21日は Groundhog Day。2017年度オリヴィエ賞最優秀ミュージカル部門受賞、トニー賞でもミュージカル部門作品賞ノミネート作品。1993年公開の同名映画(日本語タイトルは『恋はデジャ・ブ』という微妙な…)のミュージカル化。脚本は映画版から引き継ぎでダニー・ルービン、作詞作曲がティム・ミンチン(Tim Minchin)。
今回、チケットは当日に、タイムズスクウェアのTKTS Ticketing Boothで購入しました。当日券を割安で手に入られる一番安全な方法。時間が空いていたから何にしようかなあと、ぶらっと窓口へ。まず口に出たのが、Groundhog Day というタイトルでした。
Groundhog Day が観たいと思った理由はいくつかありますが、そのひとつは作詞作曲のティム・ミンチン。ミンチンは子供向けミュージカル『マティルダ』(ロアルド・ダール小説のミュージカル化)で、すでに作詞作曲で高い評価を受けていましたが、元はオーストラリア出身の人気コメディアン―ネットでもスタンドアップコメディのパフォーマンスの動画がたくさん。見た目も一度見たら忘れないほど印象的な人。オーストラリアを知っている人ならいかにもオージー(オーストラリア人)だなあと感じられる独特のセンスがあってたまりません。イギリスのブラックな感じとも、アメリカ人のコミカルに見えてもどこかまじめな姿勢とも違う、肩の力と気が抜けた?姿勢というか。
もう一つの理由は、本年度のトニー賞作品賞ノミネート作品の中で、アルバムで楽曲の音声を聞いただけでは展開がよくわからない作品だったこと。『恋はデジャ・ブ』はビル・マレー(『ゴーストバスターズ』のリーダーですね)主演の人気が高い作品で、日本でも見た人は多いと思います。「デジャ・ブ」という通り、同じ場面の繰り返しが何度も登場する作品。それを舞台で説得力があるように演出できているのか。アルバムだけでは、主演のアンディ・カール(Andy Karl)が当たり役なこと、何曲かぐっとくるキャッチーな曲があることは分かって、悪くはなさそうかなという印象、でも、とくに後半の展開がかなり不明。そこからくる、もしかしたら舞台をみたらずっといいかも、という期待感。
最後の一点は、ステージセットが近年の作品でもかなりお金がかかったものだという点。内容的にも楽曲的にも基本はコメディ調で、大スペクタクルにはならないはずなのに、あの Hamilton や凝ったセットが話題の Natasha, Pierre & the Great Comet of 1812より金がかかるとはこれ如何に。
劇場は The August Wilson Theatre。1925年にできた歴史ある劇場で元は The Guild Theatre という名前だったようですが、20世紀後半アメリカ最高の劇作家のひとり、オーガスト・ウィルソンが2005年に死去した後、ウィルソンをたたえて改名したとのこと。52nd Streetなので、ブロードウェイでも北のほうの劇場ですね。キャパシティは1,222。これはブロードウェイとしてはどちらかというと小さめか。入った感じでもちょっとこじんまりに思えるのが逆にいい感じ。今回は運よくかなり良い席だったというのもありますけど。
開演前、ステージ上には数十個ぐらいのスクリーンが。テレビの天気予報士役を演じるアンディ・カールの映像、気象図、天気・雪・雨マークなど。よく考えるとこれだけでも金がかかってそうですが、嫌みには感じませんでした。いよいよ開演、まずは大きめのスクリーンに、主人公フィルが天気予報を収録する様子が流れます……。
あらすじは前の記事に書いたので飛ばします。ポイントをいくつか。
セットの仕掛けで一番大きなものは、Hamiltonと同様の「ターンテーブル」があるということ。どうやらHamiltonのものよりスゴいらしく、スゴ過ぎ(複雑過ぎ)て?ブロードウェイ初日にトラブルが発生、ちょっと大変なことになったそうな(その動画がこちら)。それはさておき、この装置をつかって、また様々な手品的トリックを使って、同じ場面の繰り返しを、かなりの頻度で行っていきます―舞台のそでに消えていったはずの主人公が、一瞬後、舞台中央のベッドで起き上がったり……。
別の仕掛け?はミニチュアの車や町の風景、着ぐるみや組み立て式の車が登場すること。おもちゃっぽくて子供だましになりそうなところですが、これも金をかけてクオリティが高いからでしょうか、気持ちよく笑える演出になっていました。他、これは後から知ったことですが、このミュージカルは衣装が300着ぐらいあるらしい・・・。キャストは舞台から走り出て、5秒で着替えて、舞台に別のキャラクターとして戻る、なんてのがやまほどあるらしい(こちらのキャストのインタビューより)。
実を言うと、私が観た回では、一度その歯車が合わないことがあって、一旦ストップしました(原因はターンテーブル以外の仕掛けだったようです)。なんとなく、このミュージカルではしょうがない、けっこうあること、という印象でした。ただし、再開のときに「このショウは Groundhog Day なので、同じシーンを繰り返すことがありまーす」とアナウンスがあって大ウケ。観客としては止まったぶん得した気分(笑)。
演技・歌唱は全員、アルバムで聴いてもっていた期待よりはるか上のものでした。アルバムでは不明だったり、つながらなかったところがつながって、簡単な繰り返しのところ以外も重層的にプロット・歌が積み重ねられていて、ところどころ、グッと来ました。メイン役ではない登場人物たちが大事にされているミュージカルだったのが好印象。
なかでも、フィルの高校時代のクラスメートの保険セールスマン、ネッドが歌う"Night Will Come" がいちばん泣ける場面(曲はこちらの動画、9:40ぐらいから)。楽曲だけでも印象的な曲ですが、劇中では、少し前にネッドが家族の事情をフィルに明かすところがあります。ネタバレをするのは残念なところなので、このぐらいの情報にとどめますが、ミュージカルというジャンル独自の物語と歌の交錯が見事に活かされている展開です。
笑える場面でいくと、フィルがバーで酔っ払い二人と意気投合するカントリー調の曲 "Nobody Cares"が最高でした。特に、アジア系のレイモンド・J・リー(Raymond J. Lee)が演じるラルフがいちばんの笑いを取っていた(この動画の真ん中が彼)。酔っぱらいものは伝統的に(?)オーストラリア人の鉄板ネタなので、ミンチンも楽しく曲を書いたのでは? この曲の後の展開も大盛り上がりでした。
といわけで、泣きあり笑いありの、日本の新喜劇のような(笑)安心感をもって観ることができたのですが、ただし、作品としてのもっとも深いポイントは、第2幕第2曲の "Hope"での表現だったと思います。第1幕終わりから、フィルがバカにしていた田舎町の住民ひとりひとりがそれぞれの希望や絶望を抱えていることが明らかになっていく、そのうちの絶望の表現が舞台上で、ちょっと前もっては想像できないようなかたちで繰り広げられます―‐タイトルは "Hope"なんですけどね。アルバムの楽曲だけで聞くとちょっとおおげさな歌に思うのですが、これはぜひ舞台を観てもらいたいところ。(オリヴィエ賞授賞式でのミンチンのパフォーマンスがこちら。)
観終わったあと、いろいろな意味でよいものを観たという気持ちがわいてくるミュージカル。個人的な感想ではなく、周りの観客も、思ってたりよりずっとよかったよねーと満足している様子でした。大傑作!とすぐに叫びたくなるような作品ではないのですが、それぞれの演技、歌、せりふ、仕掛けがていねいに組みあって仕上げられていて、他にはない味わいをつくっている傑作です。そこでさっきのあれが効いてくるのか!という楽しみがいろいろ。
前の記事を見返すと、
>うーん、個人的には、それほどファンにはなれない作品です。どの曲もよく出来ているし、もともと物語(脚本)もアイデアがいいんですが、あと一押し足りないような。ちょっと悪い意味で、いかにもミュージカルというか。あ、あくまで、実際に舞台を見ていない、ネット映像と音声だけを聴いた人間の感想ですので、それほど真に受けないでください(笑)。
などと書いちゃってますね。陳謝したいところです(汗)。一方で、トニー賞のパフォーマンスもいまいちだったし、アルバムももうちょっと作りようがあるんじゃないのー、と逆切れしたくもなりますが。舞台の出来からすると非常にもったいないです。
残念ながら Groundhog Day、ブロードウェイでは9月17日で終演とのこと。ただし、2018年から全米ツアーということなので、どこかでポスターを見かけることがあったらぜひぜひ観てください。日本語版でやっても、これはかなりイケそうではないかなー。
追記:
Groundhog Day のキャストが "My Shot" の替え歌をパフォーマンスしているビデオがあったので追加しておきます。難民支援のための Ham for All 向けの動画ですね。
GHD Broadway - Our Shot (SunRise Up)
Groundhog Dayからの歌詞も盛り込んでいてうまい! 作、演出、監督はラルフ役のレイモンド・J・リー。彼のYouTubeチャンネルには動画がたくさんあがっていています。いろいろ楽しそう・・・。
追記2:
ティム・ミンチンもミランダと同じく超絶にフレンドリーな人で、Twitterなどでいろいろ情報を発信してくれています。特に次の動画ではファンからの Facebookへの質問に答えていて、制作上のアイデアをかなり本格的に解説してくれたりしています。解説もクリアでそこまで考えて作っているのかと改めて驚かされる。さらに、23:10あたりから、ミュージカルの可能性を語るところ!、ぜひ聞いてみてください。
Tim Minchin - Groundhog Day the Musical live Facebook Q&A
ちょっと前までこういうのは作り手側の秘密だったと思うんですが、情報公開の時代ですね~。まあ、公開してもらってとりあえず理解はできても、作品制作で同じことができるかというと、結局、才能と根気とがたっぷり要りそうではあります。
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