2017年9月16日土曜日

"26. Take A Break" from Hamilton: An American Musical

前曲で調子に乗り過ぎて窮地に立たされたハミルトン。これまでにないプレッシャーで精神的にも追い詰められています。家庭が癒しになればいいですが、どうも不器用なタイプでして……。

<あらすじ>
国立銀行設立を議題として議会にとりあげさせようと、連日徹夜で神経衰弱気味になるまで働きまくるハミルトン。イライザは息子フィリップとともに、夫をリラックスさせようと試みる。さらに、アンジェリカが夫と滞在していたロンドンから帰国、イライザとともに、ニューヨーク州北部にヴァカンスに行こうとハミルトンを誘うが……。

曲はイライザとフィリップがフランス語のカウントを繰りかえすところから。カウントは『ハミルトン』全体を通じて何度も登場するモチーフのひとつ。3度ある決闘のシーンでいちばんはっきりしていますが、家庭のほのぼのしたシーンと決闘が結び付けられている、この落差がポイントですね。10まで数えないところも、何曲か後での出来事とつながっていきます。

続いて、ハミルトンと義姉アンジェリカの手紙のやりとり。ハミルトンの手紙には、英語圏ではだいたいの人が知っているであろう引用が登場。

[Hamilton] My dearest, Angelica. "Tomorrow and tomorrow and tomorrow creeps in this petty pace from day to day." I trust you’ll understand the reference to
Another Scottish tragedy without my having to name the play.

「君ならどの悲劇からの引用かわかるよね」という最後の場面に、「あ、シェイクスピアの!」と反応してしまいそうなんですが、すぐ続けて、

They think I'm Macbeth. My ambition is my folly. I'm a polymath, a pain in the ass, a massive pain. Madison is Banquo, Jefferson's Macduff. And Birnam Wood is Congress on its way to Dunsinane.

と答えが(笑)、なんか恥ずかしい気分になるのはどうして……。ついしゃべり過ぎるハミルトンなので、ということかなと思ったのですが、どうやらこの部分、ミランダの最初の案では同じ『マクベス』でもあまり有名ではない、ただしミランダお気に入りの台詞が引用されていたようです。ところが、The Public Theater 芸術監督のオスカー・ユースティスが「シェイクスピア劇に長年携わっている俺でもわからん!」といったらしく、あえなく変更に。にしても、今度は逆にわかりやすすぎるんじゃないの。

マディソンがバンクォー、ジェファーソンがマクダフ、バーナムの森は議会、ダンシネインに向かってくる途中だ」。ここももちろんちゃんと『マクベス』を参照しています。

1.マディソンは The Federalist Papers 執筆中はハミルトンの盟友であったのが宿敵の一人に(『マクベス』のバンクォーはマクベスの盟友だが途中でマクベスに殺され亡霊となってでてくる)、
2.ジェファーソンは外国(フランス)から帰ってきた強敵(マクダフはマクベスが王を殺害した後いったん外国に逃れるが最後にスコットランドに帰国しマクベスを殺す)、
3.議会はマディソン派に牛耳られていてハミルトンの計画を潰そうと動いてくる(「バーナムの森」は、この森が動いてこない限りマクベスが倒されることはない、と魔女の予言があり、劇の最後で、マクベスはマクダフの指示で木の枝をカモフラージュに使った軍隊が攻めてくるのを見て自らの運命を悟る)

英語文学に親しんでいる人間にとっては基本的教養レベルですが、同じ曲のアンジェリカの歌詞の中にも、同じく『マクベス』からの引用があります。さて、どの部分でしょう? マクベスに王殺害を進め、夫よりも残酷に王座確立に動いていくマクベス夫人の台詞です。うーん、なんだか意味深。

アンジェリカの手紙では、コンマの位置うんぬん、というのがメインポイントですね。ハミルトンの手紙冒頭が ”My Dearest Angelica,” となるべきが、”My Dearest, Angelica” となっていた。これだと意味が違う、と。単なるあいさつの「親愛なる~」が「わが最愛の人、~」という意味に。言葉遊びが好きな二人ですので、アンジェリカとハミルトンの手紙上の浮気、というと大げさですが、こちらはアンジェリカの “Satisfied”での告白を聞かされているので穏やかではないですね。ハミルトンにとってはお遊びだとしても。次の曲の序にもなっているといえば言える……。

二人の手紙のやりとりのあいだに、7歳のフィリップが初めて書いたラップ・ヴァースを披露する、というコミカルな場面があります。この場面で、イライザ役もあることを披露するのですが……。ていねいに聞くとわかると思います。フィリップは前半でローレンズを演じた役者がダブルキャストで演じる、つまり大人が7歳児を演じるのでかなり滑稽。舞台上では、大げさな演技で逆に滑稽さを強調して笑いをとっていました。

さて、アンジェリカもイギリスから帰国してイライザとともにハミルトンを休暇に連れて行こうと説得を試みます。この場面、音楽的な工夫で、曲の4:00過ぎあたり、女性陣二人のライトモチーフが同時に鳴るところがあります。アンジェリカは “11. Satisfied” の上昇下降の8音の繰り返し、イライザは"10. Helpless"の、歌詞で言うと"Down for the count and drown in 'em"のところのメロディ。知っていないとまず意識に上らないと思いますが、The Room Where It’s Happeningというポッドキャストで、編曲のアレックス・ラカモアが明かしていました(このポッドキャスト、外れの回もありますが、実際の関係者の回は必聴です)。ところが知っていて聞いてもアルバムだとはっきりしない。劇場の立体的な音空間で聞いたほうがよいところでしょう。

二人の説得にもかかわらず、ワーカホリック・ハミルトンは仕事にしがみついて居残ることに。いつも後がない状況でもがいてきたハミルトンと、お嬢さまのスカイラー姉妹とのギャップ―。家庭と仕事の亀裂のテーマが問題として浮上する、とともに、怪しげな影が……。

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