2017年9月16日土曜日

ミュージカル観劇記(3): SeaWife

Groundhog DayThe Great Comet とブロードウェイ・ミュージカルについて書きましたが、ブロードウェイ以外の小さめの作品も観る機会がありました。

ひとつは SeaWife。19世紀捕鯨船の銛打ちが主人公のミュージカルネット上の予告編たまたま19世紀前半に世界の捕鯨の中心として知られたナンタケット島(マサチューセッツ州、アメリカの最東端にあたる島です)に滞在するチャンスがあり、昼は史跡めぐり、博物館めぐりをするのだけど、夜に何か観るものでもないかなと調べていると、このミュージカルに行き当たりました。ロケーションにぴったりのこともあって、即チケット購入。


SeaWife、少し前にはニューヨークの 海洋博物館、South Street Seaport Museumの「メルヴィル・ギャラリー」で上演されていて、2016年度の Drama Desk Awards の Outstanding Music部門に、サラ・ブレイユの『ウェイトレス』、ウェバーの『スクール・オブ・ロック』などともにノミネートされています。作詞作曲は The Lobbyists。個人ではなく、バンド名でのノミネートになっています。The Lobbyists は面白いバンドで、メンバーは全員ミュージカル系の役者。ある作品の上演の際に、演出家のアイデアで休憩中に会場ロビーで演奏することになって、そこからグループに発展。バンド名もこの始まりに由来しています(「政治的ロビイストの意味ではない」、と自己紹介文にも断り書きがあり)。とはいえ、多様なフォーク・ミュージックをとりこんだ曲と、また演奏技術も高い評価を受けていて、けっして片手間のバンドではありません(ミュージカル以外の曲)。



観劇は8月18日。会場はナンタケット島のタウンにあるWhite Heron Theatre。ナンタケット島は1840年代に捕鯨の中心地から転落、ながらく低迷の時期がありましたが、現在ではとくに夏季の高級リゾート地として高い人気があります。White Heron Theatre Companyの 責任者のおひとりMichael Kopkoさんによると、夏季にニューヨークから注目のショウを選抜して上演している、それ以外の活動は地元の若者とニューヨークで活躍する若い役者たちのワークショップを催したり、とのこと。Kopkoさんも現役の役者・演出家で、今は劇場運営で時間をとられているけど、もうそろそろ何かしたいなーとおっしゃってました。(今回は、事前にずうずうしくも劇場のほうにメールをして、なんと、Kopkoさんと、The Lobbyists の Tommy Crawfordさんからお返事をいただき、上演後のパーティー―裏方さんのひとりのお誕生日だったようで―に誘っていただきました。その時、簡単にインタビューをさせてもらいましたので、その情報も入れていきます。)

さて、上演は右手にドラムセットが組んであり、すべての役者が楽器を演奏しながら歌うスタイル。出演者は The Lobbyists のメンバー7人のみで、各人が複数の役柄をこなします。メンバーの Raymond Scam IIIさんやTony Voさんと話していると(ちなみにRaymond はオフ・ブロードウェイのときの The Great Comet でもチェロを弾いていたそう!)、「こうしたスタイルは最近のトレンドだよねー、俺たちもともと楽器好きだから楽しいんだよねー」とのこと。

彼らと話していて、トレンドという意味でさらに重要かなと思うのは、ミュージカル作品を仕上げていく過程において、参加する役者たちの意見が大きく反映されるようになってきている、ということではないかなと思います。SeaWife はその先端というべき作品で、The Lobbyistsのメンバーがもうひとつの捕鯨の町として有名なニューベッドフォード(New Bedford)を訪れたときに、町の通りの名前 Johnny Cake Hill からインスピレーションを受けて書いた曲が制作の始まりになった。そこから何曲か書き足した後、脚本家Seth Moore と組んで、せりふと曲を書き足しながら作り上げてきた、そうです。上演でも上演後でも、メンバー全員から、自分たちの作品だ!という誇りがあふれていたのが印象的でした。

物語は、銛打ちの父をもつ若者が父親の死後、みずからも捕鯨船に乗りこみ、ある港で出会った謎の女性とのちに起こる悲劇を経て、優秀な銛打ちに成長、しかし徐々に亡霊に悩まされるようになって・・・、というもの(物語については、こちらの動画でどのようなアイデアから作られたかが紹介されています、fundraisingのための動画ですね)。ナンタケット島滞在中には、あのオーソン・ウェルズ脚本という Moby Dick Rehearsedという劇(こちらはナンタケットの地元劇団の公演、捕鯨博物館のホールをうまく使っていました)も見たんですが、この時代、捕鯨というテーマは今、アメリカで流行しそうな兆し? 先の記事に書いたデイヴ・マロイの『白鯨』ミュージカル化計画もありますし……。少なくとも、『ハミルトン』も含めて歴史ものが受けそう、という雰囲気はありそうですね。

ミュージカルはだいたい二幕物が多いですが、SeaWifeは一幕ものの2時間弱のミュージカルでした。これもメンバーと話してみると、もとは二幕物でずっと長かったのを、上演を重ねながら削って現在のかたちになったとのことで、今のかたちでようやく完成形になったと思っている、と言っていました。セットはちょっと『ハミルトン』の舞台を思い起こさせもする、ナチュラルな木が基本の作りで、簡単な椅子やテーブルをうまく利用した演出。White Heron Theatreのステージも、7人による上演にぴったりの空間。演出で目を引いたのが、後半のメンバーが複数人でクジラを表現する場面。チェロが頭の部分でクジラの声も表現、クジラの呼吸のさまのパントマイムも面白かった。舞台特有のアイデアが詰まっていました。

あらすじよりも、というと何ですけども、この作品では音楽の印象が強い。アイリッシュ・ミュージックが好きな人ならぜひおすすめで、アルバムも出ています(各ストリーミング・サービスでも聞けるようです)。一曲目、"Prelude: N'hon Eus Ket"、ゲーリック(アイルランド語)だと思うのですが、紅一点のメンバー Eloïse Eonnetさんの声が美しい。劇半ばにも歌われるところがあって、雰囲気がぐっと変わるような力がありました。捕鯨船乗りが捕鯨を嫌がる、クジラや海との異種交流めいた関係というのは、日本の民間伝承などでは多いのでよくある話かと思いましたが、考えてみると、作品がとりあげている19世紀のアメリカ捕鯨ではちょっと考えられそうにありません。現代の環境保護的精神をもっと以前のフォークロア的感性が含まれたフォークソングを用いることで、説得力をもたせるように狙っているのかな?

私が見た回がナンタケット島での上演としては最終日。次はどこでやるの、と聞くと、オファーがあったら、ということでまだ未定のようでした。どこかの芸術祭だろうか、見かけたらおススメですのでぜひ足を運んでみてください。また、それぞれ才能のあるメンバーなので、別の作品でも将来見かける機会もありそう。ともあれ、外部者としてブロードウェイ近辺の人々のありようを覗きみれただけでも貴重な体験でした。

蛇足ですけれど、SeaWifeに見られたようなキャスト・メンバーの関わり方は、『ハミルトン』や The Great Cometにも表れている気もしますね。『ハミルトン』の場合、ミランダという絶対的な才能、トーマス・ケイルという演出家の統率もありますが、オリジナル・メンバーがあれだけの人気を得たのは、それぞれがアイデアをもち込み、ミランダ、カイルらもそれを受け入れる一種デモクラティックな雰囲気があったのでは?  The Great Cometも制作段階ではかなりキャストの貢献があって、それがブロードウェイの昔ながらといえば昔ながらのシステムとややこしいことになって、あの結果だったのかなと……。

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