「10ドル札のアメリカ合衆国建国の父(the ten-dollar founding father)」のアレグザンダー・ハミルトンですが、ここ数年、その座を奪われる危機にありました。紙幣には国家のシンボリックな存在がデザインされていて、時代がうつって国家イメージが変わるとデザインも変わるのが自然といえば自然。アメリカ合衆国でいえば、女性の活躍が増えるにしたがって、紙幣にも女性をという声が強くなっていたようです。
前財務長官のJacob J. Lewが音頭をとって、この大先輩にしてアメリカの財政・金融システムを作り上げたハミルトンを10ドル紙幣から抹消しようという流れになっていました。しかし、ミュージカル『ハミルトン』大ヒットで状況が変わり、10ドル札は裏面に女性の肖像、表はハミルトンで据え置きとなったそう。(The New York Times に2016年5月までに掲載された『ハミルトン』関係の記事が 'HAMILTON': THE HISTORY-MAKING MUSICALというKindle書籍にまとめられていて、紙幣の顔変更の動きもくわしく紹介されています。)
割りを食ったのは、20ドル紙幣の顔、第7代大統領アンドルー・ジャクソンで、2010年のミュージカルBloody Bloody Andrew Jacksonがヒットしなかったことも含め、ハミルトンと明暗くっきり分かれたというところ。ジャクソンの場合は、ネイティヴ・アメリカンに対するあまりな仕打ちがクロースアップされて近年は人気が急降下していたので、もともと時間の問題ではあったのですが。しかも、ジャクソンには連邦第二銀行の計画をつぶして、アメリカの金融システムを混乱させたという罪科(?)もあるらしく、「ウォールストリートの守護聖人」ハミルトンとどちらか、というと問うまでもないことかと。
20ドル紙幣の次の顔に選ばれたのは、黒人女性ハリエット・タブマン(Harriet Tubman)。自身も元奴隷で、逃亡奴隷を北部に逃がす「地下鉄道(the Underground Railroad)」の活動で、何度も南部に潜入した伝説的人物(同じハリエットでも、半世紀前なら『アンクル・トムの小屋』のハリエット・B・ストウがあがってそうですね)。他にもいろいろな女性の名前があがっていて、同じく反奴隷制運動家の黒人女性ソジャーナ・トゥルースや、女性の参政権獲得に貢献したスーザン・B・アンソニーが含まれています。
女性やマイノリティの台頭がさらに顕著になれば、ハミルトンも将来ずっと紙幣の顔の地位は安泰というわけにはいかないでしょう。
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女性の台頭は、ブロードウェイ・ミュージカルの世界でも見られるようです。もちろん、女性の役やパフォーマーは昔から変わらぬミュージカルの花形なわけですけれども、製作や脚本、作詞・作曲、演出といったプロダクションにおいては、いまだ圧倒的に男性が中心(ハリウッド映画も同様)。しかし、2015年~2016年度はプロダクションへの女性の進出が話題となりました。
まずは2015年度のトニー賞作品賞受賞作、Fun Home。同名の作品(レズビアンの漫画家として有名なアリソン・べクデル(Alison Bechdel)のベストセラー自伝グラフィック・ノベル、2006年刊;日本語訳もあり)が原作。あらすじは大学に入った主人公が自身の性的志向に目覚め、そのすぐあとに父親が自殺と思えるかたちで死んでしまう、じつは父親も同性愛者だったことがわかって、というもの。このミュージカル作品のポイントは、43歳になった語り手アリソンが、10歳頃と大学入りたての頃のことを思い出していく過程を、ステージ上に3つの時代を交錯させて描いているところ。3つの時代のアリソンが同時にステージ上で歌ったりします。初体験後の大学生アリソンが歌う "Changing My Major"が傑作(ミュージカルからの映像ではないですが、こちら。ミュージカルではもっとコミカルに表現されています)。実験性、革新性でいくと、『ハミルトン』よりこちらのほうが上かも。脚本と作詞(Lisa Kron)、作曲(Jeanine Tesori)が女性、トニー賞受賞作では初だそうです。ミランダも「今見るべきミュージカルは?」との問いに、Fun Homeだと即答していました。
2016年、『ハミルトン』現象の割りを食ったかたちでトニー賞をとり損なったミュージカルのひとつが、Waitress。同名の映画(これも脚本+監督が女性)のミュージカル化で、脚本(Jessie Nelson)、作詞・作曲(Sara Bareilles)、演出(Diane Paulus)のミュージカル製作三本柱がすべて女性ということでも話題になりました。2016年のトニー賞授賞式はひたすら『ハミルトン』、『ハミルトン』でしたが、Waitress主演のジェシー・ミュラー(Jessie Mueller)のパフォーマンスは必見です。
他、イギリス出身の新人シンシア・エリーヴォ(Cynthia Erivo)が2016年度トニー賞主演女優を獲得したThe Color Purple(2005年初演作のリバイバル、トニー賞ベスト・リバイバル賞も受賞)も、アフリカ系女性作家アリス・ウォーカーのベストセラーが原作で、アフリカ系女性二人が主役を張り、他のキャストもほぼ黒人で、女性・マイノリティのブロードウェイ台頭の一例ですね。これもトニー賞授賞式の映像(エリーヴォ登場は2:50から)。こっちのパフォーマンスのほうが出来がいいかな?
『ハミルトン』も含め、女性・マイノリティうんぬんが話題になるということは、逆に考えるとまだまだブロードウェイは白人男性の世界だということでしょうが、そうした状況も少しずつ変わりつつあるといえそうです。
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『ハミルトン』は基本的に戦争と(かつての)政治というマッチョな世界ですが、“5. The Schuyler Sisters”から魅力的な女性陣も登場します。
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