2017年9月15日金曜日

"25. Cabinet Battle #1" from Hamilton: An American Musical

ハミルトンVSジェファソン、ラップ・バトル第一弾。タイトルのシャープ記号(#)は「ナンバー」と読みます。前曲ではニコニコしてジェファソンを迎えていたハミルトンですが、すぐに全開で口撃に入ります。

<あらすじ>
ワシントン大統領の司会で閣僚会議。国務長官ジェファソンと財務長官ハミルトンのあいだにラップバトルが勃発。テーマは国立銀行設立の是非。ジェファソン(+マディソン)は州の権限を重視、アメリカ合衆国の連邦政府には最低限の権力しかもたせたくないという立場から、ハミルトンは財務長官としての地位を強化しようとしている、アメリカ独立・建国の精神「自由と平等」を脅かす存在であると批判。対してハミルトンは国立銀行と連邦債発行はアメリカ合衆国経済安定に必須であると主張し、加えて、「自由・平等」を唱えながら奴隷主としての自らの立場を守ろうとしているとジェファソンを痛罵。バトルには勝利するハミルトンだが、マディソンが支配権を握っている議会の支持を失い、政治的には窮地に立たされる。

舞台上では完全に時代錯誤ですが、19世紀にはありえないマイクロフォンが登場し、ミランダらも認めているようにエミネム主演の『8マイル』のラップバトル・シーンなどを参考にした演出になっています。遊び心のある演出ですね。第2幕にまで入って、演劇作品としての世界が確立した後なので、ちょっとした時代錯誤は気にならないですね。時代錯誤をアイロニーとして導入する作品もありますが、これはそうした例には当てはまらないと思います。ワシントンの司会も、現代のエンターテインメント調で、

[Washington] Ladies and gentlemen. You coulda been anywhere in the world tonight, but you are with us in New York City. Are you ready for a cabinet meeting? 
[ワシントン] レディーズ&ジェントルメン。今宵みなさんは世界のどこに居てもいいはずですが、居るのはニューヨーク、私たちとごいっしょってことで。閣僚会議の準備はできてんのかー?

劇中の発言でありながら、ミュージカルの聴衆への呼びかけになっていますね。Yeah!と客席みんなで盛り上がる瞬間です(なんだか訳がアントニオ猪木調になってしまいました……)。

しかしつづくラップは内容としては、政治的イシューを沢山に詰め込んだもので、ちゃんと理解しようとするとアメリカ合衆国史と国家制度のお勉強になっちゃいますね。第2幕はずっとそうなんですが……。とりあえず、ジェファソンの主張から。

[Jefferson] "Life, Liberty, and the pursuit of Happiness." We fought for these ideals; we shouldn't settle for less. These are wise words, enterprising men quote 'em. Don't act surprised, you guys, 'cuz I wrote 'em. But Hamilton forgets. His plan would have the government assume state’s debts. Now, place your bets as to who that benefits: The very seat of government where Hamilton sits. Ooh, if the shoe fits, wear it. If New York’s in debt—Why should Virginia bear it? Uh! Our debts are paid, I’m afraid. Don’t tax the South cuz we got it made in the shade. In Virginia, we plant seeds in the ground; we create. You just wanna move our money around. This financial plan is an outrageous demand. And it’s too many damn pages for any man to understand. Stand with me in the land of the free and pray to God we never see Hamilton’s candidacy. Look, when Britain taxed our tea, we got frisky.
Imagine what gon’ happen when you try to tax our whisky.
[ジェファソン] 「生命と自由と幸福の追求」この理想のために俺たちは戦ったんだ、それ以下で満足するなんてありえないね。賢者の言葉だろ、最先端の連中がしょっちゅう口にするのさ。驚かないでいいぜ、よおみんな、だって書いたのが、この俺さまだもん。ところがさ、忘れっぽいのがハミルトンくん。こいつの計画だと、政府が州の借金をまとめて肩代わりするんだと。まあ、それで誰が得するか賭けてみようぜ、もちろん、ハミルトンが鎮座している政府役職だよね。うー、お前にぴったりの靴だから履いときな。ニューヨークが赤字だからって、なんでヴァージニアが助けなきゃなんないの。あのねー。俺たちは借金払い終わってんの、ごめんだけどね。地味に稼いでるからって、南部から税金搾り取ったりしないでね。ヴァージニアでは、みんなで地面に種を撒いてるの、生産者ってわけ。お前ら北部の人間は金を転がしたいだけでしょ。この財政計画、えげつない要求だよね。それにページ数が多すぎて誰が内容が分かるまで読むってんだよ。ここは自由の国だぜ、俺のほうに立つのが当然。祈っとかないとね、ハミルトンが大統領候補にならないようにって。なあ、イギリスが紅茶に税金かけたとき、俺たちがちょっと暴れちゃったの憶えてる? ウィスキーに税金かけようとしたりしたら、いったい何が起きるか考えてみてね~。

冒頭は「アメリカ合衆国独立宣言」からの有名な個所―日本国憲法も参考にしている文言ですね。最後の部分は、1794年に起きた「ウィスキー税反乱」(Whiskey Rebellion) についてのジェファソンの「予言」ですね。1791年にワシントン政府がウィスキーに課税、反発した農民らがペンシルヴァニア州を中心に不満を高め、1794年には大規模な暴動に発展、ハミルトンが連邦軍を率いて鎮圧、という事件。ハミルトンは財政制度でも、軍隊制度でも、沿岸警備隊整備でも、常に連邦の制度の強化に動いて、しかも効率的に実現していきます。ジェファソンたちにとっては歯がゆい展開。

では、先のジェファソンの意見に対するハミルトンの反撃を。

[Hamilton] Thomas, that was a real nice declaration. Welcome to the present, we're running a real nation. Would you like to join us, or stay mellow doin' whatever the hell it is you do in Monticello? If we assume the debts, the union gets a new line of credit, a financial diuretic. How do you not get it? If we're aggressive and competitive, the union gets a boost. You'd rather give it a sedative? A civics lesson from a slaver. Hey neighbor, your debts are paid 'cuz you don't pay for labor: "We plant seeds in the South. We create." Yeah, keep ranting, we know who's really doing the planting. And another thing, Mr. Age of Enlightenment, don’t lecture me about the war, you didn’t fight in it. You think I’m frightened of you, man? We almost died in a trench, while you were off getting high with the French. Thomas Jefferson, always hesitant with the President, reticent—there isn’t a plan he doesn’t jettison. Madison, you’re mad as a hatter, son, take your medicine. Damn, you’re in worse shape than the national debt is in. Sittin’ there useless as two shits. Hey, turn around, bend over, I’ll show you where my shoe fits.
[ハミルトン] トーマス、誠にみごとな宣言、ご苦労さん。現在へようこそ、今は俺たち、国をほんとに動かしてるんだけど。いっしょにやるつもりある? それとも、モンティチェロでやってる何か怪しいことでしっぽりやってたいってわけ? 俺たち連邦政府が借金を引き受ければ、連合に新しい債権ができるってわけ、それが財政的な利尿剤になるってこと。なんでお利口なあんたが理解できんわけ? 積極的に競争を促せば、連合全体で好景気になるんだよ。それを鎮静剤でも処方しようっての? 市民の権利について、奴隷主が何か教えてくれるってさ。よおお隣さん、あんたらの借金が払えたのは、働いてる人間に賃金払ってないからでしょ。「南部では、みんなで地面に種を撒いてるの」それまじで言っての、誰がほんとに種まいてるか、俺たちみんな知ってるよ。も一つ言わせてもらうよ、ミスター「啓蒙の時代」、戦争について俺に能書き垂れるんじゃねえよ、そもそもあんた戦ってなかったでしょ。あんたを怖がるとでも思ってんの、おーい? あんたがフランス人とトリップしてる間、俺たちは塹壕で死にかけてったってのに。トーマス・ジェファソン、大統領にはいつもビビりまくって、お口を閉じてんのんね、何でも反対って言ってればいいと思ってるでしょ。マディソン、あんた帽子作りみたいに気違いだね、かわいそうに、お薬飲みましょうね。うわ、この国の財政よりひどいご病状じゃん。無能なうんちみたいに二人ちょこんと居るだけでさ。ほら、くるっとむこう向いて、お辞儀してみな、俺の靴がぴったりはまる場所を教えてやるから。

ジェファソンの立場の矛盾をついて、論理的には見事な反論。モンティチェロ(ヴァージニアのジェファソンのお屋敷とプランテーション―すっかり忘れてましたが、20年以上前に行ったことあるぞ!ヒッチハイクしてインド系の夫妻に乗せてもらったなあ)についてのうんぬんは "24. What'd I Miss"の記事で書いたサリー・ヘミングズについての仄めかし。最後の靴のところは尻の穴にぶち込んでやると、ジェファソンが靴がうんぬんといったのを受けて切り返したわけで、ラップバトルとしては完全にハミルトンが勝利! で、すべてOKかというと、さて、それが『ハミルトン』第1幕と第2幕の違いです。

ワシントンが仲裁に入り、ハミルトンに忠告しようと呼び寄せる(第1幕 "14.Stay Alive" に続いて二度目の校長室呼び出し?)ところで、後ろからジェファソン/マディソンの二人が高笑い。

[Jefferson/Madison] You don't have the votes. You're gonna need a congressional approval and you don't have the votes.
[Jeffeson] Such a blunder sometimes it makes me wonder why I even bring the thunder.
[Madison] Why he even brings the thunder.
[ジェファソン/マディソン] 票をとれなくて残念だね。議会の承認が要るのに、もう票をとれないもんね。
[ジェファソン] あんなしくじりを見ると、わざわざ俺が本気を出す必要あるのかなとか思っちゃうよね。
[Madison] 本気ださなくてもいいですよね~。

"Such a blunder sometimes ~"のところはアメリカのヒップホップをちょっと齧った程度の人でもピンとくる引用ですね。ヒップホップ初期の名曲、Grandmaster Flash & the Furious Five の "The Message"から。原曲のリリックは、"It's like a jungle sometimes, it makes me wonder how I keep from going under."。 

というわけで、ラップバトルでは完全勝利したはずなのに、困った事態に。おまけに、後ろ盾の大統領からも、

[Washington] Figure it out, Alexander. That's an order from your commander.
[ワシントン] 何か考えろ、アレグザンダー。司令官からの命令だ。

と突き放されてしまいます。イケイケでラップで押していけばどんどん道が開けていった革命成功までの展開と違って、根回しだとかバランスだとかが重要な政治的取りひきの世界に入った第2幕。ハミルトンは新しい時代に対応できるのか?

"25. Cabinet Battle #1"、"30. Cabinet Battle #2"の2曲があるものの、第二幕は "24. What'd I Miss" で初めて出てきたジャズ調が主調になっていきます。"24. What'd I Miss" のジェファソンを新しい時代(=ヒップホップ)を知らないで乗り遅れた存在、と解釈する評をいくつか見ましたが、それはたぶん当たらないでしょう。ジャズのもつリズムの揺らぎは、ヒップホップの音楽的には実は単純で直線的なニュアンス(それが第一幕の革命の流れとぴったりだったわけですけれど)ではとらえられない、複雑な世界のありようを『ハミルトン』に導入している。少し後の、"28. The Room Where It Happens" も含め、ハミルトンが理解できない「政治」のありようが音楽として表現されているのだと考えたいところです。

さて第2幕冒頭で登場のジェファソン、ヒップホップの文脈で考えると、ハミルトンをNasとして、Jay-Z かなあとか考えたりします。The Notorious B.I.G.亡き後のニューヨークのトップを巡ってやりあった Nas と Jay-Z。いわゆる「ビーフ」というやつですが、ラップとしての勝負では Nas の勝利、という評価が一般的な様子。ただし、その後の展開を鑑みると、Jay-Zのほうが得をしている。Nas‐ハミルトンはいわゆる試合に勝って、勝負に負けた、という展開なのですね。と思い浮かんだのは、Jay-Z とダヴィード・ディグズのラップ・スタイルがどこか似ている気がするなと感じたこともあるし、さらに、いわゆる "swagger"と政治力をもって帝王の位置を確立していくのが、歴史上のジェファソンとヒップホップ史上での Jay-Z で重なるというのもあります。ミュージカルの演者と役柄と、ヒップホップと、アメリカ合衆国史と、三重、四重写しになって、何がなんだか分からないですね(笑)。

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