<あらすじ>
ワシントンの後ろ立てで政策を進めるハミルトンに不満を溜めていく国務長官ジェファソン。バーとマディソンからせっつかれて、ついに職を辞してワシントン政権に対抗することを決意する。
ラップバトル形式の "30. Cabinet Battle #2" の次なので目立たないかもしれませんが、この曲もラップとしては高度なヴァースが登場します。"24. What'd I Miss" 以外ではジェファソン一番の見せ場でもありますね。政治的テーマの盛り込み方、徐々に盛り上げていく曲構成も素晴らしく、私個人的には、いちばん好きな曲のひとつ。
始め、舞台にバーが登場。
[BURR] It must be nice, it must be nice to have Washington on your side.
[バー] いいだろうなあ、いいよなあ、ワシントンが味方についてくれたら。
大陸軍大将から初代大統領へ、絶大な大衆人気を集めて建国最初期のアメリカ合衆国を率いてきたジョージ・ワシントン。確かに前曲最後でジェファソンが言った通り、ワシントンの後ろ盾がなければ、ハミルトンの活躍はありえなかった。ただしその体制にもそろそろ限界が来ているようで……。
最初のジェファソンのヴァース、当時の政治状況、メディアを使っての攻撃合戦、ジェファソンが主張していた理想など、テーマがぎっしり(訳すのがたいへんそうなのでとりあえずパス。時間があったらまた追加するかもしれません)。ジェファソンの理想は自由で理性的な農夫たちの国アメリカ。今から考えると牧歌的でとてもありえないし、当時でもジェファソン自身がグローバルな商品作物を大規模プランテーションで、奴隷を使って生産して儲けていたわけで、ちょっと無理じゃないの、という気がします。が、ヨーロッパの文化的伝統として「牧歌的な」(pastoral)な田園風景での暮らしを人間の理想とする考え方があるので、それに則っているんでしょう。とりあえず、そうした理想の一番の敵がウォール・ストリートの投資家連中、そしてジェファソンにはそうした連中の「親玉」的に映っているハミルトン。
[JEFFERSON] I’ll pull the trigger on him, someone load the gun and cock it. While we were all watching, he got Washington in his pocket.
[ジェファソン] 俺があいつに向けて引金を引いてやるから、誰か銃に弾を込めて、撃鉄を起こしてくれよ。俺たちがぼさっと眺めている間、あいつはワシントンの威を借りてやりたい放題だったろ。
という最後の部分は、じっくりと構えて、自分はあまり前に出ずにいいとこどりをすることが多かった歴史上のジェファソンらしいといえばらしい。自分で全部やれという気もしますが、それは実際はあまり政治家としてはうまく行かないんでしょう、後のジェファソンの成功を鑑みると。こうしてバーとジェファソンが反ハミルトンを旗印に合流。とはいえ、まだ一番の障害である大統領がでんと重石のようにのしかかっています。
[ジェファソン/バー] いいだろうなあ、いいよなあ、ワシントンが味方についてくれたら。
そして、バーとマディソンに煽られて、ついに、
[JEFFERSON] I have to resign
[ジェファソン] 辞任せざるをえんな
とジェファソンが辞任宣言。
[JEFFERSON] I’m in the cabinet. I am complicit in watching him grabbin’ at power and kiss it. If Washington isn’t gon’ listen to disciplined dissidents, this is the difference: This kid is out!
[ジェファソン] 内閣にいて、ハミルトンが権力をつかんでキスするのをぼーと見てたら、やつと共犯も同然だ。お行儀がよく抗議をしてもワシントンが聞いてくれないんなら、話はべつだ。この生徒(=ジェファソン本人のこと)はいち抜けた!
[i]の母音韻のしつこいぐらいの連打、"d" の頭韻。唱えられたら気持ちよさそう。短いヴァ―スとしては、"30. Cabinet Battle #3" のハミルトンの "meddling in the middle of the military mess" と同レベルに密度が高く、ミュージカル『ハミルトン』全体でも注目のラインですね。また内容も、意見をしても先生に訊いてもらえない生徒、という設定がメタファーになっていてユーモラス。ハミルトンくんも校長ワシントン先生に呼び出されていましたが、ジェファソンくんも同じような気分だったのでしょうか。
[MADISON/BURR/JEFFERSON] Oh! This immigrant isn’t somebody we chose. Oh!
This immigrant’s keeping us all on our toes. Oh! Let’s show these Federalists who they’re up against! Oh!
[JEFFERSON/MADISON] Southern motherfuckin’—
[JEFFERSON/MADISON/BURR] Democratic-Republicans!
[ジェファソン/マディソン/バー] オウ! この移民は俺たちが選んだ人間じゃないぞ。オウ! この移民には俺たち。こいつらフェデラリスト党員に、誰を相手にしているのか知らしめてやろうじゃないか。オウ!
[ジェファソン/マディソン] 南部のいてまえ
[ジェファソン/マディソン/バー] 民主共和党だ!
「この移民は俺たちが選んだ人間じゃない」といのは、内閣職の財務長官は大統領任命なので選挙で選ばれていないということ(ジェファソンの国務長官も同じですなんでがね)。"motherfuckin'" は訳しようがないので、とりあえず。しかし、ここの最後の部分、たまりませんね~(笑)。"Democratic-Republicans" という語がこんなふうに使われたことがこれまであっただろうか。ともあれ、(「南部の~」にはもちろんバーは参加していませんが)三人の声がびしっと揃ったところで、ハミルトン包囲網が完成です。ゆっくり始まった曲がうねるように勢いを増していく、最後への盛り上げがうまい。
とはいえ、まだワシントン大統領は健在。ジェファソンの決断はどのような結果を生んでいくのか? バーはどこへ向かうのか? アメリカ合衆国とハミルトンの運命や、いかに?
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