さて、1曲目、”Alexander Hamilton”。
内容は簡単にいうと、アレグザンダー・ハミルトンがアメリカに渡るまでの経緯を一曲にまとめたもの。
カリブ海の小さな島Nevisで生まれ、St. Croixで育ち、10歳で父が失踪、12歳で母が死去、14歳で奴隷を商品として扱うような市場で働き始め、17歳のときに島がハリケーンで壊滅、そのときの様子を書いた記事が新聞に掲載され、それに感心した地元の商人たちが集めた金でアメリカ本土へと送られる・・・、
と伝記的データも補いながらまとめると、以上のような話(Chernowの伝記の最初の数十ページを1曲に収めてしまいました)。かなりえぐい生い立ちです。また、父と母が正式には結婚しておらず、移民であったというこの生い立ちは、ハミルトンが成功してからも彼にとっての影の部分として影響を与えます。
(ちなみに上のハミルトンの年齢ですが、これはミュージカル上の年齢になります。ハミルトンの生年については、1755年か1757年か、歴史家のあいだで見解が分かれているそうで、ミランダはその中間をとって、1756年生まれとして描いています。)
*
曲はラップがメイン。アーロン・バーを中心に、主要登場人物たちが語っていく形式。ここではまだ、それぞれ誰なのかがわからないのですが、フロウの違いやどの部分を語るかである程度の人物描写がされています。
[Burr] How does a |bastard, orphan, son of a whore and a |Scotsman, dropped in the middle of a forgotten |spot in the Caribbean by Providence, impoverished in |squalor grow up to be a hero and a scholar?
[バー] 私生児で、孤児で、売女の息子、スコットランド人で、神の意志で汚辱にまみれたカリブ海の忘れられた土地のただ中に産み落とされたやつが、いったいどうやって英雄で学者になれるんだ?
18世紀の価値観のなかで、ハミルトンという存在がどのように見られていたかを1ヴァースでまとめています。今だと、"bastard" や "son of a whore" は差別用語ですし、スコットランド人でなんで悪い?となりますが、シェイクスピア劇に出てくる "bastards"は全員悪役と決まっているし、まあ、そういう考え方が残っている時代だったわけです。
(ヒップホップ調なので、どのぐらい前の話かをつい忘れてしまうそうですが、18世紀後半、西洋音楽史でいうとモーツァルトの時代です!)
音韻的にいうと、internal rhymes (行内での韻)も含め、"o" の母音韻が協調されていますね。下線に太字の部分がストレス(強勢)が置かれる部分。"bastard"から1小節目が始まる("How does the"はその前の小説に入れる)感じで、4分の4拍子をとりながら読んでみてください。スピードがゆっくり、リズムも一定なので、そんなに難しくないです。
以降、登場人物がバー以外はそれぞれ1バースずつ披露、ハミルトンの生い立ちを語る。そして、中間で "My name is Alexander Hamilton" とハミルトンが登場。重要なラインは、
[Hamilton] There’s a million things I haven’t done. Just you wait.
[ハミルトン] まだやり遂げていないことばかりだけど、今に見てろよ。
以後くり返し登場するフレーズ。Hamiltonの生き方の基本姿勢といってよいでしょう。そして、
と、ニューヨークへと乗り込んでいきます。舞台上(大きな船がモチーフになっているようです)では、他の登場人物からジャケットやカバンを受け取ったハミルトンが、右にあるハシゴから舞台奥の廊下へとあがり、左のハシゴから降りてくる、これでニューヨークへの移動を示しています。(ここ、ニューヨーク賛歌になっているのもポイントです。なんといってもニューヨークのブロードウェイでの上演ですので。)
他の曲でも、一曲中でずいぶん長い時間を表現したりする。通常の劇ではなく、歌というフィクション性が高い部分を含んだミュージカルの特性をうまく生かしている部分だと思います。
締めの部分、それぞれハミルトンとどういう関わりをもったのかを登場人物たちが表明していきます。そして、最後が
[Burr] I’m a damn fool that shot him.
[バー] おれはあいつを撃ち殺したどうしようもない阿呆だ。
バーがハミルトンを決闘で殺したという事実は、アメリカ人ならたいてい知っている教科書的常識なので、この一節を聞いてオーディエンスは「ああ、こいつはバーだったか」と霧が晴れたように納得するわけです(アメリカ人以外にはピンときませんが)。
ラップ形式でミュージカル全体のトーンを決定し、ハミルトンの一生のおおよその行程とその元となった生い立ちを、無理のないかたちで伝える、また他の登場人物たちをぜんぶは明かさない形で見せる、また語り手としてのバーの役割を示す・・・完璧なイントロダクションですね。
*
この曲は、2009年5月26日、就任直後のバラク・オバマ大統領主催でホワイトハウスで行われたスポークン・ワーズ・イヴェントのトリで最初に披露されたものです(ミランダ+編曲者のラカモアのピアノ伴奏)。その時には、バーが一人で全体を語る設定でした。
ミランダは前作 In the Heights(作詞作曲Lin-Manuel Miranda/脚本Quiara Alegria Hudes;初演1999年; トニー賞作品賞受賞2008年;これも傑作)からの曲を演じる予定だったようですが、急きょ予定を変更。その時はまだMixtapeヴァージョンをつくる、としか決まっていなかったアレグザンダー・ハミルトンの企画をお披露目することになりました。
ネット上ではこの時の様子を動画で観ることができます。最初の紹介で、ヒップホップを体現している人物が主題で、それはアメリカの初代財務長官ハミルトンだ、とミランダが言ったところで大きな笑いが起こります。ところが、曲が終わったあとは、総立ちのスタンディング・オベーション。これは、トニー賞授賞式でオバマ大統領が言及しているとおり。
このあたりの経緯は、いろいろ読んでいるとすでに、ミュージカル史上の「伝説的出来事」のひとつという扱いを受けているようです。
ネットを見ると、ミュージカルが成功後、ホワイトハウスでパフォーマンスするキャストの動画がたくさん見つかります。傑作はジェファソンが創設した大統領付きの吹奏楽団が演奏する向こうで、ジェファソン役のダヴィード・ディグズ(Daveed Diggs)がおどけている映像。
半分冗談ですが、トランプ政権下のアメリカの現況を見ていると、オバマ元大統領の最大の「遺産」はミュージカル『ハミルトン』が誕生するのを手助けしたこと、となったりして、と思ったり・・・。
内容は簡単にいうと、アレグザンダー・ハミルトンがアメリカに渡るまでの経緯を一曲にまとめたもの。
カリブ海の小さな島Nevisで生まれ、St. Croixで育ち、10歳で父が失踪、12歳で母が死去、14歳で奴隷を商品として扱うような市場で働き始め、17歳のときに島がハリケーンで壊滅、そのときの様子を書いた記事が新聞に掲載され、それに感心した地元の商人たちが集めた金でアメリカ本土へと送られる・・・、
と伝記的データも補いながらまとめると、以上のような話(Chernowの伝記の最初の数十ページを1曲に収めてしまいました)。かなりえぐい生い立ちです。また、父と母が正式には結婚しておらず、移民であったというこの生い立ちは、ハミルトンが成功してからも彼にとっての影の部分として影響を与えます。
(ちなみに上のハミルトンの年齢ですが、これはミュージカル上の年齢になります。ハミルトンの生年については、1755年か1757年か、歴史家のあいだで見解が分かれているそうで、ミランダはその中間をとって、1756年生まれとして描いています。)
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曲はラップがメイン。アーロン・バーを中心に、主要登場人物たちが語っていく形式。ここではまだ、それぞれ誰なのかがわからないのですが、フロウの違いやどの部分を語るかである程度の人物描写がされています。
で、バーによる冒頭部分。行わけなしで書くと、
[バー] 私生児で、孤児で、売女の息子、スコットランド人で、神の意志で汚辱にまみれたカリブ海の忘れられた土地のただ中に産み落とされたやつが、いったいどうやって英雄で学者になれるんだ?
18世紀の価値観のなかで、ハミルトンという存在がどのように見られていたかを1ヴァースでまとめています。今だと、"bastard" や "son of a whore" は差別用語ですし、スコットランド人でなんで悪い?となりますが、シェイクスピア劇に出てくる "bastards"は全員悪役と決まっているし、まあ、そういう考え方が残っている時代だったわけです。
(ヒップホップ調なので、どのぐらい前の話かをつい忘れてしまうそうですが、18世紀後半、西洋音楽史でいうとモーツァルトの時代です!)
音韻的にいうと、internal rhymes (行内での韻)も含め、"o" の母音韻が協調されていますね。下線に太字の部分がストレス(強勢)が置かれる部分。"bastard"から1小節目が始まる("How does the"はその前の小説に入れる)感じで、4分の4拍子をとりながら読んでみてください。スピードがゆっくり、リズムも一定なので、そんなに難しくないです。
以降、登場人物がバー以外はそれぞれ1バースずつ披露、ハミルトンの生い立ちを語る。そして、中間で "My name is Alexander Hamilton" とハミルトンが登場。重要なラインは、
[Hamilton] There’s a million things I haven’t done. Just you wait.
[ハミルトン] まだやり遂げていないことばかりだけど、今に見てろよ。
以後くり返し登場するフレーズ。Hamiltonの生き方の基本姿勢といってよいでしょう。そして、
[Company (Hamilton) ]In New York you can be a new man (Just you
wait)
[ 全員 (ハミルトン)] ニューヨークでは誰でも新しい人間になれるんだ(今に見てろよ)と、ニューヨークへと乗り込んでいきます。舞台上(大きな船がモチーフになっているようです)では、他の登場人物からジャケットやカバンを受け取ったハミルトンが、右にあるハシゴから舞台奥の廊下へとあがり、左のハシゴから降りてくる、これでニューヨークへの移動を示しています。(ここ、ニューヨーク賛歌になっているのもポイントです。なんといってもニューヨークのブロードウェイでの上演ですので。)
他の曲でも、一曲中でずいぶん長い時間を表現したりする。通常の劇ではなく、歌というフィクション性が高い部分を含んだミュージカルの特性をうまく生かしている部分だと思います。
締めの部分、それぞれハミルトンとどういう関わりをもったのかを登場人物たちが表明していきます。そして、最後が
[Burr] I’m a damn fool that shot him.
[バー] おれはあいつを撃ち殺したどうしようもない阿呆だ。
バーがハミルトンを決闘で殺したという事実は、アメリカ人ならたいてい知っている教科書的常識なので、この一節を聞いてオーディエンスは「ああ、こいつはバーだったか」と霧が晴れたように納得するわけです(アメリカ人以外にはピンときませんが)。
ラップ形式でミュージカル全体のトーンを決定し、ハミルトンの一生のおおよその行程とその元となった生い立ちを、無理のないかたちで伝える、また他の登場人物たちをぜんぶは明かさない形で見せる、また語り手としてのバーの役割を示す・・・完璧なイントロダクションですね。
*
この曲は、2009年5月26日、就任直後のバラク・オバマ大統領主催でホワイトハウスで行われたスポークン・ワーズ・イヴェントのトリで最初に披露されたものです(ミランダ+編曲者のラカモアのピアノ伴奏)。その時には、バーが一人で全体を語る設定でした。
ミランダは前作 In the Heights(作詞作曲Lin-Manuel Miranda/脚本Quiara Alegria Hudes;初演1999年; トニー賞作品賞受賞2008年;これも傑作)からの曲を演じる予定だったようですが、急きょ予定を変更。その時はまだMixtapeヴァージョンをつくる、としか決まっていなかったアレグザンダー・ハミルトンの企画をお披露目することになりました。
ネット上ではこの時の様子を動画で観ることができます。最初の紹介で、ヒップホップを体現している人物が主題で、それはアメリカの初代財務長官ハミルトンだ、とミランダが言ったところで大きな笑いが起こります。ところが、曲が終わったあとは、総立ちのスタンディング・オベーション。これは、トニー賞授賞式でオバマ大統領が言及しているとおり。
このあたりの経緯は、いろいろ読んでいるとすでに、ミュージカル史上の「伝説的出来事」のひとつという扱いを受けているようです。
ネットを見ると、ミュージカルが成功後、ホワイトハウスでパフォーマンスするキャストの動画がたくさん見つかります。傑作はジェファソンが創設した大統領付きの吹奏楽団が演奏する向こうで、ジェファソン役のダヴィード・ディグズ(Daveed Diggs)がおどけている映像。
半分冗談ですが、トランプ政権下のアメリカの現況を見ていると、オバマ元大統領の最大の「遺産」はミュージカル『ハミルトン』が誕生するのを手助けしたこと、となったりして、と思ったり・・・。
Thank you for writing these articles. I'm an 英会話 teacher in 茨城県, and I'm teaching my students about this musical this month. Your articles are really helping my students a lot!
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