<あらすじ>
ハミルトンは懸案の国債発行・国立銀行設立を果たすため、ジェファソン/マディソンとジェファソン邸で秘密の会合を行う。連邦首都をめぐる議会の紛糾に苦慮していたマディソンは、ヴァージニアへの連邦首都移転を条件としてハミルトンに協力する案を出し、両陣営は妥協に至る(らしいが、ただし、秘密会合のため、すべては憶測)。重要な政策決定から締め出されたバーは、「事が起こる部屋」(the room where it happens)に入ること、国政において中心的立場にのしあがることを決意する。
冒頭はバーとハミルトンの軽い(と見える)やりとり。
[Burr] Didja hear the news about good ol' General Mercer.
[Hamilton] no.
[Burr] You know Clemant Street. They renamed it after him. The Mercer legacy is secure.
[Hamilton] Sure.
[Burr] And all he had to do was die.
[Hamilton] That's a lot less work.
[Burr] We oughta give it a try.
[Hamilton] Ha.
[バー] あの懐かしのマーサー将軍についてのニュースは聞いたかい?
[ハミルトン] いいや。
[バー] クレマント通りってあるだろ。あの通りに将軍の名前をつけるってよ。マーサーの遺産はこれで安泰ってわけさ。
[ハミルトン] そうだな。
[バー] ただお亡くなりになっただけなのにな。
[ハミルトン] ずいぶん楽な話だね。
[バー] 俺たちもぜひ試してみなくちゃな。[ハミルトン] ずいぶん楽な話だね。
[ハミルトン] ふん。
その後、バーが国の借金の話はどうした?と突っ込むと、ハミルトンから意外なせりふが出て、バーもびっくり。
[Hamilton] I guess I'm gonaa fin'ly have to listen to you.
[Burr] Really?
[Hamilton] Talk less, smile more. Do whatever it takes to get my plan on the Congress floor.
[ハミルトン] ついにあんたの意見を聞かなくちゃならなくなったみたいだよ。
[バー] ほんとかよ?
[ハミルトン] おしゃべりは控えめ、笑顔多めに、だろ。俺の案を議会にとり上げさせるためには何だってするさ。ハミルトンはバーのことをまったく無視していたわけではないことが分かります。二人のここまで貫かれていた基本姿勢が交錯していくのがポイント。
バーはさらに突っ込んで話を聞こうとしますが、ハミルトンはそれを遮ってジェファソンらとの交渉のため、閉ざされたドアの向こうに行ってしまいます。ここからはジェファソンの本当かどうか分からない話("Thomas claims―")などに基づいた推測の話になる、というのがこの曲のいちばんの趣向ですね。スティーヴン・ソンドハイム/ジョン・ワイドマン『太平洋序曲』に、幕末のペリーと幕府代表との秘密交渉の場面、というかそこに入れない人間たちのムダな右往左往を描いた "Someone in a Tree" という面白い曲があるんですが、その設定を参考にしているそうです。ともあれ、
[Burr] No one really knows how the game is played: The art of the trade, how the sausage gets made. We just assume that it happens
[バー] 誰もどうやってゲームが行われたか本当には分からないんだ、職業上の技術、ソーセージの作り方は秘伝ってわけ。ただ事が起こるんだと、俺たちは推測するだけ。
ソーセージのくだり、生々しくて、ちょっと怪しくていいですね~。
さて、敵同士として部屋に入っていた「移民」と「ヴァージニア人」二人。出てくると、妥協がまとまっている。結果は、
[Burr] The immigrant emerges with unpredecented financial power, a system he can shape however he wants. The Virginians emerge with the nation's capital. Here's the pièce de résistance. No one else is in the room where it happens.
[バー] 移民は前例のない財政権力を手にして現れた、それをどう仕立ててもいいとお墨付きで。ヴァージニア人たちが手にしたのは国の首都。でも傑作なのはね。事が起こる場所には3人の他には誰もいなかったってことさ。
"pièce de résistance" は見慣れない英語、というか、フランス語からの借用表現なんですけど、発音は「ぴえす・どぅ・れじすとぅぉーんす」(とぅぉーん、は鼻にかかる感じで。聞き直すと、レズリー・オゥドム・ジュニアの発音は英語の "resistance" に近いですね、アクセントも "si"のところにあるし)。辞書による定義では、"(especially with reference to creative work) the most important or remarkable feature" となっています。創作物の一番際立った特徴、ポイント。フランス料理とかで使われるみたいですね。
バーはハミルトンが首都をニューヨークからヴァージニアに売り渡したことを責めますが、ハミルトンはどこ吹く風で次のように答える。
[Hamilton] When you got skin in the game, you stay in the game. But you don't get a win unless you play in the game. Oh, you get love for it, you get hate for it. You get nothing if you wait for it, wait for it, wait!
[ハミルトン] ゲームに食い込んだら、最後まで意地で粘ることさ。でもな、そもそもゲームに飛び込まないと、勝ちは拾えないぜ。まあ、好かれもするし、憎まれもするけど。チャンスをただ待って、待って、待ってじゃ、何も手に入らないね。
"get skin in the game" は有名な投資家ウォーレン・バフェットの表現らしいです。今日見た記事でもバフェットさんは、アメリカに対すると投資は落ち目だというけど、そんなことはない、粘って賭けとけば10倍になって帰ってくる!とおっしゃっていました(まあ、そもそも、元手があって言えることですがね)。チャンスをじっと待つ、という哲学を全否定されたバー。
ここからバー的な妥協に乗り出したハミルトンと交錯するように、バーがついに自分を賭ける決心を固めていきます。ステージ上のこの部分でのダンスは、作品中でももっとも圧倒的です。いわゆる「ジャズ・ハンド」やいかにもブロードウェイ的なステップが使われているのもポイント。動き自体がヒップホップ的なものとはまたっく違う、下から盛り上がるような、微妙な揺れをもったもので、ダンサーたちの参加によってバーの動きがステージいっぱいに広がっていく。高揚する、とか、感動する、とは別の、もっと暗いものもはらんだ感情の盛り上がりが体験できます。
[Burr] I wanna be in the room where it happens.
[Company] The art of the compromise
[burr] Hold your nose and close your eyes.
[Company] We want our leaders to save the day
[Burr] But we don't get a say in what they trade away.
[Company] We dream of a brand new start
[Burr] But we dream in the dark for the most part,
[Burr/Company] dark as the tomb where it happens.
[Burr] I've got to be in the room where it happens.
[バー] 俺は事が起こる部屋に入りたいんだ。
[全員] 妥協の技は
[バー] 鼻をつまんで、目はつむって。
[全員] 指導者たちがすべて解決してほしいわけだが
[バー] 俺たちは何が売り渡されても
[全員] いつも新しい出発を、と夢見るけれど
[バー] 実際は俺たちは暗闇で夢を見ているだけ、
[バー/全員] 事が起こる墓みたいに真っ暗闇で。
[バー] 俺は事が起こる部屋に絶対に入るんだ。
この曲は、昨今のアメリカ合衆国の政治的状況を考えると非常に示唆的。民主党、共和党の別などに関係なく、自分たちがアメリカ合衆国の舵取りから除外されていると感じる人たちがいわゆるエリートたちの思惑や予測に反して、トランプのような人を権力の中心に押し上げてしまう(そのこと自体が、「暗闇で夢を見ている」ようなものなのですが……)。ハミルトンとジェファソンを代表とする権力内での政治ゲームがどのような意味をもっているかに関係なく、「自分も事が起こる場所にいたい」と不満を溜めていくバーの感情の動きは、現今のポピュリズムを支える集団的心情とパラレルになっています。
『ハミルトン』は前半の<移民の成功譚>をフォーカスして政治的に利用されることが多いし、ミランダらのミュージカル外での言動もだいたいその線に沿っているのですが、作品の政治的意義の本質は第2幕にあると言えるのではないでしょうか?その意味でも、『ハミルトン』全体のいちばんの鍵となる作品は、この "27. The Room Where It Happens" なのではないか。第1幕 "8. Right Hand Man" の最後では "Boom!"と大砲が、この曲では "Click-boom!" と銃声が響くのも、各幕の結末へ向けての展開が始まるのを暗示しているのではないか。
ニューヨークのジェファソン邸。現在ではもちろん残っていませんが、場所はロウワー・マンハッタンの金融街の、下の写真の場所。
ジェファソン住居跡であることを示すサインがあります。
こちらのPBSの動画(Hamilton's Americaの一部)にも出てきますね。
[全員] 妥協の技は
[バー] 鼻をつまんで、目はつむって。
[全員] 指導者たちがすべて解決してほしいわけだが
[バー] 俺たちは何が売り渡されても
[全員] いつも新しい出発を、と夢見るけれど
[バー] 実際は俺たちは暗闇で夢を見ているだけ、
[バー/全員] 事が起こる墓みたいに真っ暗闇で。
[バー] 俺は事が起こる部屋に絶対に入るんだ。
この曲は、昨今のアメリカ合衆国の政治的状況を考えると非常に示唆的。民主党、共和党の別などに関係なく、自分たちがアメリカ合衆国の舵取りから除外されていると感じる人たちがいわゆるエリートたちの思惑や予測に反して、トランプのような人を権力の中心に押し上げてしまう(そのこと自体が、「暗闇で夢を見ている」ようなものなのですが……)。ハミルトンとジェファソンを代表とする権力内での政治ゲームがどのような意味をもっているかに関係なく、「自分も事が起こる場所にいたい」と不満を溜めていくバーの感情の動きは、現今のポピュリズムを支える集団的心情とパラレルになっています。
『ハミルトン』は前半の<移民の成功譚>をフォーカスして政治的に利用されることが多いし、ミランダらのミュージカル外での言動もだいたいその線に沿っているのですが、作品の政治的意義の本質は第2幕にあると言えるのではないでしょうか?その意味でも、『ハミルトン』全体のいちばんの鍵となる作品は、この "27. The Room Where It Happens" なのではないか。第1幕 "8. Right Hand Man" の最後では "Boom!"と大砲が、この曲では "Click-boom!" と銃声が響くのも、各幕の結末へ向けての展開が始まるのを暗示しているのではないか。
ニューヨークのジェファソン邸。現在ではもちろん残っていませんが、場所はロウワー・マンハッタンの金融街の、下の写真の場所。
ジェファソン住居跡であることを示すサインがあります。
こちらのPBSの動画(Hamilton's Americaの一部)にも出てきますね。
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