2017年9月30日土曜日

"32. One Last Time" from Hamilton: An American Musical

ワシントン大統領に呼び出されたハミルトン。ところが今度はいつもと様子が違うようで……。第1幕 "5. Right Hand Man" で登場した途端みんなを一つにまとめ、建国後も対立しあう部下たちを何とかまとめてきた偉大なるカリスマ、ジョージ・ワシントンがついに表舞台を去ります。ひとつの時代の終わり、ですね。

<あらすじ>
ワシントン大統領に呼び出されて、ジェファソンが国務長官を辞任したことを知らされたハミルトン。さらにジェファソンが大統領選に出馬する意向だと聞かされ、絶対的人気を誇るワシントンに敵うわけがないだろうとニヤニヤ。しかし、ワシントンから次期大統領に出馬しないことを決めたと聞いて、ようやく事の重大さに気づく。ワシントンはハミルトンに辞任演説の原稿を書くように指示。そして、登場人物たち全員が注視する中、ワシントンは勇退の花道を飾る。

舞台では曲冒頭の場面で、ハミルトンは大統領の前に来ているのにもかかわらず、立ったままで書き物に没頭。ワシントンの言葉は片手間に聞いています。自らにとっての一大事をまったく予期していない。ジェファソンの突然の辞任のニュースを聞いて、ジェファソンに目に物を言わせてやると意気込みますが、

[WASHINGTON] Shh. Talk less
[ワシントン] シー、ちょっとは黙れ。

と諭されます。あのバーのセリフですね。それでも止まらず、新聞に匿名記事を書いて、あの野郎をいてこましてやりますよ、とノリノリのハミルトン。次いで、

[WASHINGTON] I need you to draft an address.
[ワシントン] 原稿を書いてもらわないといかんのだ。

と言われても、ワシントンの意向がまったく汲み取れていない。さらにジェファソンが大統領選出馬の意向と聞いて、余計に調子に乗ってくる。しかし、次のようにはっきり言われて、さすがのハミルトンも凍りつきます。

[WASHINGTON] I’m stepping down. I’m not running for President
[HAMILTON] I’m sorry, what?
[ワシントン]  大統領職を降りることにした。選挙にはもう出ないぞ。
[ハミルトン] すいません、何ておっしゃいました?

独立戦争からずっと一緒に走ってきたハミルトンをねぎらおうと、酒でも酌み交わそうじゃないかとワシントン。

[WASHINGTON] One last time, relax, have a drink with me. One last time, let’s take a break tonight. And then we’ll teach them how to say goodbye, to say goodbye, You and I.
[ワシントン] 最後ぐらいは、くつろいで、酒でも酌み交わそうじゃないか。最後ぐらい、一晩ゆっくりしよう。それからだ、みんなにどうやって「さようなら」を言うかを教えてやろうじゃないか、お前と私でな。

朗々とこう歌うワシントンの声には、重責をこなし終えた満足感が現れています。「お前と私でな」とハミルトンにも共感してほしそうなんですが、ハミルトンはこれからの政局の展開が気になって仕方がなく、それどころじゃない様子。どこまでも空気が読めない部下ですね。

そんなハミルトンをいなしながら、ワシントンは辞任演説を起草するように指示。なおも食い下がろうとするハミルトンにはっきりと「ノー!」を告げます。なぜなら、

[WASHINGTON] If I say goodbye, the nation learns to move on, it outlives me when I’m gone.
[ワシントン] 私がさよならを言えば、この国は前に進むことを学ぶんだからな、そうすれば私が居なくなった後も国は続いていくんだ。

『ハミルトン』ヒット後、オバマ大統領の辞任が近づいてくる段階で行われたホワイトハウスでのハミルトン・コンサートの映像には、オバマ大統領の前で朗々と歌うクリストファー・ジャクソンが映っていますね(演者もオーディエンスもみんな感極まった顔になっています)。よい大統領でもずっと権力を握っていたら政権が腐敗してくはずだ、たとえ、次のリーダーがちょっとあやしい人物でも……。確かに、ヨーロッパの植民地から脱した国家が、独立の過程でのヒーローを大統領に選んで、その後、独裁へとひた走っていった、という例には事欠かないですから、アメリカ合衆国の成功の一因は、ワシントンが(その意図はどこにあったとしても)すっぱりと8年で辞めていったことにあるのでしょう。

次の聖書(バイブルを、the scriptureとか、the Old Scriptureとか呼ぶことがあります)からの引用(“Everyone shall sit under their own vine and fig tree, and no one shall make them afraid.”)は、旧約聖書ミカ書第4章第4節(Micah 4:4)から。前後も含めて引いてみると、

He [the Lord] will judge between many peoples and will settle disputes for strong nations far and wide. They will beat their swords into plowshares and their spears into pruning hooks. Nation will not take up sword against nation, nor will they train for war anymore. Everyone will sit under their own vine and under their own fig tree, and no one will make them afraid, for the LORD Almighty has spoken. All the nations may walk in the name of their gods, but we will walk in the name of the LORD our God for ever and ever. (New International Version)

日本聖書協会の「聖書 新共同訳」ではこのような訳。それにしても、武器を捨て(剣を鋤に、槍を釜に変え)、それでも自分たちの場所にいれば恐れることはない、というのは、自分たちの国は神の祝福を受けており「明白な天命」(The Manifest Destiny)を背負っていると意気込みながら、領土拡大、さらに帝国主義に向かっていくアメリカ合衆国の姿勢とはずいぶん違う。ここから、まったく別の歴史がありえたかもしれない?

ワシントン大統領の辞任演説のシーンは面白い演出ですね。ハミルトンが原稿をかいたということで最初は前面にハミルトンが出て読み上げている。その背後からゆっくりと前の明るい照明の中に歩み出てくるワシントン。この部分は実際のワシントン辞任演説からの引用です。ハミルトン本人は絶対に言いそうにないことですが、謙虚に自分が間違いをいろいろ冒しただろうことを認め、ただし後悔するところはないという堂々とした名文。こうして、否定しようのない「遺産」を残したワシントン。登場人物(ほぼ)全員によるコーラスに送られながら、『ハミルトン』の舞台から退場していきます……。

ジェファソンに "You are nothing without Washington behind you." ("30. Cabinet Battle #2")と言われていたハミルトン。強力な後ろ盾が消えて、さて、どうなっていくのか―ーの前に、次の曲はふたたび、あの海の向こうの人が登場します。

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