハウスでのハミルトン・コンサートの映像には、オバマ大統領の前で朗々と歌うクリストファー・ジャクソンが映っていますね(演者もオーディエンスもみんな感極まった顔になっています)。よい大統領でもずっと権力を握っていたら政権が腐敗してくはずだ、たとえ、次のリーダーがちょっとあやしい人物でも……。確かに、ヨーロッパの植民地から脱した国家が、独立の過程でのヒーローを大統領に選んで、その後、独裁へとひた走っていった、という例には事欠かないですから、アメリカ合衆国の成功の一因は、ワシントンが(その意図はどこにあったとしても)すっぱりと8年で辞めていったことにあるのでしょう。
次の聖書(バイブルを、the scriptureとか、the Old Scriptureとか呼ぶことがあります)からの引用(“Everyone shall sit under their own vine and fig tree, and no one shall make them afraid.”)は、旧約聖書ミカ書第4章第4節(Micah 4:4)から。前後も含めて引いてみると、
He [the Lord] will judge between many peoples and will settle disputes for strong nations far and wide. They will beat their swords into plowshares and their spears into pruning hooks. Nation will not take up sword against nation, nor will they train for war anymore. Everyone will sit under their own vine and under their own fig tree, and no one will make them afraid, for the LORD Almighty has spoken. All the nations may walk in the name of their gods, but we will walk in the name of the LORD our God for ever and ever. (New International Version)
日本聖書協会の「聖書 新共同訳」ではこのような訳。それにしても、武器を捨て(剣を鋤に、槍を釜に変え)、それでも自分たちの場所にいれば恐れることはない、というのは、自分たちの国は神の祝福を受けており「明白な天命」(The Manifest Destiny)を背負っていると意気込みながら、領土拡大、さらに帝国主義に向かっていくアメリカ合衆国の姿勢とはずいぶん違う。ここから、まったく別の歴史がありえたかもしれない?
ジェファソンに "You are nothing without Washington behind you." ("30. Cabinet Battle #2")と言われていたハミルトン。強力な後ろ盾が消えて、さて、どうなっていくのか―ーの前に、次の曲はふたたび、あの海の向こうの人が登場します。
2017年9月29日金曜日
ミュージカル観劇記(番外編3): The Drama Book Shop と New York Library of Performing Arts
ニューヨークに行って、ミュージカルを観る、そして、もっとミュージカルについて知りたくなったら、ということで、二つの場所を紹介したいと思います。
ひとつは、The Drama Book Shop。タイムズ・スクエアからもほど近い、40 St. の7番街と8番街の間にあります。演劇・ミュージカル関連専門の本屋さん、1917年創業の老舗です。
地上に出てから、周りの通りや敷地内にもたくさん芸術作品があります。下は個人的に好きな彫刻家ヘンリー・ムーアの作品。建物とのバランスもいい感じ。

エレベーターで上(何階だったっけ?)に、そこで手荷物を預けて資料室に入ります。カウンターにいる方に声をかけると、懇切丁寧に手続きのしかたを教えてくれる。今回はビジター用のカード申請、ついでに探しものを伝えたらその資料の場所、閲覧法まで、手続き用コンピュータまでついてきて教えてくれました。こういう場所になれてない人は怖い?雰囲気かも知れませんが、司書の方はプロなのでプライドをもって対処をしてくれます。コマーシャルな場所よりサービスがいいことが多いですね。
今回は、正式に出版はされていないけれど制作者がこちらのライブラリーに送ってきた台本を閲覧するのが目的(ちなみに、Bloody Bloody Andrew Jackson)。申請をして、奥の閲覧室へ。閲覧室へはペン、ノートの持ち込みは禁止、でも、カメラやスマホはいいよ、というので、ちょっとびっくり。メモは据え置きの鉛筆と紙を使うとのこと。台本は写真撮影OK!なので、一度外に出て、預けた鞄に入れておいたタブレットをとりにいく(この後、冷房が寒かったのでシャツをとりにいき、荷物預け場の人と入口に警備の人にまた来ましたで、また来たの、というやりとり)。
閲覧室のコンピュータ画面に番号が出たので、資料を受け取りに。閲覧した資料は紙のファイルに、閉じられていないタイプ原稿のコピーががさっと入っている、というざっくりとしたものでした(落としてバラバラになったらどうしよ、という感じ)。ブロードウェイやその周辺で上演された演劇、ミュージカルの台本や映像は制作者によってここに送られて所蔵されることが多いようですが、その形式はいろいろなようです。撮影OKですか、ありがたいので喜んで、と撮影。隣りのおじさんも本格的なカメラで資料を撮影していました。
他、映像資料や音声資料も多数あります。すべて無料で閲覧可能。大学や研究機関のライブラリーに慣れていない人にはちょっと敷居が高く感じられるかも知れませんが、見逃して、もう見られないのかなあ、と思っているミュージカルもこちらに行くと、少なくともその一端には触れられるはずです。時間があれば、本格的に入り浸ってみたい場所です。(そういえば、どこかのイベントの映像で、リン‐マヌエル・ミランダがミュージカル作家希望者へのアドバイスを聞かれて、ニューヨークに住んでいたら New York Library of Performing Arts のような素晴らしい場所があるのでどしどし活用すべきだ、と答えていたことを思い出しました。)
ニューヨークは舞台芸術の都ですが、実際の上演だけではなく、このようなところにもその文化的厚みというのがあるのだなと実感した、書店とライブラリー訪問でした。
ひとつは、The Drama Book Shop。タイムズ・スクエアからもほど近い、40 St. の7番街と8番街の間にあります。演劇・ミュージカル関連専門の本屋さん、1917年創業の老舗です。
ミュージカル台本から研究書までさすがの品ぞろえ。今はインターネットで日本から本を簡単に取り寄せられる時代ですが、棚に並んでいる本を見ているといろいろな発見があります。店内には熱心に本のページをめくるお客さんの姿(ゆっくり座れる椅子もあります)。何より心強いのが、店中央のカウンターでコンピュータ前に座っている店員さん。いかにも知識豊富という感じで、声をかけるとしっかりと対応してくれます。今回、しばらく探し回っていたミュージカル台本があったので質問させてもらったのですが、即座に、「そのミュージカルは有名だけどめずらしく正式な台本が出版されていないんだよ」と返答が。しかもリンカーン・センターの New York Library of Performing Arts なら所蔵しているかもとアドバイスをいただきました。親切。
こちらでは今回は数冊購入。そのうちの一つが Natasha, Pierre, and the Great Comet の台本。旅行中でも重くないような小さい本なので買ったんですが、オフブロードウェイ上演時のもので、ブロードウェイ版では大きな売りになっていた "Dust and Ashes" が抜けていました。ブロードウェイに移るときに、スターのジョシュ・グローバンが入るというので、彼にスポットライトが当たる曲をということで書き足した曲なんですね。Natasha, Pierre, and the Great Comet についてはブロードウェイ版の立派な書籍も出ているので、やっぱりそっちも欲しいなあ、と。
The Drama Book Shop にはウェブサイトを通じても問い合わせができます。店舗ではさまざな催しも行われているようです。ブロードウェイ歩きに疲れた時、観劇にまで間があるときにおススメです。
もうひとつの場所は、このThe Drama Book Shopで薦めてもらった New York Library of Performing Arts (Lincoln Center)。ブロードウェイからはちょっと離れていますが、地下鉄に乗るとすぐ(あるいてもブロードウェイを北にずっとたどっていけばその内にはつきます、それなりに時間がかかりますが、笑)。66th St.駅下車。音楽・舞台芸術の殿堂ということで、地下鉄ホームからちょっとアートな雰囲気。
地上に出てから、周りの通りや敷地内にもたくさん芸術作品があります。下は個人的に好きな彫刻家ヘンリー・ムーアの作品。建物とのバランスもいい感じ。
しかしリンカーン・センター、でっかいですね。数ブロックに渡っています。ちゃんと調べて行けよ、って感じですが、適当に入ったらジュリアード音楽院の建物でした。ジュリアード音楽院ショップがあって、たくさんグッズが並んでいた。オペラ関係の資料はたくさんありましたが、ミュージカル関連はほとんどなかったです、残念。『ハミルトン』関連は(売れるからでしょうね)ちゃっかり並べていました。
というわけで、ブロックを移動。これが New York Library of Performing Arts の入口。アメリカの公共の建物では入るときにたいてい手荷物検査がありますが、こちらもそう。たまに何度か出入りするときはめんどくさいですよね。同じ係員の人に何回もだと、なんとはなしに気恥ずかしい気がするのはなぜでしょう? あっちはそんなこと気にしないでしょうけど。
エレベーターで上(何階だったっけ?)に、そこで手荷物を預けて資料室に入ります。カウンターにいる方に声をかけると、懇切丁寧に手続きのしかたを教えてくれる。今回はビジター用のカード申請、ついでに探しものを伝えたらその資料の場所、閲覧法まで、手続き用コンピュータまでついてきて教えてくれました。こういう場所になれてない人は怖い?雰囲気かも知れませんが、司書の方はプロなのでプライドをもって対処をしてくれます。コマーシャルな場所よりサービスがいいことが多いですね。
今回は、正式に出版はされていないけれど制作者がこちらのライブラリーに送ってきた台本を閲覧するのが目的(ちなみに、Bloody Bloody Andrew Jackson)。申請をして、奥の閲覧室へ。閲覧室へはペン、ノートの持ち込みは禁止、でも、カメラやスマホはいいよ、というので、ちょっとびっくり。メモは据え置きの鉛筆と紙を使うとのこと。台本は写真撮影OK!なので、一度外に出て、預けた鞄に入れておいたタブレットをとりにいく(この後、冷房が寒かったのでシャツをとりにいき、荷物預け場の人と入口に警備の人にまた来ましたで、また来たの、というやりとり)。
閲覧室のコンピュータ画面に番号が出たので、資料を受け取りに。閲覧した資料は紙のファイルに、閉じられていないタイプ原稿のコピーががさっと入っている、というざっくりとしたものでした(落としてバラバラになったらどうしよ、という感じ)。ブロードウェイやその周辺で上演された演劇、ミュージカルの台本や映像は制作者によってここに送られて所蔵されることが多いようですが、その形式はいろいろなようです。撮影OKですか、ありがたいので喜んで、と撮影。隣りのおじさんも本格的なカメラで資料を撮影していました。
他、映像資料や音声資料も多数あります。すべて無料で閲覧可能。大学や研究機関のライブラリーに慣れていない人にはちょっと敷居が高く感じられるかも知れませんが、見逃して、もう見られないのかなあ、と思っているミュージカルもこちらに行くと、少なくともその一端には触れられるはずです。時間があれば、本格的に入り浸ってみたい場所です。(そういえば、どこかのイベントの映像で、リン‐マヌエル・ミランダがミュージカル作家希望者へのアドバイスを聞かれて、ニューヨークに住んでいたら New York Library of Performing Arts のような素晴らしい場所があるのでどしどし活用すべきだ、と答えていたことを思い出しました。)
ニューヨークは舞台芸術の都ですが、実際の上演だけではなく、このようなところにもその文化的厚みというのがあるのだなと実感した、書店とライブラリー訪問でした。
2017年9月28日木曜日
"31. Washington on Your Side" from Hamilton: An American Musical
ラップバトル(=内閣会議)ではジェファソンを圧倒したハミルトンでしたが、議論に何度勝ったところでどうにもならないことがあるのが実際の政治。政敵との関係をどんどん悪化させていることを、どの程度意識できているのか? ジェファソン、マディソンがバーと合流することで、第2幕に入ってから徐々に高まってきた反ハミルトンの流れがにわかに濁流に変わっていきます。
<あらすじ>
ワシントンの後ろ立てで政策を進めるハミルトンに不満を溜めていく国務長官ジェファソン。バーとマディソンからせっつかれて、ついに職を辞してワシントン政権に対抗することを決意する。
ラップバトル形式の "30. Cabinet Battle #2" の次なので目立たないかもしれませんが、この曲もラップとしては高度なヴァースが登場します。"24. What'd I Miss" 以外ではジェファソン一番の見せ場でもありますね。政治的テーマの盛り込み方、徐々に盛り上げていく曲構成も素晴らしく、私個人的には、いちばん好きな曲のひとつ。
始め、舞台にバーが登場。
[BURR] It must be nice, it must be nice to have Washington on your side.
[バー] いいだろうなあ、いいよなあ、ワシントンが味方についてくれたら。
大陸軍大将から初代大統領へ、絶大な大衆人気を集めて建国最初期のアメリカ合衆国を率いてきたジョージ・ワシントン。確かに前曲最後でジェファソンが言った通り、ワシントンの後ろ盾がなければ、ハミルトンの活躍はありえなかった。ただしその体制にもそろそろ限界が来ているようで……。
最初のジェファソンのヴァース、当時の政治状況、メディアを使っての攻撃合戦、ジェファソンが主張していた理想など、テーマがぎっしり(訳すのがたいへんそうなのでとりあえずパス。時間があったらまた追加するかもしれません)。ジェファソンの理想は自由で理性的な農夫たちの国アメリカ。今から考えると牧歌的でとてもありえないし、当時でもジェファソン自身がグローバルな商品作物を大規模プランテーションで、奴隷を使って生産して儲けていたわけで、ちょっと無理じゃないの、という気がします。が、ヨーロッパの文化的伝統として「牧歌的な」(pastoral)な田園風景での暮らしを人間の理想とする考え方があるので、それに則っているんでしょう。とりあえず、そうした理想の一番の敵がウォール・ストリートの投資家連中、そしてジェファソンにはそうした連中の「親玉」的に映っているハミルトン。
[JEFFERSON] I’ll pull the trigger on him, someone load the gun and cock it. While we were all watching, he got Washington in his pocket.
[JEFFERSON/BURR] It must be nice, it must be nice to have Washington on your side.
[ジェファソン/バー] いいだろうなあ、いいよなあ、ワシントンが味方についてくれたら。
次いで「権利憲章」(the Bill of Rights)の名前が出て、その主著者であるマディソンが合流。「権利憲章」はアメリカ合衆国憲法制定直後に、その不備を補うために付け加えられた10の修正条項を指します。紛糾のうちに起草された合衆国憲法において見落とされていた<個人の権利>を保証した条項が多く、憲法、アメリカ独立宣言と並んで、「建国の文書」(the Founding Documents)と呼ばれることもあるアメリカ政治上、最重要文書の一つ。「政教分離」「言論の自由」といった御馴染みのテーマがあり、私たちアメリカ合衆国以外の人間の生活にも、今も深く結びついています。ここでも、個人の権利、州の権利を脅かすものとして、連邦政府の権力強化を進める(と少なくとも政敵らには見える)ハミルトン、そしてその背後にいるワシントンの存在がジェファソンらにとっての目の上のたんこぶ。
そして、バーとマディソンに煽られて、ついに、
[JEFFERSON] I have to resign
[ジェファソン] 辞任せざるをえんな
とジェファソンが辞任宣言。
[JEFFERSON] I’m in the cabinet. I am complicit in watching him grabbin’ at power and kiss it. If Washington isn’t gon’ listen to disciplined dissidents, this is the difference: This kid is out!
[ジェファソン] 内閣にいて、ハミルトンが権力をつかんでキスするのをぼーと見てたら、やつと共犯も同然だ。お行儀がよく抗議をしてもワシントンが聞いてくれないんなら、話はべつだ。この生徒(=ジェファソン本人のこと)はいち抜けた!
[i]の母音韻のしつこいぐらいの連打、"d" の頭韻。唱えられたら気持ちよさそう。短いヴァ―スとしては、"30. Cabinet Battle #3" のハミルトンの "meddling in the middle of the military mess" と同レベルに密度が高く、ミュージカル『ハミルトン』全体でも注目のラインですね。また内容も、意見をしても先生に訊いてもらえない生徒、という設定がメタファーになっていてユーモラス。ハミルトンくんも校長ワシントン先生に呼び出されていましたが、ジェファソンくんも同じような気分だったのでしょうか。
[MADISON/BURR/JEFFERSON] Oh! This immigrant isn’t somebody we chose. Oh!
This immigrant’s keeping us all on our toes. Oh! Let’s show these Federalists who they’re up against! Oh!
[JEFFERSON/MADISON] Southern motherfuckin’—
[JEFFERSON/MADISON/BURR] Democratic-Republicans!
[ジェファソン/マディソン/バー] オウ! この移民は俺たちが選んだ人間じゃないぞ。オウ! この移民には俺たち。こいつらフェデラリスト党員に、誰を相手にしているのか知らしめてやろうじゃないか。オウ!
[ジェファソン/マディソン] 南部のいてまえ
[ジェファソン/マディソン/バー] 民主共和党だ!
「この移民は俺たちが選んだ人間じゃない」といのは、内閣職の財務長官は大統領任命なので選挙で選ばれていないということ(ジェファソンの国務長官も同じですなんでがね)。"motherfuckin'" は訳しようがないので、とりあえず。しかし、ここの最後の部分、たまりませんね~(笑)。"Democratic-Republicans" という語がこんなふうに使われたことがこれまであっただろうか。ともあれ、(「南部の~」にはもちろんバーは参加していませんが)三人の声がびしっと揃ったところで、ハミルトン包囲網が完成です。ゆっくり始まった曲がうねるように勢いを増していく、最後への盛り上げがうまい。
とはいえ、まだワシントン大統領は健在。ジェファソンの決断はどのような結果を生んでいくのか? バーはどこへ向かうのか? アメリカ合衆国とハミルトンの運命や、いかに?
<あらすじ>
ワシントンの後ろ立てで政策を進めるハミルトンに不満を溜めていく国務長官ジェファソン。バーとマディソンからせっつかれて、ついに職を辞してワシントン政権に対抗することを決意する。
ラップバトル形式の "30. Cabinet Battle #2" の次なので目立たないかもしれませんが、この曲もラップとしては高度なヴァースが登場します。"24. What'd I Miss" 以外ではジェファソン一番の見せ場でもありますね。政治的テーマの盛り込み方、徐々に盛り上げていく曲構成も素晴らしく、私個人的には、いちばん好きな曲のひとつ。
始め、舞台にバーが登場。
[BURR] It must be nice, it must be nice to have Washington on your side.
[バー] いいだろうなあ、いいよなあ、ワシントンが味方についてくれたら。
大陸軍大将から初代大統領へ、絶大な大衆人気を集めて建国最初期のアメリカ合衆国を率いてきたジョージ・ワシントン。確かに前曲最後でジェファソンが言った通り、ワシントンの後ろ盾がなければ、ハミルトンの活躍はありえなかった。ただしその体制にもそろそろ限界が来ているようで……。
最初のジェファソンのヴァース、当時の政治状況、メディアを使っての攻撃合戦、ジェファソンが主張していた理想など、テーマがぎっしり(訳すのがたいへんそうなのでとりあえずパス。時間があったらまた追加するかもしれません)。ジェファソンの理想は自由で理性的な農夫たちの国アメリカ。今から考えると牧歌的でとてもありえないし、当時でもジェファソン自身がグローバルな商品作物を大規模プランテーションで、奴隷を使って生産して儲けていたわけで、ちょっと無理じゃないの、という気がします。が、ヨーロッパの文化的伝統として「牧歌的な」(pastoral)な田園風景での暮らしを人間の理想とする考え方があるので、それに則っているんでしょう。とりあえず、そうした理想の一番の敵がウォール・ストリートの投資家連中、そしてジェファソンにはそうした連中の「親玉」的に映っているハミルトン。
[JEFFERSON] I’ll pull the trigger on him, someone load the gun and cock it. While we were all watching, he got Washington in his pocket.
[ジェファソン] 俺があいつに向けて引金を引いてやるから、誰か銃に弾を込めて、撃鉄を起こしてくれよ。俺たちがぼさっと眺めている間、あいつはワシントンの威を借りてやりたい放題だったろ。
という最後の部分は、じっくりと構えて、自分はあまり前に出ずにいいとこどりをすることが多かった歴史上のジェファソンらしいといえばらしい。自分で全部やれという気もしますが、それは実際はあまり政治家としてはうまく行かないんでしょう、後のジェファソンの成功を鑑みると。こうしてバーとジェファソンが反ハミルトンを旗印に合流。とはいえ、まだ一番の障害である大統領がでんと重石のようにのしかかっています。
[ジェファソン/バー] いいだろうなあ、いいよなあ、ワシントンが味方についてくれたら。
そして、バーとマディソンに煽られて、ついに、
[JEFFERSON] I have to resign
[ジェファソン] 辞任せざるをえんな
とジェファソンが辞任宣言。
[JEFFERSON] I’m in the cabinet. I am complicit in watching him grabbin’ at power and kiss it. If Washington isn’t gon’ listen to disciplined dissidents, this is the difference: This kid is out!
[ジェファソン] 内閣にいて、ハミルトンが権力をつかんでキスするのをぼーと見てたら、やつと共犯も同然だ。お行儀がよく抗議をしてもワシントンが聞いてくれないんなら、話はべつだ。この生徒(=ジェファソン本人のこと)はいち抜けた!
[i]の母音韻のしつこいぐらいの連打、"d" の頭韻。唱えられたら気持ちよさそう。短いヴァ―スとしては、"30. Cabinet Battle #3" のハミルトンの "meddling in the middle of the military mess" と同レベルに密度が高く、ミュージカル『ハミルトン』全体でも注目のラインですね。また内容も、意見をしても先生に訊いてもらえない生徒、という設定がメタファーになっていてユーモラス。ハミルトンくんも校長ワシントン先生に呼び出されていましたが、ジェファソンくんも同じような気分だったのでしょうか。
[MADISON/BURR/JEFFERSON] Oh! This immigrant isn’t somebody we chose. Oh!
This immigrant’s keeping us all on our toes. Oh! Let’s show these Federalists who they’re up against! Oh!
[JEFFERSON/MADISON] Southern motherfuckin’—
[JEFFERSON/MADISON/BURR] Democratic-Republicans!
[ジェファソン/マディソン/バー] オウ! この移民は俺たちが選んだ人間じゃないぞ。オウ! この移民には俺たち。こいつらフェデラリスト党員に、誰を相手にしているのか知らしめてやろうじゃないか。オウ!
[ジェファソン/マディソン] 南部のいてまえ
[ジェファソン/マディソン/バー] 民主共和党だ!
「この移民は俺たちが選んだ人間じゃない」といのは、内閣職の財務長官は大統領任命なので選挙で選ばれていないということ(ジェファソンの国務長官も同じですなんでがね)。"motherfuckin'" は訳しようがないので、とりあえず。しかし、ここの最後の部分、たまりませんね~(笑)。"Democratic-Republicans" という語がこんなふうに使われたことがこれまであっただろうか。ともあれ、(「南部の~」にはもちろんバーは参加していませんが)三人の声がびしっと揃ったところで、ハミルトン包囲網が完成です。ゆっくり始まった曲がうねるように勢いを増していく、最後への盛り上げがうまい。
とはいえ、まだワシントン大統領は健在。ジェファソンの決断はどのような結果を生んでいくのか? バーはどこへ向かうのか? アメリカ合衆国とハミルトンの運命や、いかに?
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