2017年9月13日水曜日

"24. What'd I Miss?" from Hamilton: An American Musical

『ハミルトン』第二幕、第一曲は "24. What'd I Miss?"、アメリカ建国史における最大のヒーローのひとり、トーマス・ジェファソン初登場の曲。全体的に直線的でリズムとしては単調ともとれた(だからこそ勢いがあった)第一幕から、この一曲でがらりとトーンが変わります。独立革命へひた走った時代から、微妙なニュアンスを含んだ政治的駆け引きの世界へ―それを一気に音楽的に表現してしまうのだからすごいものです。

<あらすじ>
1789年、フランスで外交官として活躍したジェファソンが帰国、熱烈な歓迎を受け、ワシントン大統領の要請で初代国務長官に就任することに。商業化と連邦制強化を目指すハミルトンと対立することになったジェイムズ・マディソンは、親友ジェファソンに南部を代表して戦ってくれるように求める。ところが、ジェファソンは「何かあった?」とあくまでマイペースで・・・。

聞きどころは、まず、第一幕ではなかった華やかさ。ブギウギ調のジャズで、オリジナル・キャストでは、ダヴィード・ディグズの舞台での軽やかなステップやおちょくったような態度もかなりのインパクト。ジェファソン役は第一幕のラファイエット役がフランスつながりで演じるのですが、ディグズはトリッキーだけれども性急さのあるラファイエットと、余裕のある貴族風のジェファソンをうまく演じ分けていましたね。ジェファソンは主人公の敵役だけど、憎めない雰囲気というのも大事なポイント。

曲の始め、細かいところをいうと、バーが第二幕のあらすじをラップするところで、バックグラウンドに "3. My Shot" でローレンスがみんなを盛り上げていく場面、「ウォッウォッウォーウォーオ」のメロディが流れていますね。独立革命の名残り、という感じっですが、それがジェファソンの登場で一気に消し去られて以降繰り返されることはなく、新しい時代の幕開けとなる。にくい演出です。

さて、冒頭は第一幕第一曲 "1. Alexander Hamilton"の冒頭 "How does a bastard ~"のリプリーズ。

[Burr] How does the bastard, orphan, immigrant, decorated war vet unite the colonies through more debt? Fight the other founding fathers til he has to forfeit? Have it all, lose it all, you ready for more yet? Treasury Secretary. Washington’s the President. Ev’ry American experiment sets a precedent. Not so fast. Someone came along to resist him, pissed him off until we had a two-party system. You haven’t met him yet, you haven’t had the chance, ‘cause he’s been kickin’ ass as the ambassador to France. But someone’s gotta keep the American promise. You simply must meet Thomas. Thomas!
[バー] 私生児で、孤児で、移民、戦争で勲章をもらった退役軍人がどうやって国の借金を増やすことで元植民地をまとめてみせるかって? 他の建国の父たちと争って、すべてを失うことになった顛末かね? すべて手に入れて、すべて失った、その話を聞く準備はできているかい? 財務長官。ワシントンが大統領。アメリカの実験ひとつひとつが先例となっていく。そんなに焦りなさんな。誰かさんが対抗馬があらわれてあいつを怒らせて、そんなこんなでアメリカに二大政党制が誕生。その誰かさんにはまだ会えていないよ、チャンスがなかったからね、大使としてフランスでクールに活躍してたのさ。でも誰かがアメリカの約束を守らなくちゃならんだろ。つまりはトーマスのご登場ってわけさ。

ここで、第二幕のあらすじがかなり明かされていますね。ハミルトンが政敵を作って転落していく過程がメインだということ。連邦銀行設立や二大政党制など、アメリカ合衆国の経済・政治制度の成り立ちについてもさらりと触れているあたり、歴史好きにはグッとくるところでしょう。『ハミルトン』では、ハミルトンの伝記的事実や合衆国建国史がある程度共有されているのが前提になっていて、大きな筋においてはネタバレというのが問題にならないようになっています。逆に、少しは予習しないと、外国人としてはついていけません(というか、『ハミルトン』のパロディ版ミュージカル『スパミルトン』(Spamilton)でちょうど "What I'd Miss" のところで内容と演出についていけない老人が登場するので、アメリカ人でも予習しないといろいろついていけないのかもしれません)。

さて、バーによるイントロダクションの後、ジェファソン登場。舞台上の演出では、ジェファソンが舞台奥の上の通路に表れて悠然と階段を降りてくるときに、ステージ上で床を掃除をしている人々がいます。これはかなり政治的な演出で、「独立宣言」などで自由と平等を謳いながら、大規模農園主で多数の奴隷を所有していたジェファソンの矛盾を示している(じゃあ、ワシントンもそうじゃん、と思わないではないですが)。

[JEFFERSON] France is following us to revolution. There is no more status quo. But the sun comes up, and the world still spins.
[ジェファソン] フランスも俺たちに続いて革命の道へ。現状維持の時代じゃないよね。それでも太陽は姿を見せるし、世界は回ってる。

この辺りはアメリカ合衆国の正史で語られてきたかっこいいジェファソンの姿、アメリカ建国の太陽に見えますが……。

[JEFFERSON] So what’d I miss? What’d I miss? Virginia, my home sweet home, I wanna give you a kiss.  I’ve been in Paris meeting lots of different ladies... I guess I basic’lly missed the late eighties... I traveled the wide, wide world and came back to this…
[ジェファソン] で何かあった? 俺がいないうちにさ? わが愛しの故郷ヴァージニア、キスを送るよ。パリではいろんなタイプの淑女と逢瀬したもんだが……たぶんアメリカの80年代後期はだいたい抜かしちゃったかな……広い広い世界を旅してきて、帰ってきたらこれかあ……

になると、『ハミルトン』独自のジェファソン像ですね、とっても軽い。実際のジェファソンは口頭ではうっかりしたことは滅多にもらさない慎重派だったようですので、ずいぶんな違いでしょう。

ジェファソンの否定的側面を描くというのは、少し前まではなかなかなかったのではないかと思います。アメリカ建国の父の中でも一番のスター格ですからね。ただし、現在では奴隷所有者としての側面が注目されて、理想像としてのジェファソンの見直しが進んでいます。そうした意味で、奴隷所有とのカラミで、次の部分は重要。

[JEFFERSON] There’s a letter on my desk from the President. Haven’t even put my bags down yet. Sally be a lamb, darlin’, won’tcha open it?
[ジェファソン] 机のうえを見ると大統領からの手紙があったよ。鞄もまだ下ろしてないっていうのに。サリー、よい子にしてさ、ね、手紙開けてくれない?

さらっと出てくるサリー(Sally)は近年とみに有名になった人物、サリー・ヘミングス(Sally Hemings)。ジェファソンの妻マーサの異母姉妹だったと言われる黒人奴隷。マーサの死後、ジェファソンのフランス滞在に同行し、どうやらジェファソンの子供を何人か生むことになったらしい(DNA鑑定にもとづく)。これが従来、アメリカ建国のスーパーヒーローだったジェファソンの隠されたパワハラとして、最近は広く知られています。そこにさらっと触れていて、現代のアメリカ人ならああ、あのサリーだ、とピンとくる仕掛けです。

この曲では、もう一人、新キャラが登場します。ジェファソンの盟友ジェイムズ・マディソン。

[MADISON] Thomas, we are engaged in a battle for our nation’s very soul. Can you get us out of the mess we’re in? Hamilton’s new financial plan is nothing less than government control. I’ve been fighting for the South alone. Where have you been?
[マディソン] トーマス、僕たちはこの国の真の魂のために戦っているんだ。この泥沼からみんなを救い出してくれないか? ハミルトンの新しい財政案は連邦政府の専制的統制に他ならないよ。これまで僕はひとりで南部のために戦ってきたんだよ。君、いったいどこに行ってたんだ?

マディソン役は第一幕のマリガン役とのダブル・キャスト。第一幕の体力が有り余っているようなマリガンとは対照的に、いつもハンカチを口に当てて咳をしている。これは大学時代に根を詰めて勉強しすぎで体を壊してしまったマディソンの史実どおり。生真面目なマディソンの質問に対するジェファソンのとぼけた返答、

[JEFFERSON] Uh...France.
[ジェファソン] えーと……フランスだけど。

が笑えますね。「何かあったの?」(What'd I miss?)もそうですが、徹底して軽い性格としてキャラクター付けしていますね。真面目なマディソンと、軽いジェファソンがコンビ漫才的な配置になっています。

曲の後半で、ワシントンとジェファソンが握手しようとするところにしゃしゃり出てくるハミルトンも笑えますし、全体的に明るい曲なのですが、後半にハミルトンを導いていくアメリカ政治の流れをぎゅっと凝縮した一曲なのでした。

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