2017年10月1日日曜日

ミュージカル観劇記(6): Spamilton: An American Parody

今回の旅で観たミュージカル、最後は Spamilton: An American Parody。書くのは最後ですが、実際は観たのはこれが最初でした。飛行機で夕方NYに着いて、宿に荷物を置き、すぐに劇場へ。到着が開演ぎりぎりになってしまった。小さな劇場で助かりました。


Spamilton、『ハミルトン』ファンならもうご存じかと思うのですが、タイトルからも分かる通り、『ハミルトン』のパロディ・ミュージカル。もっと正確に言うと、『ハミルトン』とそのクリエイターであるリン‐マヌエル・ミランダを中心とした、現在のブロードウェイについてのパロディ。『ハミルトン』以外にもロジャーズ&ハマースタインやソンドハイムなどの古典やディズニー・ミュージカル、最近の In the Height や The Book of Mormon からも大量に引用があって、ブロードウェイ/ミュージカル通ほど笑えるはず(私自身がどの程度わかったのか、どうも自身がないですが)。

クリエイターはブロードウェイ・パロディを1980年代初めから作りつづけているジェラルド・アレッサンドリーニ(Gerard Alessandrini)。トニー賞でも、従来のカテゴリーに入らない貢献を顕彰する Tony Honors for Excellence in Theatre を獲得しているのに加え、その他の賞も多数受賞している実力派。ヒップホップ・ミュージカル『ハミルトン』も、見事にラップ調を再現して(古典的なミュージカルをネタにしてきたアレッサンドリーニはそうとう苦労したようですが)、パロディにしています。

会場は Puerto Rican Traveling Theater。『ハミルトン』の劇場 Richard Rogers Theater からもお隣の通りで、ほど近いところ。劇場サイズはただし、比べるのがちょっと、というほど小さめです。劇場サイズよりも、さらにステージが超狭くてびっくり。直前にチケットを購入したのでどうかなと思っていたのですが、最前列!でした。喜びかけて、座席に座ってみるとステージが頭頂より上(笑)。首が痛くなる角度で観ることに。ただし、パフォーマーからはほど近い位置でかなりの迫力。演技、歌のレベルの高さを間近で見れて幸運でした。

舞台セットは……、ほぼゼロ(笑)。黒いカーテンが前面にかかっていて、舞台の奥行きは3メートルほど(もあったかな?)。カーテンの隙間からちらちらと、音楽監督とピアノが見えます。音楽監督、というか、演奏はピアノだけなんですけど(笑)―OBCアルバムも同様です。舞台真ん中に、『ハミルトン』のマークをパロディにした Spamilton のサインがかかっている、それだけ。劇中、小道具はたくさん(徹底してチープなやつが、笑)登場しますが、それにしてもシンプル。


始め、オバマ夫妻が寝室に入る前に『ハミルトン』のアルバム(それもLPレコード盤)をかけるという寸劇が、ちょっと下ネタ入りで……。そこから、一曲目、"Lin-Manuel as Hamilton" が始まります。バーが突っ込み役で、他のキャラクターがボケまくる、という箇所が多くて、ちょっと吉本新喜劇だったかも。

内容としては、ブロードウェイの「革命児」リン‐マヌエル・ミランダが『ハミルトン』を生み出して大成功を収めていく過程を描いています。面白おかしく描いていますが、ミランダがほとんど死にかけていたブロードウェイ・ミュージカルを再生させた、という『ハミルトン』およびミランダ礼賛といえば礼賛。30年来のブロードウェイ・インサイダーのアレッサンドリーニですので、ブロードウェイの『ハミルトン』評の典型だと考えてよさそう。

パロディとして俎上にあがるのは『ハミルトン』の楽曲にとどまらず、古典から近作までとりあげられています。『パリのアメリカ人』と『アメリカン・サイコ』を合わせて American Psycho in Paris、『ライオン・キング』と『王様と私』を合わせて Lion King and I にしてみたり。『イントゥ・ザ・ウッズ』のパロディでは、ブロードウェイ・ミュージカルの(ちょっとご高齢になった)ディーヴァたちが、魔女ではなくて物乞いの老婆になって登場します。

ジョージ王の代わりに "a queen"、つまりドラッグクイーンが現れて、マッチョな『ハミルトン』でブロードウェイのゲイ・テイストが薄まると心配したり、『ハミルトン』のヒットで割りを食った代表格、『ブック・オブ・モルモン』出演者が嘆き節を歌ったり。この辺りは分かりやすくて、私もたっぷり笑えました。ハミルトンの "24. What's I Miss" に当たる第2幕の1曲目、"What Did You Miss?" では、ダブルキャストや急な展開についていけない老ブロードウェイ・ファンがステージに迷い出てきたりもします。なるほど、アメリカの観衆も、『ハミルトン』に戸惑っていたりするんだなあ、と。

ミュージカル史の展開?で重要なのは、スティーブン・ソンドハイム役が登場する曲"Ben Franklin, Sondheim & Lin-Manuel"。Lin-Manuel as Hamiltonがアドバイスを求めてSondheim as Franklin を訪ねると、ラップは止めておけ、とか、言葉を詰め込みすぎるな、などと基本セオリーをソンドハイムが並べていく。ですが、ソンドハイム自身のミュージカル『カンパニー』からの曲 "Another Hundred People" のパロディがかかって、あなたも言葉詰め込みすぎじゃいですか!となる。ミュージカルにヒップホップ詩学をもちこんだミランダを茶化しているような、革新性を讃えているような……。まじめに解釈すると、『ハミルトン』はヒップホップとミュージカルを融合させたわけですが、それは同時にミュージカル作詞の歴史上の展開でもあった、ということかな。

他にも笑えるところはたくさんありましたが、結末に向けてブロードウェイは不滅です、という賛歌になっていくのはご愛嬌。強烈な風刺とか毒舌みたいなのはあんまり入っていなかったですね。『スクール・オブ・ロック』が Something Rottenにひっ掛けてかなり落とされていたぐらいかな。ああ、ディズニー・ミュージカルやイギリス産のミュージカル(フランク・ロイド・ウェバーの作品とか)はブロードウェイ・ミュージカルではない!というのも節々で強調されていた。このブログのこれまでの記事でも、ミランダがブロードウェイ・ミュージカルの救世主と見られていることを書きましたが、Spamilton はその評価に則って作られていますね。

パフォーマーの力量は本家『ハミルトン』にも劣らないすばらしいものでした。キャストが少なく、またコメディセンスが必要であるなど、こちらのほうが大変なところもたくさんありそう。ピアノひとつで曲調を再現してみせていたのも見事でした。パロディでもパフォーマンスの質が落ちない、というのは、アメリカの演芸の層の厚さですね。でも、コメディは外国人にとっては(特に文化的背景が必要な言葉遊び系のコメディは)全体ついていくのは大変。周りの笑いの量とくらべて、自分が笑う量が明らかに少ないのがちょっと寂しかったです。

下は Come From Away の終演後。観たかったけど、Dear Evan Hansen Come From Away は着実な人気のようで当日チケットはなしでした。結局、この二つは今でも上演が続いていますね。The Book of Mormon もちゃんと復活しています。


Hello, Dolly! のようなリヴァイヴァル古典ミュージカルとか、いかにもブロードウェイ・ミュージカルの War Paint なんかも観たかったところでしたが……。あんまり欲張ってもね。Hello, Dolly!、トニー賞を主演女優賞を受賞したベット・ミドラーに代わって、現在は、バーナデット・ピーターズ(Bernadette Peters)―ソンドハイム作品の常連だった名ミュージカル女優―が主演をつとめているみたいですね。ピーターズは Spamilton では本人が見たら怒りだしそうな扱いをされていました(何かあったのか? この辺り、ブロードウェイ内幕ネタなのかなあ……。まあ、全体がそうといえばそうだけども)。


もう一つ、観ようかなと迷った作品、Waitress。大きな広告は出さず、ウェイトレス姿の女性によるチラシ配りや下のような小さな空きスペースのポスターで宣伝。地味だけど、こういうショウが、もしかすると、いちばんのロングランになるかもしれませんね。 現在の主演は作詞作曲のサラ・バラレス(Sarah Bareilles。名前、この読みでよかったっけ……、バラレス、バレレス、ブラレス、えー、こちらで聞いてみてください、笑)。


というわけで、今年8月の旅行でのミュージカル観劇記はこれでおしまいです。次にブロードウェイにいつ観に行けるのか……よく分かりませんが、その時までに、アレッサンドリーニのパロディに全編ついていけるようにミュージカル脳を鍛えておこうかと思います。

いやー、それにしても大ぜいたくをしてしまった。これからも、リン‐マヌエル・ミランダ、ティム・ミンチン、デイヴ・マロイという輝かしい三つの才能と、その周辺の人々(ざっくりですみません)の動きを追いかけていれば、傑作ミュージカルを見続けることができそうです。それがいちばんのぜいたくですね。

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