2017年2月28日火曜日

"7. You'll Be Back" (from Hamilton: An American Musical)

さて、"7. You'll Be Back"。ある意味、『ハミルトン』で一番盛り上がる曲(笑いの面で)。ミュージカル全体が non-stopな息もつかせぬ展開なので、オーディエンスが一息ついて、拍手と歓声で大きな貢献ができるいちばんの場所はスピードダウンするジョージ王による3曲のところ。観客がいるエンターテインメントなので、こういう箇所がないとダメなんでしょうね。

ミランダやラカモアによると、1960年代のBritish Pop調。アメリカの大衆音楽を輸入したイギリスが、ビートルズやストーンズを筆頭にアメリカに押し寄せてきたことを アメリカのポピュラー音楽史では、the British Invasion(イギリスの侵略)といいますが、ジョージ3世の軍隊を送るという宣言にかかった一種のダジャレになっています。

全体を訳してみました(英語はGenius.comでどうぞ)。曲調はちょっと"All You Need Is Love"風ではありますが、内容は正反対。

 戻ってくるよ  You'll Be Back

[ジョージ王]
ぼくの愛は高くつく、だからもう代価を払うつもりはないっていうんだね
じぶんで海に投げ込んだお茶に涙を流すがいいよ、それを横目に過ぎるぼくを見ながら
どうしてそんなに悲しむの?
あらかじめルールを決めといたじゃない、きみがそっちに移るときに
きみがぼくを怒らせているんでしょ
遠距離っていってもさ、憶えておいてよね、ぼくがきみの彼氏だって

きみは戻ってくるよ
すぐに気づくよ
思い出すさ、きみはぼくのものだって
戻ってくるよ
時間がたてばね
いまに気づくさ、ぼくが優しくしてたってことに

大洋が盛りあがり、帝国は没落する
そんなこんなのあいだもいい関係だったでしょ
でね、小突き合いがどつき合いになったら
フル装備の兵隊をやまほど送りこんで、ぼくの愛を思い出してもらうからね

ダ~ダダダッダ~

二人の愛は干上がった、もう一緒はいやだっていうんだ
ぼくがいなくなって泣きべそかくのはそっちなのにさ

いやまだ、話を逸らしたりしないでよ
だって、きみはぼくのお気に入りの臣下なんだもの
ぼくの可愛くて従順な臣下
忠実な王家の臣下だもん
永遠に、そうずっとずーっと永遠にね

きみは戻ってくるよ
今までとおなじで
ぼくはがんがん戦って勝っちゃうよ
きみの愛を
きみの賞賛を勝ちとるのさ
で、死ぬまできみを愛しちゃうんだから

きみが去ってしまったら、ぼく、おかしくなっちゃうよ
だから今のぼくらの関係をポイしないでね
ま、小突き合いがどつき合いになったら
きみの友だちや家族を殺して、ぼくの愛を思い出してもらうね

ダ~ダダダッダ~

オリジナルキャストのジョナサン・グラフ(Jonathan Groff)の歌い方、踊り方がちょっとオネエ風なので、あまり行きすぎないように気をつけて訳してみました。(ちなみにグラフはディズニー映画『アナと雪の女王』のクリストフ役声優。ちなみにディズニーのミュージカル Frozen (アナ雪の原題)が2018年春からブロードウェイで上演される予定。)

最初の部分だけを聞いていると、一種のラブソング。まあ、ストーカー的な男が離れていこうとする恋人を脅す、ねじれたラブ・ソングですが、

[King George] And when push comes to shove, I will send a fully-armed battalion to remind you of my love.
[ジョージ王] フル装備の兵隊をやまほど送りこんで、ぼくの愛を思い出してもらうからね

のところで、ああ、そういうことかと分かって大きな笑いが起きる仕掛けですね。実際には軍隊を送ってたくさん人を殺す、ということなんで笑えないのですが、そういう背景に言葉遊びやパフォーマンスが合わさると、ふつうのジョークより笑えたりするというわけで。

言葉遊びとしては他にも、

[KING GEORGE] And, no, don't change the subject 'cause you're my favorite subject. My sweet, submissive subject. My loyal, royal subject, forever and ever and ever and ever and ever.
[ジョージ王] いやまだ、話を逸らしたりしないでよ。だって、きみはぼくのお気に入りの臣下なんだもの。ぼくの可愛くて従順な臣下、忠実な王家の臣下だもん。永遠に、そうずっとずーっと永遠にね。

という箇所で、"subject"が「話題」と「臣下」という二つの意味で使われています。『ハミルトン』でじゃこの仕掛けをくりかえし使っていて、ミランダの説明によると、ミュージカルの歌詞ではあまりないパターン、でもヒップホップではよくあるので活用してみた、ということです。

舞台上では、王はしなしなとした歩き方で、歌いだすとあまり動かない。他の登場人物たちがひっきりなしに動く作品なので目立ちます。(最初の衣装の王冠が相当重く、頭を動かすのもしんどかったので、このスタイルができた。そのあと最初の王冠が壊れて軽いものになって、ジョージ王役キャストはほっとしたらしい。グロフがあのビヨンセにも教えたというジョージ王の歩き方はこちら(1:10ぐらいから)。)視線や顔芸もウケている様子。

ジョージ3世、この時点ではまだかなり強気です(実際、当時のイギリスとアメリカの国力差・兵力差を考えると自然なのですが)。王の登場はあと二回―独立後の"21. What Comes Next" / ワシントン辞任後の"33. I Know Him"―あるので、この後、アメリカの独立が確定していくなかでどうなっていくかに注目です。もうまとめて聞きたい、という人はこちら

2017年2月26日日曜日

『ハミルトン』と西洋音楽史

『ハミルトン』を体験していると、歴史について勉強になるなと思うときと、逆に時間の尺度がよくわからなくなるときがあります。特に、音楽については、いろいろなスタイルが詰め込まれていて、それがヒップホップ・メインの流れになっているので、ちょっと内容である18世紀末から19世紀始めの状況がどんなものだったか、忘れてしまいそう。当時の音楽的感性がどんなものだったか考えてみると・・・。

"6. Farmer Refuted"では、アレンジャーのアレックス・ラカモア(Alex Lacamoire)は音楽学校で習ったバッハ風の作曲法を使ったそうですが、大バッハ、ヨハン・セバスチャン・バッハが亡くなったのが、1750年。『ハミルトン』の物語の始まり、1776年は西洋クラシックの元祖的なものが生まれてからほどない頃なのですね。


ちなみにミュージカル内のハミルトン、そしてバーの生年は同じで、1756年(チャーナウの判断では、ハミルトンは1755年生まれで、1757年説の起源は本人がアメリカに渡ってから神童ぶりをアピールしたくて二年サバを読んだのではとのこと)。そして、1756年に生まれた西洋音楽史上の偉人が、あのヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)。


こうした年度の突き合わせをしてみると、"6. Farmer Refuted"の曲はハミルトンたちにとっての「現代音楽」だった、ヨーロッパに渡っていたジェファソンは、ヨーロッパを講演して回っていたモーツァルトの演奏を聴いたことがあるのかも、と想像が広がります。第二幕ではイライザと息子のフィリップがピアノの練習をする場面がありますが、ピアノもまだ新しい楽器だった、それをもっているハミルトン家はかなり金持ちだった?とか。


そういえば、『ハミルトン』の冒頭の曲、"1. Alexander Hamilton”の始めで、ダンダダダダンと強いリズムが鳴ってから、ラララーランとちょっと不思議な音形の短いメロディが続きますが、この部分はミランダによるデモテープではドアの軋む音が入っていた、それをラカモアがメロディ化したそうです。ということは、最初のダンダダダダンはドアをたたく音、それから運命のドアが開かれる音がつづく・・・って、これ、ベートーベン交響曲第5番「運命」(「このように運命は扉を叩く」伝ベートーベン本人談)じゃないですか!
『ハミルトン』ではハミルトンの運命が展開するところでこの音形がくりかえし表れます。まあ、これ以上ないほど「ベタ」だとも言えますが、ベートーベンと同じで「ベタ」を押し通してしまうところに芸術作品の真の強さがある、というべきでしょうね。

18世紀後半から19世紀始めの時期は、私たちが古典として受け取っているクラシック音楽や文学史上でいうとロマン主義が花開いた時代。『ハミルトン』はこうした時期と21世紀の現在をなんとも強引に結びつけてしまうわけです(ロマン主義的考え方が現在の私たちの感性をまだ縛っている、というのもある程度、真実だと思いますが・・・)。ちなみに、ベートーベン「運命」の初演が1808年、ハミルトンが死んだのはその4年前の1804年です。

"6. Farmer Refuted" (from Hamilton: An American Musical)

"5. The Schuyler Sisters"までで登場人物紹介、基本的な方向性の設定は終わり。次の"6. Farmer Rufuted"は一見軽めに見えて、戦争に向かっていく雰囲気を示した内容としては重い箇所と言えそうです。『ハミルトン』の中でいちばん人気がない曲、という意見も聞いたことがありますが・・・。

あらすじ:
「コモン」で独立反対の演説をする王党派の主教(bishop)、サミュエル・シーブリ。そこへ、マリガンたちにせっつかれたハミルトンが、バーの制止をふりきって邪魔に入る。

実際には1774年から1775年にかけて文書で行われた論争を、街頭演説の場面に仕立てている("Farmer Refuted"はシーブリの意見に対してハミルトンが書いた論駁文のタイトル)。チェンバロ(風)の音を背景に滑らかに歌うシーブリの歌詞のところどころの単語にひっかけるかたちでハミルトンがラップをはじめ、最後には全体を乗っ取ってしまいます。

作品全体にとって重要なのは、"2. Aaron Burr, Sir"、"3. My Shot"に引き続いて、あくまで慎重派のバー/周りに乗せられるのもあって前に前に出てしまうハミルトン、という対比がくりかえしで示されている点。

[SEABURY] Heed not the rabble who scream revolution; They have not your interest at heart.
[MULLIGAN] Oh my god. Tear this dude apart.
[SEABURY] Chaos and bloodshed are not a solution. Don’t let them lead you astray. This congress does not speak for me.
[BURR] Let him be.
[シーブリ] 革命を叫ぶ連中に耳を傾けてはなりませんぞ。連中はあなた方の利害なんて本気で考えてません。
[マリガン] なんてこった。こいつ、ギタギタにしちまおうぜ。
[シーブリ] カオスや流血は解決にはつながりません。あやつらの言葉に迷わないようにしましょう。この会議(=各州の代表が集まって独立を議論していた大陸会議)の意見は私の意にはかないません。
[バー] 放っといてやれよ。

ここでマリガンとバーはハミルトンに話しかけていています。つまり、マリガン(とローレンズ、ラファイエット)はハミルトンをけしかけていて、バーはそれを制止している。

この後、先に書いたように、オーディエンスに冷静に語りかけようとするシーブリ(クラシカルなメロディで歌う)に対して、彼が使うのと同じ言葉を自分のライムにとりこみながらハミルトンがラップで割り込んでいく。舞台上では二人の演台をめぐってのつばぜり合いがくり広げられます。その様子はシリアスではなく、どちらかというとコミカルな感じ。ハミルトンの言葉も、シーブリについての個人攻撃めいたものになっていって、まともな議論という感じにはなりません。そこに、たまりかねた様子で割り込んでくるバー。

[BURR] Alexander, please! 
[HAMILTON] Burr, I’d rather be divisive than indecisive. Drop the niceties.
[バー] アレグザンダー、頼むからさ!
[ハミルトン] バー、俺はうやむやにするぐらいなら敵を作るほうがいいんだ。お行儀なんて捨てちまえ。

ここでも、"2. Aaron Burr, Sir"からつづいている、ハミルトンとバーの態度の違いがふたたびとりあげられていますね。

直後、「王からのメッセージである A message from the king」の声とともに兵士たちが登場、ハミルトンらは慌てて姿を消す。その様子を見ると、この時点での彼らが決して多数派でないことがわかります(バーのほうが状況を考えれば普通で、冷静ではありますね)。この歌は次の、ある意味では『ハミルトン』の中でいちばん盛り上がる(とくに笑いの面で)曲への前置きといったところでしょうか。

今でもアメリカやオーストラリアに行くと、公園や広場の小さい演台に立って演説をしている普通の市民の姿を見かけることがあります。聞いている人と論争になったりして・・・。普通の生活の場に政治的議論がある、というのが政治的な成熟だろうかな、と。

『ハミルトン』と1776年のニューヨーク

"5. The Schuyler Sisters"の冒頭で、バーが

[Burr] There's nothing rich folks love more than going downtown and slamming with the poor. They pull up in their carriages and gawk at the students in the common just to watch ‘em talk.
[バー] お金持ちがいちばん好きなのは、街中にくりだして貧乏人たちと一緒に騒ぐこと。馬車で乗りつけてはあんぐり口を開けて、「コモン」でおしゃべりする学生たちを眺めるのさ。

と言うところがありますが、この「コモン common」とは正確には何かなと気になります。アメリカの英語辞典 Merriam Websterによると、名詞としての"common"の語義の5番目にあるのがこれに当たりますね。

5:  a piece of land subject to common use: such as
a :  undivided land used especially for pasture
b :  a public open area in a municipality
<A food and jazz festival will be held at the town common.>

5b「自治体の公共に開かれた場所」、みなが集まって自由な活動ができる場所。ヨーロッパやアメリカの都市にはぽっかりと開けた広場があって、ニュースで大きなデモがあったときにはそうした場所に群衆が集まった映像が流れます。日本語だと「広場」と訳されますが、都市の構造が市民社会とリンクしたものとして認識しないとちょっとニュアンスがわかりません。

"5. The Schuyler Sisters"の舞台、1776年のニューヨークの「コモン」は、現在のシティ・ホール・パーク。マンハッタンの南端に近いブルックリンブリッジのたもと、ウォールストリートのあるロウワー・マンハッタンのダウンタウンの北にある公園。ニューヨーク市庁舎があります。もともとはオランダ人入植地時代から入植地の北のはずれにある場所を "commons"として共同の放牧場にしていたのが、街の発展とともに広場になった場所。1754年にはすぐ横にハミルトンが通った King's Collegeが建てられています。

面白いのは現在のコロンビア大の前身であるKing's Collegeは、その名の通り、イギリス国王、ジョージ3世("7. You'll Be Back")の祖父ジョージ2世の勅許を受けて設立された大学。イギリス国教会と近く、1776年でも王党派の牙城でした。ただし、そのすぐそばの「コモン」は『ハミルトン』が描くように、独立派も自由に発言でき、活発な議論が行われるような場だったようです(次の、"6. Farmer Refuted"参照)。自由のポール(liberty pole)が誇らしげにかかげられ(現在もレプリカが建っている)、市民主義・啓蒙主義の雰囲気があふれる場所だったようです。アメリカ独立の契機にもなった1765年の印紙法(The Stamp Act)に対するニューヨークのデモもここで行われています。詳しくは、こちら

King's Collegeは独立後、Columbia Collegeと改称。1896年にはColumbia Universityとなって、現在のモーニング・ハイツに移転しています。が、学章はいまだに王冠マークを使っていますね。

あと、「コモン」といえば、"5. The Schuyler Sister"にも言及があるトマス・ペイン『コモン・センス』(1776年に出版され、アメリカ植民地の世論を独立へと方向づけた重要文書)。それに、『ハミルトン』のトニー賞授賞式パフォーマンスの前に紹介役で出ていたラッパーの Common (元は Common Sense;動画では1:25ぐらいから登場)。ヒップホップ・アーティストの中でも随一の二枚目で知性派、俳優としても活躍しています。代表曲は、商業化していいくヒップホップを昔好きだった彼女に喩えた"I Used To Love H.E.R"。Hamilton Mixtapeにも参加していますね。

2017年2月23日木曜日

"5. The Schuyler Sisters" (from Hamilton: An American Musical)

しっとりとした前曲 "4. The Story of Tonight"から、またその前のマッチョでちょっと重苦しかった(汗臭かった?)流れからも一転、"5. The Schuyler Sisters"は弾むようなリズムの底抜けに明るい曲。女性陣の登場で、舞台上もいっきに華やかに。

あらすじ:
ニューヨークの有力者・政治家のフィリップ・スカイラー(Philip Schuyler)の娘3姉妹が、独立騒ぎに湧くニューヨークの街へ繰り出す。

『ハミルトン』では、アーロン・バーが語り手としても登場して、話のトーンが変わるところ、大きな展開があるところで、オーディエンスと作品世界の仲立ちをつとめます。"5. The Schuyler Sisters"の冒頭もそうした箇所。

[Burr] There's nothing rich folks love more than going downtown and slamming with the poor.
[バー] お金持ちがいちばん好きなのは、街中にくりだして貧乏人たちと一緒に騒ぐこと。

ブラック・ミュージックを中心にしたエンターテインメント作品でこのように言われると、1920年代のハーレム・ルネサンスの時代から、白人が黒人街にくりだしてジャズやブルース、アフリカ的(?)なダンスを楽しんできたことを想起します。マイノリティ・キャスト中心の『ハミルトン』の客席も圧倒的に白人の中高年(チケットの額からいってだいたいお金持ち)が多いと聞きますし、オーディエンスへの軽いジャブにもなっているのではないでしょうか。

そしていよいよスカイラー3姉妹の登場。両親からは街には行くなと言われているようですがどこ吹く風の長女アンジェリカと次女イライザ、ちょっと心配げな三女ペギー。

[PEGGY] Daddy said to be home by sundown. パパが日が落ちる前にお帰りって言ってたわ。
[ANGELICA] Daddy doesn’t need to know. パパは知らなくてもいいことよ。
[PEGGY] Daddy said not to go downtown. 街中には行くなって言ってたわよ。
[ELIZA] Like I said, you’re free to go. 何度も言わせないで、行くのは私たちの自由よ。
[...]
[PEGGY] It’s bad enough Daddy wants to go to war. パパが戦争に行きたがるだけでも困りものなのに。
[ELIZA] People shouting in the square. 広場でみんなが叫んでいるわ。
[PEGGY] It’s bad enough there’ll be violence on our shore. 大西洋のこちら側で戦いがあるってだけで大変。
[ANGELICA] New ideas in the air. 新しい思想が飛び交ってるわ。

ペギーの3つ目と4つ目のラインはお母さんの言葉でしょうね。作中では、アンジェリカとイライザが対照的に描かれていて、またハミルトンをめぐって一種の三角関係となるのですが、まだ両親の精神的支配下にあるペギーが入ることで家族の雰囲気をつくってうまく衝突をやわらげています。(舞台衣装もアンジェリカが赤、イライザがその補色の緑、ペギーはその間の黄色です。第二幕でも対立するハミルトン/ジェファソンの衣装が緑/紫ですね。色相図をチェックしてもらうといいかも。)

そこにバーが登場、アンジェリカにからみ始めます(登場人物、語り手だけではなく、さらに、作中での「道化」役としてもバーが活躍しています)。

[Burr] Excuse me, miss, I know it's not funny, but your persume smells like your daddy's got money.
[バー] ちょっと失礼、お嬢さん、笑い話じゃないけれど、あなたの香水はお父さんがお金持ちって匂いがするね。

ここの “Excuse me, miss…” は、Jay-Z/Pharrellへのオマージュ(Jay-Z featuring Pharrel, “Excuse Me, Miss” (2003))、ということですが、このぐらいのフレーズならどこにでも転がっている気も・・・。

次いで、バーのちょっかいに対して一歩もひかず、アンジェリカが「アメリカ独立宣言」の一節を引きながら、フェミニストとしての意見を披露。

[ANGELICA] I’ve been reading Common Sense by Thomas Paine. So men say that I’m intense or I’m insane. You want a revolution? I want a revelation. So listen to my declaration:
[アンジェリカ] 最近、トマス・ペインの『コモン・センス』を読んでるのよね。そうしたら男どもは、私がきついだとか気違いだとか言うの。あんたたちは革命がお望みなんでしょ。私が欲しいのはひらめきよ。私の宣言も聞きなさいよ。
[ALL SISTERS] "We hold these truths to be self-evident that all men are created equal."
[3姉妹] 「我々は以下のことを自明の真理として信じる、すなわちすべての人間(男)は平等に創られているということ」
[ANGELICA] And when I meet Thomas Jefferson, I’mma compel him to include women in the sequel
[アンジェリカ] でさ、トマス・ジェファソンに会ったら、私、続編には女も入れなさいよって突っついてやるわ。

「独立宣言」やアメリカ合衆国憲法が「平等」を謳いながら、女性を相手にもしていないことをきつく批判。アメリカ合衆国で女性の参政権がほぼ1世紀半後の1920年まで認められなかったことを考えると考えさせられます。「あなたたちは革命がお望みなんでしょ。私が欲しいのはひらめきよ」というところも、女性には政治的活躍の機会が認められていなかったことを反映しているかも。

前の記事に、"I am not throwing away my shot"のリフレインがこのミュージカルの一番の憶えどころだと書きましたが、もうひとつあげるとしたら、この曲のリフレインかもしれません。

[ELIZA] Look around, look aroud at how lucky we are to be alive right now.
[イライザ] 周りを見渡してみなさいよ、いま現在を生きているってなんてラッキーなんでしょう。
[ALL SISTERS] History is happening in Manhattan, and we just happen to be in the greatest city in the world.
[3姉妹] 歴史がマンハッタンで起きているのよ、私たちは世界でいちばんの街にぴったり居合わせてるってわけ。

"History..."からの歌詞は本当にリズムがいいですね。頭韻(子音,この場合"h"の音のくりかえし)と、母音韻(ここでは口を横に広げる感じの"a"と"i"/"i:"の音)が効いています。ンタッタターンタタッタンタタータ〜と調子を取りながら唱えていると、落ち込んでいるときにも元気になれそうです。最初はもっと単調なリズムの曲だったようですが、楽屋でのスカイラー姉妹オリジナルキャスト—ルネ・エリーズ・ゴールズベリ(Renée Elise Goldsberry) 、フィリッパ・スー(Phillipa Soo)、ジャズミン・セファス・ジョーズ(Jasmine Cephas Jones)—のノリがデスティニー・チャイルド風だったそうで、オフブロードウェイからブロードウェイまでチューンアップしていく中で現在のリズム、コーラスになったらしい。

実際には、18世紀末のニューヨークはアメリカ第二の都市(人口、フィラデルフィアに次いで)ではありますが、"the greatest city in the world"にはほど遠い規模。このあたりは、ニューヨークのブロードウェイで観劇をしているオーディエンスへのサービスであり、またミュージカルというエンターテインメントを言祝いでいるというところでしょう。盛り上がりますしね(トニー賞受賞式フィナーレでのパフォーマンス)。

この曲を聴いていると、また『ハミルトン』というミュージカルだけを観ると、まるでニューヨークが独立革命の中心だったように思えますが、本当のところはニューヨークは王党派、独立反対派も多かった地域。「独立宣言」にも最後の最後に、もう独立が決定したあとでようやく賛成しています。

ただし、イギリス軍の主力がボストンからニューヨークに矛先を変えたことで、3姉妹が明るく歌い上げていたニューヨーク、マンハッタンの街は独立戦争の主戦場に変わっていきます。多くの人命が失われる直前の状況を描いている歌だ、と考えながら聞くと、"5. The Schuyler Sisters"の無邪気な明るさにも,別の陰影が見えてくるかもしれません。

2017年2月22日水曜日

『ハミルトン』と女性

「10ドル札のアメリカ合衆国建国の父(the ten-dollar founding father)」のアレグザンダー・ハミルトンですが、ここ数年、その座を奪われる危機にありました。紙幣には国家のシンボリックな存在がデザインされていて、時代がうつって国家イメージが変わるとデザインも変わるのが自然といえば自然。アメリカ合衆国でいえば、女性の活躍が増えるにしたがって、紙幣にも女性をという声が強くなっていたようです。

前財務長官のJacob J. Lewが音頭をとって、この大先輩にしてアメリカの財政・金融システムを作り上げたハミルトンを10ドル紙幣から抹消しようという流れになっていました。しかし、ミュージカル『ハミルトン』大ヒットで状況が変わり、10ドル札は裏面に女性の肖像、表はハミルトンで据え置きとなったそう。(The New York Times に2016年5月までに掲載された『ハミルトン』関係の記事が 'HAMILTON': THE HISTORY-MAKING MUSICALというKindle書籍にまとめられていて、紙幣の顔変更の動きもくわしく紹介されています。)

割りを食ったのは、20ドル紙幣の顔、第7代大統領アンドルー・ジャクソンで、2010年のミュージカルBloody Bloody Andrew Jacksonがヒットしなかったことも含め、ハミルトンと明暗くっきり分かれたというところ。ジャクソンの場合は、ネイティヴ・アメリカンに対するあまりな仕打ちがクロースアップされて近年は人気が急降下していたので、もともと時間の問題ではあったのですが。しかも、ジャクソンには連邦第二銀行の計画をつぶして、アメリカの金融システムを混乱させたという罪科(?)もあるらしく、「ウォールストリートの守護聖人」ハミルトンとどちらか、というと問うまでもないことかと。

20ドル紙幣の次の顔に選ばれたのは、黒人女性ハリエット・タブマン(Harriet Tubman)。自身も元奴隷で、逃亡奴隷を北部に逃がす「地下鉄道(the Underground Railroad)」の活動で、何度も南部に潜入した伝説的人物(同じハリエットでも、半世紀前なら『アンクル・トムの小屋』のハリエット・B・ストウがあがってそうですね)。他にもいろいろな女性の名前があがっていて、同じく反奴隷制運動家の黒人女性ソジャーナ・トゥルースや、女性の参政権獲得に貢献したスーザン・B・アンソニーが含まれています。

女性やマイノリティの台頭がさらに顕著になれば、ハミルトンも将来ずっと紙幣の顔の地位は安泰というわけにはいかないでしょう。

  *

女性の台頭は、ブロードウェイ・ミュージカルの世界でも見られるようです。もちろん、女性の役やパフォーマーは昔から変わらぬミュージカルの花形なわけですけれども、製作や脚本、作詞・作曲、演出といったプロダクションにおいては、いまだ圧倒的に男性が中心(ハリウッド映画も同様)。しかし、2015年~2016年度はプロダクションへの女性の進出が話題となりました。

まずは2015年度のトニー賞作品賞受賞作、Fun Home。同名の作品(レズビアンの漫画家として有名なアリソン・べクデル(Alison Bechdel)のベストセラー自伝グラフィック・ノベル、2006年刊;日本語訳もあり)が原作。あらすじは大学に入った主人公が自身の性的志向に目覚め、そのすぐあとに父親が自殺と思えるかたちで死んでしまう、じつは父親も同性愛者だったことがわかって、というもの。このミュージカル作品のポイントは、43歳になった語り手アリソンが、10歳頃と大学入りたての頃のことを思い出していく過程を、ステージ上に3つの時代を交錯させて描いているところ。3つの時代のアリソンが同時にステージ上で歌ったりします。初体験後の大学生アリソンが歌う "Changing My Major"が傑作(ミュージカルからの映像ではないですが、こちら。ミュージカルではもっとコミカルに表現されています)。実験性、革新性でいくと、『ハミルトン』よりこちらのほうが上かも。脚本と作詞(Lisa Kron)、作曲(Jeanine Tesori)が女性、トニー賞受賞作では初だそうです。ミランダも「今見るべきミュージカルは?」との問いに、Fun Homeだと即答していました。

2016年、『ハミルトン』現象の割りを食ったかたちでトニー賞をとり損なったミュージカルのひとつが、Waitress。同名の映画(これも脚本+監督が女性)のミュージカル化で、脚本(Jessie Nelson)、作詞・作曲(Sara Bareilles)、演出(Diane Paulus)のミュージカル製作三本柱がすべて女性ということでも話題になりました。2016年のトニー賞授賞式はひたすら『ハミルトン』、『ハミルトン』でしたが、Waitress主演のジェシー・ミュラー(Jessie Mueller)のパフォーマンスは必見です。

他、イギリス出身の新人シンシア・エリーヴォ(Cynthia Erivo)が2016年度トニー賞主演女優を獲得したThe Color Purple(2005年初演作のリバイバル、トニー賞ベスト・リバイバル賞も受賞)も、アフリカ系女性作家アリス・ウォーカーのベストセラーが原作で、アフリカ系女性二人が主役を張り、他のキャストもほぼ黒人で、女性・マイノリティのブロードウェイ台頭の一例ですね。これもトニー賞授賞式の映像(エリーヴォ登場は2:50から)こっちのパフォーマンスのほうが出来がいいかな?

『ハミルトン』も含め、女性・マイノリティうんぬんが話題になるということは、逆に考えるとまだまだブロードウェイは白人男性の世界だということでしょうが、そうした状況も少しずつ変わりつつあるといえそうです。

  *

『ハミルトン』は基本的に戦争と(かつての)政治というマッチョな世界ですが、“5. The Schuyler Sisters”から魅力的な女性陣も登場します。

2017年2月18日土曜日

"4. The Story of Tonight" (from Hamilton: An American Musical)

大盛り上がりの前曲 “3. My Shot” からクールダウン。最初の3曲で強引に作品世界に引き込まれた後で、オーディエンスとしても一息というところ。といっても、次の曲でまた大盛り上がりになるのですが(笑)。『ハミルトン』ではハードな曲、しっとりとした曲、楽しい曲、笑える曲と、ヴァラエティが広い楽曲をうまく構成していて、だから “sung-through”の形式でも飽きないのですね。

あらすじ:
“3. My Shot”で意気投合したハミルトン、ローレンズ、ラファイエット、マリガンが酒杯を重ねながら、今晩のことがのちのちも語り継がれるだろうと盛り上がる。

4人が輪唱のようなかたちで歌いますが、ここでは内容だけをまとめます("freedom"のところをローレンズが歌いだす、といったふうに、キャラクターによる役割もたぶん重要ですが・・・)。

I may not live to see our glory. But I will gladly join the fight. And when our children tell our story. They’ll tell the story of tonight./
Let’s have another round tonight. /
Raise a glass to freedom. Something they can never take away, no matter what they tell you. Raise a glass to the four of us. Tomorrow there’ll be more of us, telling the story of tonight.
自分たちの栄光を見るまで生きられないかもしれないが、喜んで戦いに身を投じよう。後の世代が俺たちの物語を語るときには、今夜のことを語り草とするだろう。/
もう一杯ずつ行こうぜ。/
自由に杯を掲げよう。俺たちから自由を奪うことは誰にもできない、やつらが何と言おうと。俺たち4人に乾杯。明日には、仲間はもっと増えて、今夜のことを語り草とするだろう。

個人が「歴史」を作っていくという意識、そこでいちばん重要なのが誰にも奪われない「自由」。『ハミルトン』がアメリカ人にアピールするところは、ここですね。逆に言えば、他の国の人間にとってこのミュージカルに完全に乗れないとしたら、こうしたアメリカ的価値が露骨に出過ぎているところかもしれません。私自身も、そんなおおげさなことより、日常の小さな善のほうがじつを言うともっと大事なんじゃないの、って思わないではないので。まあ、なんてったって、作品の副題が An American Musical ですからね。

そして、作品全体のメイン・テーマ、「自分の生(遺産)が後の世にどのように語られるか」がここでさりげなく、しかし明瞭に示されています("1. Alexander Hamilton" にもすでに、"When America sings for you ~"という個所がありました)。これ以降、"history"、"legacy"、"narrative"といった語とともに、このテーマがくりかえし登場してきます。

シンプルで短い曲なので、替え歌にすればいろんな場面(お酒の席?)で活用できそうです。というか、何曲かあとですぐ、替え歌が登場するんですけれどもね。

『ハミルトン』オリジナルキャストから―ラモス、ディグズ、オナオドワン

『ハミルトン』では実際には白人だった人物たちをヒスパニックや黒人が演じる、というのが大きな話題になり、作品が社会にもつインパクトの一因になっているのは周知のとおり。ローレンズ/ラファイエット/マリガンの三人組の役者(あと、ペギー/マライア役の女優さんがいますが、彼女についてはまた今度)も、あっさりと「黒人」と紹介されてしまいそうですが、ブロードウェイ・オリジナル・キャストの三人について調べてみると、「黒人」とは何ぞや、と考え込んでしまいそう。

アンソニー・ラモス(Anthony Ramos; b.1991)
ジョン・ローレンズ/フィリップ・ハミルトン役。ブロードウェイ・オリジナル・キャストで最年少。プエルトリコ系で、NYブルックリン育ち。ヒスパニックのニューヨークっ子ということで、ミランダにいちばん近い出自ですね。podcast、The Room Where It’s Happening でインタビューが聞けます。
http://www.earwolf.com/episode/anthony-ramos-making-life-onstage/
ペギー・スカイラー/マライア・レノルズ役のジャズミン・セファス・ジョーンズ(Jasmine Cephas Jones)と恋人同士らしく、ボスのミランダと彼女が毎晩キスするのを見るのはどんな感じ?と司会に訊かれています。ほっといたれよ!
ラテンアメリカやカリブ海のスペイン語圏系の人たちを中心にヒスパニック(あるいはラティーノ)と呼びますが、この呼称はわかりにくいところがあります。元々はヨーロッパ系でもアフリカ系でも、アメリカ大陸のスペイン語圏を家系が通っていればこのカテゴリーに入る(アメリカ合衆国内の文化的カテゴリーです。ちなみに、あまり知られていませんが、アラブ系やユダヤ系はアメリカの国勢調査上には登場せず、「白人」にカテゴリーされます)。さらに、スペイン語圏以外のカリブ海地域(ジャマイカ、ハイチ、そしてアレグザンダー・ハミルトンの故郷・ヴァージン諸島)からの移民も乱暴にヒスパニックに入れてしまうことも。ラモスは容貌からしてヨーロッパ系とアフリカ系の両方の血が入っている、ラテンアメリカ・カリブ海のカテゴリーでいえば、「ムラート」に当たりますね。ミランダはヨーロッパ系のヒスパニックで、その二つのカテゴリーに現在のアメリカ合衆国でどのぐらいの違いがあるのか、微妙すぎてわかりません・・・。アメリカ読みでは「レイモス」と呼ばれることもあるようですが、スペイン語圏読みで「ラモス」にしておきます(上のpodcastで本人は、まあどっちでもいいよ、と言っています(笑))。[追記:ミランダも遠い母方の祖先にアフリカ系の女性がいるようですね。お母さんの写真を見る限りではまったく分かりませんが。]

ダヴィード・ディグズ (Daveed Diggs; b.1982)
マルキ・ド・ラファイエット/トマス・ジェファソン役。黒人の父とユダヤ系の母のあいだに生まれる。ダヴィードは “David” のヘブライ語読み(もともとは旧約聖書に出てくるユダヤの英雄・王ダヴィデ)。アヴァンギャルド・ヒップホップ・グループclipping所属で、キャストの中では唯一ラッパーが本業。ミランダとともにフリースタイル・ラップ・グループのFreestyle Love Supremeのメンバーでもある。インタビュー動画:
Daveed Diggs On "Hamilton" | AOL BUILD
オバマ元大統領を見てわかるように、アフリカ系の血が半分でも、もっともっと少なくても、アメリカでは「黒人」にカテゴライズされます。アフリカ系=黒人ではなく、アメリカ合衆国の歴史と文化的背景で人種カテゴリーも決まっているということを知っていたほうがいいかもしれません。かつては「一滴の血ルールthe one-drop rule」(一滴でもアフリカ系の血が入っていたら黒人とみなされる)というのが公式・非公式にあって、今でも完全にはなくなっていない。現在は、国勢調査上は自己申告なので、アジア系100%でも「白人」と言い張れば「白人」ではありますが、それと社会通念とはまた別の話で・・・。ディグズの自己紹介ラップがこちら。ご家族も出演です。

オキエレテ・オナオドワン(Okierete Onaodowan; b.1987)
ハーキュリーズ・マリガン/ジェイムズ・マディソン役。ナイジェリア系。名前の発音がこれでいいのか、動画などで点検した後でもこれでいいのかわかりませんが・・・。オゥク、インクレディブル・オゥクという呼び方でも(ファンです!とアピールしながら言うと)大丈夫そうです。『ハミルトン』の中ではいちばんの愛されキャラではないでしょうか(英語でいえば、“How can you not love Hercules Mulligan!”)。インタビュー動画:
Okieriete Onaodowan Discusses His Role In "Hamilton" | BUILD Series
アフリカ系といってもいろいろで、先祖代々のアメリカ黒人と新しいアフリカ系移民では、社会的立場が違ったりします。オナオドワンは名前からも分かる通り新しいアフリカ系移民の家系。かつては移民はアメリカ風の名前に変えていたりしましたが、今では先祖の国の名前をそのまま用いることも多いですね(読み方うんぬんで苦労はしそうですが)。上のリンクのビデオは面白くて、演劇活動というのがアメリカの教育現場でどのような役割を果たしているのかがよくわかります。オナオドワンはアメフト選手を目指していたのに怪我で挫折、そのあとグレ気味で、でも演劇部に行くと居場所があって助かった、という旨のことを話しています。日本語のヒップホップ文献で、2Pacは高校の時に演劇部だったから本当の不良じゃないんだ、的なことを言っているのを読んだことがありますが、行き場所のない不良の居場所のひとつが演劇活動ということなんですね。

というわけで、彼ら三人は、「黒人」にカテゴリーされたとしても、それぞれまったく違った歴史を背負っているわけです。「白人」とは何なのか、も気になってきますね。ミランダはヒスパニックだけど、「白人」じゃないの?

2017年2月17日金曜日

"3. My Shot" (from Hamilton: An American Musical)

ミュージカルにおいて一番重要とされるのが、 “I want” song。舞台や登場人物の設定が終わった後で、主人公が自分の未来の理想を歌う(以降、うまく実現する場合も、ずれていってしまう場合もあるますが)。ミュージカル全体の流れの種となり、劇の流れを決定づける。過去の名作においても佳曲が多い、というか、この "I want"がうまく決まらないと、観客を引き込むことができないのですね(『オズの魔法使い』の「虹の彼方に(Over the Rainbow)」、『マイ・フェア・レディ』の "Wouldn't It Be Lovely"など)。

というわけで、"My Shot"は『ハミルトン』の"I want" song。盛り上がっていきますぜ!

3. My Shot
("2. Aaron Burr, Sir"で、バーと彼にからんできたローレンズ、ラファイエット、マリガンのあいだに割り込んで)ハミルトンが自己主張をを始める。自分の頭のよさ自慢から始め、それからアメリカが独立するべき理由を説いていくうち、ローレンズたちを含め、ほかの聴衆もハミルトンの勢いに呑み込まれていく。思いがけず扇動家としての才能を開花させたハミルトンは、盛り上がりの中で内面を見つめ、過去を振り返り、革命の動きのなかに自分の居場所を見つけていく。

冒頭から登場するコーラス部。『ハミルトン』の中で一つだけ選んで憶えるとしたら、これでしょう。ハミルトンの基本姿勢を示す言葉で、以降の歌でも何度も登場します。

[Hamilton]
I am not throwing away my shot.
I am not throwing away my shot.
Hey yo, I'm just like my country.
I'm young, scrappy, and hungry.
And I'm not throwing away my shot.
[ハミルトン]
チャンスは無駄にしないぜ、チャンスは無駄にしないぜ、ほらな、俺はこの国と同じなんだ、若くて、ぐちゃぐちゃで、飢えてる、チャンスは無駄にしないぜ。

"not" と "shot"の母音(口を大きく開けて発音する「ア」)、それから、3行目のアクセントが置かれたところの母音(こちらは口小さめの「ア」「ウ」「オ」の中間の音)が母音韻(assonance)になっています。ここをグイッと言う感じでリズムをとると上手く唱えられます。"away my"と"shot" のあいだに「ィッ」と間を置く、"I'm"を「ゥㇺ」と短く言うのもポイント。

"scrappy"はまだ間に合わせで不完全、混乱している状態を表すと同時に、アメリカ英語では頑固で、自己主張が強く、喧嘩をふっかけがちな、という意味もあり、ハミルトンのあり方、性格そのもの。ネットの辞書では、"he had a scrappy New York temperament"(彼はニューヨークっ子らしい自己主張の強い気性だ)という例文がありました。ニューヨーク人の特性でもあるのですね。

この後、頭がいいぜ、口が達者だぜ、「ストリート」で苦労してきたぜ、とヒップホップ・アーティストお決まりのパターンで自慢話がつづきますが、前曲でのローレンズたちのラップと違い、複数のヴァースに展開し、また情景描写もとりこんだ高度なもの。

ヒップホップの古典からの引用にも注目。まず、Mob Deepからの引用(“I’m only nineteen, but my mind is old. [olderではなく]”- "Shook Ones Part II" from The Infamous (1995))。ラップの定番、名前のつづりを言うところ("A-L-E-X-A-N-D-E-R, we are...")では、the Notorious B.I.G., “Going Back to Cali” (Life after Death (1997))の半ばあたりでBiggyが名前を言うカデンスが使用されています。

曲が進むにつれて、ハミルトンに疑わしげな視線を向けていた周囲の様子が変わっていく。まずローレンズ、次いでラファイエットとマリガン、他の人物たち(群衆)が "I am not throwing away my shot" のコーラスに参加。

そして、ハミルトンに触発された三人組が1ヴァースずつ。それぞれ、内容のポイントだけを抜きます。

[LAFAYETTE] I dream of life without the monarchy.
[ラファイエット] 王政のない世の中が夢なんだ。

[Mulligan] I'm joining the rebellion cuz I know it's my chance to socially advance, instead of sewin' some pants.
[マリガン] 反乱に参加するぜ、だって成り上がるチャンスだからな、ズボン縫ってる生活から抜け出して。

[LAURENS] Eh, but we'll never be truly free until those in bondage have the same rights as you and me.
[ローレンズ] ああ、でも俺たちが本当に自由になれるのは、縛り付けられた人たち(=黒人奴隷)が君や俺と同じ権利をもつようになる時だ。

ハミルトンが自分の立ち位置を見つけるにつれて、三人組も単なる酔っぱらいの不満分子から、独立において自己が求めるものを自覚する革命家へと変貌。同時に、ラップのスキルも突然向上(笑)。ヒップホップの歴史で、7~8年ぐらい時代をジャンプした感じですね。ミュージカル『ハミルトン』の中では、ラップの力量=その人物の全般的能力、なところが(ヒップホップ力差別の世界!)

劇の構成からすると、この三人はそれぞれ、主人公の一面に対応しています。

 ラファイエット: 移民、アメリカにおける他者性、行動の意外性
 マリガン: 下層からの成り上がり志向、なりふり構わない行動力
 ローレンズ: 理想主義的傾向、奴隷解放の思想
(実際のラファイエットは自腹でフランスからやってきて、独立が決まるとフランスに帰ってしまう、酔狂のコスモポリタンといった人物で、「移民」と呼ぶのは無理そうですが、あくまでこのミュージカルの中の一要素としては、という話です。ふつうのいみでは、マリガンのほうが移民らしい移民ですね。)

こうした人物たちを配置することで、多面的なハミルトンのキャラクターを読み取りやすくしているわけですね。冒頭に『オズの魔法使い』にちょっと触れましたが、ハミルトンにとっての三人組は、ドロシーにとってのかかし、ライオン、ブリキの木こりですね。

この後、騒ぎになるとやばいから落ち着きなよ、と入ってくるバー。それにかぶせるようにさらに煽っていくハミルトン。面白いのは、そのハミルトンが急に不安になるところ。

[Hamilton] Oh, am I talkin' too loud? Sometimes I get over excited, shoot off at the mouth. I never had a group of friends before; I promise that I'll make y'all proud.
[ハミルトン] あれ、俺って大声でしゃべりすぎ?ときどき興奮しすぎて、口から出まかせ言っちゃうんだよな。こんなに友達がたくさんできたの、始めてなんだよ。みんなをがっかりさせないって誓うからさ。

この「認められたい願望」がハミルトンの最初の動因。ふつうの一〇代の男の子という感じで、感情移入しやすい(?)。この後、ローレンズが「こいつをみんなの前に連れていこうぜ!」とかまわずに盛り上がりは続きますが、騒ぎのなかでハミルトンは過去を振り返り、内面を見つめます。

[HAMILTON] I imagine | death so much it feels more like a memory. When's it gonna get me? In my sleep? Seven feet ahead of me? | If I see it coming, do I run or do I let it be? | Is it like a beat without a melody?
[ハミルトン] 死ぬことを考えすぎて、死を思い出の中のことみたいに感じるんだ。いつ死は俺をつかまえる?寝ている時か?今、7フィート前にいるのか?もし死が向かってくるのが見えたら、俺は逃げる?それとも受け入れる?メロディのないビートみたいなもんかな?

"I imagine death~"は、以降も重要場面で繰り返されるテーマ(“19. Yorktown,” “45. The World Is Wide Enough”)。この後、過去の呪縛を振り切って革命に本格的に身を投じる決意を固めていきますが、ある意味、死と隣り合わせだった子供時代からくる心理的不安定さがハミルトンのノンストップな生き方を決めている、と。

最後、"I am not throwing away my shot" を全員で合唱。ハミルトンだけではなく、ローレンズ、ラファイエット、マリガン、そして、独立革命へと盛り上がっていくアメリカの "I want" song となるのでありました。 (そして、取り残されるバー・・・。)

2017年2月16日木曜日

ソーシャル・メディアとHamilton―twitter, podcasts, YouTube, etc.

『ハミルトン』、このブログではリリックの一部しか引用しませんが、全部見たい方は、

Genius- Hamilton: An American Musical

をご参照ください。"Verified lyrics"ということで、リン‐マニュエル・ミランダ本人のお墨付きです。さらに、ほぼフレーズごとに注釈がついています(全部読むのはたいへん、というか、絶対無理!)。

他にも、ソーシャル・メディアにどんどん広まっているのが、このミュージカルの人気の一因でも結果でもあるようです。twitterやfacebookを見ると、ミランダが超社交的というか、どこから見てもいい人、というのも人気の理由のような。

公式twitter
https://twitter.com/HamiltonMusical

公式facebook
https://www.facebook.com/HamiltonMusical/
# YouTubeにfacebookでのファンにキャストたちが答える動画がいくつもあげられています。出てくる人、出てくる人、みんなスーパー・フレンドリーです。

公式YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCKhSqWRvBtjlivrs_xeT5aQ

YouTubeには公式のものから著作権微妙なものまで、毎日やまほどの動画がアップされています。増えすぎていて、変なのもたくさん。オリジナル・キャスト・アルバムを"swear word"が出るたびに加速していくものとか、登場人物が全員ミランダの顔のお面をつけて曲を演じたものとか、『ハミルトン』映画版の予告編(もちろん偽物)とか・・・。歌詞つきのものは憶えて練習するのに便利(hamilton musical lyricsで検索)。

podcastにも面白いのがあります。おすすめは、

The Room Where It's Happening: A Hamilton Fan Podcast
http://www.earwolf.com/show/the-room-where-its-happening/
司会もゲストもエンターテイメント業界の人で、作り手側の視点から『ハミルトン』がどう見えているのかよくわかります。とくに、『ハミルトン』編曲・音楽監督のAlex Lacamoire、舞台デザインのDavid Korins(カニエ・ウェストやレディ・ガガの舞台装置も手掛けている)の回は、作品がどれほど作りこまれているかを知れて必聴。さらに、オリジナルキャストのAnthony Ramos(ローレンズ/フィリップ役)、Jasmine Cephas Jones(ペギー/マライア・レイノルズ役)も出演。Ron Chernow(原作?者)やAlex Horwitz(『ハミルトン』製作の初期段階から取材してPBSのドキュメンタリー Hamilton's Americaをまとめた人物)、Utkar Ambudkar(準備段階でバー役をつとめていたインド系のラッパー)の回も興味ぶかい。

Hamilton the Podcast
https://itunes.apple.com/us/podcast/hamilton-the-podcast/id1087073710?mt=2
同名のpodcastが複数あるようですが・・・。二人の『ハミルトン』ファンが各曲紹介を中心に進めている。歴史的事実や音楽・文学・ミュージカルからの引用個所をていねいに調べて解説してくれていてお勉強になります(自分で時間をかけてあれこれ探りたいかたは聞かないように!)。"5. Aaron Burr - The Villain in Your History?" はバーの伝記 Nancy Isenberg, Fallen Founder: The Life of Aaron Burr (Penguin Books, 2008) や the Aaron Burr Association の情報をもとに、バー支持者によるバー像をまとめていて必聴です。(バーについては、有名作家 Goa Vidal の Burr: A Novel (Vintage, 2000)という小説も出てるんですね。へー。)

Pod4Ham
https://www.theincomparable.com/pod4ham/
こちらはファンが集まって、1回1曲ずつテーマに盛り上がる。参加している気分で、気楽に聞けます。

Hamilton Wiki
http://hamiltonmusical.wikia.com/wiki/Hamilton_Wiki
wikiaというfandomサイトを使ったファンダム。

こうしたインターネット、ソーシャル・メディアで広める・広まる一方で、劇場前で役者たちがパフォーマンスする Ham4Ham なるイベント(これもYouTubeにたくさんアップされています。ほかのミュージカルの出演者も登場したりして)もあって、演者と観客の近さ(のイメージ)を作り出しています。

ミランダやラカモアのインタビューなどを読んだり聞いたりしていると、ここまで製作過程や手法を明かすものかと驚かされます。話しても真似できない、という自信があるんですかね。また、製作者それぞれやキャストとの関係も友人同士、同じレベルに立ってという感じ。舞台の演出家というと独裁者というイメージがあったので(私だけ?)、これも新時代のミュージカルの一面かなと感じています。

日本語でのインターネット上の情報は、「ヒットしてますよ」的な簡単な紹介や例のマイク・ペンス事件(というか、その後のトランプtwitter事件?)の時のニュース記事以外少ないなあと思っていたのですが、ぽろぽろと見つかりますね。

今だと、町山智浩さんとライムスター宇多丸さんの対談がいちばん読まれそうな記事でしょうか。ちょっと微妙な間違いが多いのが気になります(ミランダとハミルトンを混同していて、ハミルトンがスペイン語圏からの移民になっている・・・)。

「ハミルトンめぐり」という『ハミルトン』ファン(Hamilheadと英語では言うらしいです)の方のブログも見つけました。実際に、ブロードウェイで観劇されたそうで、近距離からミランダを撮った写真もアップされています。

そしてなんと、ミュージカルの歌詞の翻訳をブログにアップしている方が、『ハミルトン』全訳を終えておられるようです。

これから、だんだんと日本語記事も増えていくのではないかと期待しています。

2017年2月14日火曜日

"2. Aaron Burr, Sir" (from Hamilton: An American Musical)

"2. Aaron Burr, Sir"、"3. My Shot"、"4. The Story of Tonight"の3曲はワンセット。次の "5. The Schuyler Sisters"も含めて、第一幕の主要キャラクターが(ジョージ・ワシントンを除いて)みんな登場。

 *

"2. Aaron Burr, Sir"
1776年のマンハッタンの街角、ハミルトンは生涯のフレネミー、アーロン・バーと出会い、大学を短期で卒業するための秘訣を聞きだそうとする。そこに革命仲間となるローレンズ、ラファイエット、マリガンが酔っぱらって登場し、バーにからみはじめて・・・。

出会いの場面から、ハミルトンとバーの性格の違いが描きだされます。

[HAMILTON] Yes, I wanted to do what you did: graduate in two, then join the revolution. [...] So how’d you do it? How’d you graduate so fast?
[ BURR ] It was my parents' dying wish before they passed.
[ HAMILTON ] You're an orphan. Of course, I'm an orphan. God, I wish there was a war! Then we could prove that we're worth more than anyone bargained for.
[ハミルトン]そうです、あなたがやったように、二年で卒業して、すぐ革命に参加したかったんで。[...]で、どうやったんです?どうやってそんなに早く卒業できたんです?
[バー]亡くなった両親の生前の願いだったんでね。
[ハミルトン]あなたも孤児なんだ。ですよね、俺も孤児なんです。まったく戦争が起こらんもんですかね!そうすりゃ、俺たちが誰よりも値打ちのある人間だって証明できるのに。

初対面の先輩なのでこの時点では(というかこの時点だけは)低姿勢ではありますが、ハミルトンくん、会ったとたんに言いたいことをまくしたてます。一方、バーの返答は返答になっておらず、めんどくさそうなやつだな、いい加減にいなしておこう、という雰囲気がありあり(ちなみにバーの父はプリンストン大学(の前進)の学長で、「両親の望みで」というのはそういう含みもあります)。それでも「孤児」という共通点にとびついて、ノンストップにしゃべりつづけるハミルトン。このやっかいな後輩に対してバーが与えるのが、

[Bur] Talk less, smile more. Don't let them know what you're against or what you're for.
おしゃべりは控えめ、笑顔多めに。何に反対で何に賛成なのか、人に知られないようにしなさいよ。

というある意味妥当(革命うんぬんで捕まったり殺されたりもあるかもしれないので)、だけど、ハミルトンという人格には不可能なアドバイス。とにかく、思いついたら突進というハミルトン/周りの様子を見て慎重に慎重にのバー、という対比がポイント。

そこで登場するのが、酒場で盛り上がっているローレンズ、ラファイエット、マリガン。テーブルを叩いて、ボイスパーカッションしながら、それぞれラップを1ヴァースずつ披露していきます。ラップでいうところの、いわゆる「サイファー」の場面。

[Laurens] I’m John Laurens in the place to be! ● Uh, two | pints o' Sam Adams, but I'm working on three, uh! | ● Those redcoats don't want it with me, ● 'cause I will | pop chick-a-pop these cops ● 'til I'm free! |
[ローレンズ] 俺、ジョン・ローレンズ、ここ、俺の庭。サム・アダムス2杯飲んで、さらに今3杯目。赤コートのポリ公どもも俺をよけて通る、捕まってもバンバカバンってぶったいてハイ釈放。
 # 太字アンダーライン(単語からずれているところは●)が4拍子の拍が入るところ。

[LAFAYETTE] Ah oui | oui, mon ami, je m'appelle LafayetteThe | Lancelot of the revolutionary set! I | came from afar just to say "Bonsoir!" Tell the | king, “Casse-toi!” Who's the best? ○ C’est moi! |
[ラファイエット] あらまあ、ご友人、俺、ラファイエット。革命組の騎士ランスロット。はるばる来たよ、「こんばんわあ」。王様にも言っちゃうよ、「失せな」って。誰がいちばん?ってそれはまあ俺じゃん。
 # ○はちょっと間が入るところ。

[MULLIGAN] | Brrrah, brraaah! ● I am Hercules Mulligan. Up | in it, lovin’ it, yes, I heard your mother say “come again?” | ● Lock up your daughters and horses, of course, it's | hard to have intercourse over four sets of corsets. |
[マリガン] バババン、バババ! 俺はハーキュリーズ・マリガン。アゲアゲで楽しんで、お前の母ちゃんも「また来てね」。娘も馬も閉じ込めときな、楽じゃないけどな、コルセット四つ越しにヤルのは。

ローレンズの "in the place to be" は、Run-D.M.C., "Here We Go"The Beasty Boys, "Slow and Low"など初期ヒップホップによく出てくるフレーズ。ラファイエットはフランス語交じり(訛りはフランス人が聞くと微妙?)。マリガンの "Brrrah"(別の曲でも出てくる)は、ラッパーが使うマシンガンの擬音(マスケット銃しかない時代なはずなのに)。マリガンの最後のところは正直言ってはっきりは意味がとれない(とpodcastでアメリカ人も言ってたような)。

ヒップホップの引用元が示すように、ラップとしては(わざと)初期の荒くて単純なスタイルをとっていて、意図的に、内容も薄い、まあ単なる自慢話になっています。これがポイントで、次の曲 "3. My Shot"につながることで重要な意味をもちます。

この後、バーに三人組がからみ始め(優等生にからむ不良たちの図)、「おや、プリンストンの神童、アーロン・バーじゃねえか、お前もラップしてみろよ」と迫ります("Well, if it ain’t the prodigy of Princeton college! Aaron Burr, give us a verse.")。バーが軽くいなそうとしたところ、横から出てきたハミルトン。何なんだ、このガキは?と三人組。とここまでが、"2. Aaron Burr, Sir"。

 *

ミランダによると、ここでの人物の出会い方(まず未来の敵役、それから友人)はハリー・ポッター・シリーズで、魔法学校でハリーがまず敵のドラコ・マルフォイと出会い、その次にハーマイオニーとロンと出会うのをイメージしたらしい。

映画版ハーマイオニーがミランダにインタビューした映像が
Emma Watson interviews Lin-Manuel Miranda for HeForShe Arts Week
国連の女性の権利に関する意識向上プログラム向けにつくられたものみたい。エマ・ワトソンは『ハミルトン』を観たばかりらしく、最初からかなりハイテンションです。ワトソンのビートボックスでミランダがフリースタイル・ラップします(笑)。

2017年2月13日月曜日

『ハミルトン』第一幕―登場人物、年表

『ハミルトン』第一幕では、アメリカ独立騒ぎのなかで成り上がりを目指すハミルトンが、長年のライバルとなるバー、独立革命仲間ローレンズ、ラファイエット、マリガンの3人組と出会い、ワシントン将軍に見込まれその右腕となって秘書・軍指揮官として尽力、アメリカ合衆国が彼らの活躍によって独立を果たす過程が描かれます。一方で、ハミルトンがスカイラー姉妹と(裏ではバーが既婚女性と)出会い・・・という恋バナもあり。

 *

第一幕、主要登場人物: 
[名前のリンクは、Biography.com (www.biography.com)より。Wikipediaより信頼がおけて、動画もついています。リンクの記事が長いなあと思う人は、mini-biographyを見てください。]

アレグザンダー・ハミルトン(Alexander Hamilton)
1755/1757年生、1804年没(ミュージカル中では二つの有力な説の間をとって1756年生まれ)。アメリカ合衆国初代財務長官。米10ドル札紙幣の顔。

アーロン・バー(Aaron Burr)
 1756年生、1836年没。アメリカ合衆国第3代副大統領。ハミルトンを決闘で打ち殺したことで歴史に名をとどめる(二人の決闘の経緯についは、こちら)。

ジョン・ローレンズ(John Laurens):
ハミルトンの一番の親友。南部サウスカロライナ州の大農園主の息子だが、徹底した奴隷制反対論者。黒人で編成された軍を率いるのが夢。

マルキ・ド・ラファイエット(Marquis de Lafayette)
フルネームはMarie-Joseph Paul Yves Roch Gilbert du Motier, Marquis de Lafayette。“Marquis”は侯爵で、フランスの貴族の出。アメリカ独立の動きに刺激を受け渡米(1777年→1776年より後!)、フランスとのパイプ役を務めながら独立戦争に無償で参加。

ハーキュリーズ・マリガン(Hercules Mulligan):
ハーキュリーズは古代ギリシャの神様ヘラクレスの英語読み。作ったみたいな名前ですが実在の人物の本名。アイルランドからの移民で、ニューヨークのズボン縫製職人。アメリカ独立の中で活躍して成り上がることを夢見ている。イギリス軍にスパイとして潜入。

ジョージ・ワシントン(George Washington)
1732年生、1799年没。アメリカ合衆国初代大統領(1789年-1797年)。独立戦争においてはアメリカ大陸軍の総指揮官をつとめる。

アンジェリカ・スカイラー(Angelica Schuyler):
ニューヨークの資産家・有力者フィリップ・スカイラー(Philip Schuyler)の長女。最新の思想や政治情勢にも通じた才女。

イライザ・スカイラー(Eliza Schuyler):
スカイラー家の次女。イライザは Elizabeth の愛称。ハミルトンの妻になる。長姉アンジェリカのかげに隠れた存在だが、周囲から信頼が厚く、行動力もある。

ペギー・スカイラー(Peggy Schuyler):
スカイラー家の三女。ペギーはMargaritaの愛称。まだ幼く両親の影響下にある。若くして亡くなったため、『ハミルトン』では第一幕のみの登場。

ジョージ三世(King George)
1738年生、1820年没。アメリカ独立時のイギリス国王(在位1760年-1801年)。

チャールズ・リー(Charles Lee):
イギリスの軍人の家に生まれ、イギリス軍、ポーランド軍で戦歴を重ねた後、アメリカに渡る。独立戦争時、将軍としてアメリカ大陸軍の副指揮官につくが、総指揮官のワシントンと対立する。(『ハミルトン』では徹底的に無能に描かれていますが、実在のリーは七年戦争や独立戦争でも活躍した、それなりに有能な軍人だったようです。)

サミュエル・シーブリ(Samuel Seabury):
米国聖公会の主教(bishop)。王党派つまり独立反対派で、”A. W. Farmer”の筆名で独立派を批判する「大陸会議の審議についての私的見解 Free Thoughts on the Proceedings of the Continental Congress」(1774)を出版、ハミルトンに論駁される(“Farmer Refuted” 1775年→1776年より前!)。


年表もつけてみます(『ハミルトン』劇中の年度を中心に)。

第一幕
1756  カリブ海ヴァージン諸島の小島ネイビス(Nevis、英語読みでは「ニーヴィス」;現在のクリストファー・ネイビス連邦)で、スコットランド系の父ジェイムズ・ハミルトン、フランス系の母ラシェル・フォーセット(Rachel Faucette)のもとにハミルトン誕生。その後、デンマーク領のサン・クロイ (St. Croix; 1916年にデンマークがアメリカ合衆国に売却、現在はアメリカ領)に移動。
1766  ハミルトンの父失踪。
1768  ハミルトンの母死去。
1770  ハミルトン、サン・クロイのクリスチャンステッドの貿易会社で働き始める。
1772  サン・クロイをハリケーンが襲い、クリスチャンステッドの町は壊滅的被害を受ける。その様子を書いたハミルトンの記事が地元の新聞で出版、感心した商人の集めた資金で、ニューヨークで教育を受けることに。
 [ここまで、“1. Alexander Hamilton”]
1773 ボストン茶会事件。ハミルトン、ニューヨークのKing’s College(現在のコロンビア大学)に入学。
1775 アメリカ独立戦争始まる。ボストン包囲戦で、ワシントン将軍、アメリカ大陸軍を編成。
1776  アメリカ独立宣言。ニューヨークで、ハミルトンとバー、ローレンズ、ラファイエット、マリガンの出会い。
 [“2. Aaron Burr, Sir,” “3. My Shot,” “4. The Story of Tonight”]
スカイラー姉妹、マンハッタンの街にくりだす。
 ["5. The Schuyler Sisters"]
ハミルトン、The Farmer Refutedで、独立反対派のシーブリを論駁。
 [“6. Farmer Refuted”]
(←ラファイエットの渡米が1777年なように、劇的構成(独立宣言の年に物語開始を合わせる)のために史実の改変があります。“Farmer Refuted”も実際の論戦は1774-5年に行われたもの。ハミルトンとマリガンがイギリス軍から大砲を強奪したのも1775年のことです。)
ハウ将軍率いるイギリス軍、ボストンから撤退、ニューヨークへ兵力を集中、ロウワー・マンハッタンを占拠。ハーレム・ハイツの戦い。
 [“7. You’ll Be Back,” “8. Right Hand Man”]
1777  ハミルトン、ジョージ・ワシントンの秘書に。
 [“8. Right Hand Man”]
1778  仏米同盟条約で、フランスとアメリカ合衆国がイギリスに攻撃された場合の相互支援を約束)、フランス参戦。
1779 フランスの同盟国スペインも参戦("21. What Comes Next?” に言及あり)。
1780  ハミルトン、スカイラー姉妹と出会う。~ハミルトンとイライザが結婚。
 [“9. Winter’s Ball,” “10. Helpless,” “11. Satisfied,” “12. The Story of Tonight
 (Reprise),” “13. “Wait For It”]
 モンマスの戦い―リーが副司令官になるが、ワシントンの方針に従わず、ラファイエットと交代させられる。ワシントンとリーの対立激化。
 [“14. Stay Alive”]
(←歴史上のモンマスの戦いは1778年。アメリカ建国という「仕事」とイライザとの「家庭」との両立(あるいはその失敗)というテーマを強調するために順序が入れかわっている。)
 リーとローレンズ(ハミルトンの代理)の決闘、ワシントンがハミルトンを自宅謹慎にする。
 [“15. Ten Duel Commandments”、“16. Meet Me Inside,” “17. That Would Be
  Enough”]
1781  ヨークタウンの戦いでハミルトンが歩兵隊を指揮し活躍、アメリカ大陸軍勝利に貢献。
 [“18. Guns and Ships,” “19. History Has Its Eyes on You,” “20. Yorktown (The
 World Turned Upside Down),” “21. What Comes Next?”]
1782 ハミルトンとバー、ニューヨークで弁護士に。ハミルトンの第一子フィリップ誕生、翌年、バーの第一子シオドゥジア(Theodosia)誕生。
 [“22. Dear Theodosia”]
1783 パリ条約(1784年批准)、アメリカ独立戦争が正式に終結。
1787 アメリカ合衆国憲法制定会議、ハミルトンはニューヨーク州代表として参加。
1788  ハミルトン、マディソン、ジョン・ジェイによる合衆国憲法擁護論The Federalist Papers出版。アメリカ合衆国憲法発効。
 [“23. Non-Stop”]
1789  ワシントン、アメリカ合衆国初代大統領に。


作劇の事情で、少しずつ史実とずれるので、年表作成はそれなりにたいへん。
YouTubeに『ハミルトン』を史実から検証するビデオがあがっていますので、こちらも参考に。
こちらとかこちら

[ 追記:第二幕の登場人物・年表はこちら。]

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さて、二曲目 "Aaron Burr, Sir"、時代設定は1776年で物語が始まります・・・。

2017年2月11日土曜日

Hamilton: An American Musical―歌詞、YouTube、podcasts

このブログで引用する Hamilton: An American Musical の歌詞は、

Lin-Manuel Miranda and Jeremy McCarter. Hamilton: The Revolution. New York: Grand Central Publishing, 2016.

に準じています(そうでない場合は、私のタイプミスです。すみません)。 このHamilton: The Revolution、内容も面白いですが、ヴィジュアル的にもよくできた本でおススメ。馬鹿でかいのが難ですが・・・。

他、『ハミルトン』の歌詞は、Genius (https://genius.com/)に、ミランダの認可版が出ています。こちら。Geniusは歌詞・リリックにファンがコメントをつけられるのが特徴。『ハミルトン』の各曲についても、引用の元ネタなど、さまざまな情報をしることができます。

あと、YouTube。『ハミルトン』の楽曲のさまざまなヴァージョンがあがっています。歌詞つきやカラオケ・ヴァージョンもあるので、練習するにはもってこいです。

プラス、podcasts。検索すると、いくつかのファンによる『ハミルトン』podcastsが見つかります。おすすめは、The Room Where It's Happening。ハミルトンのキャストや編曲のラカモア、原作者?のチャーナウも登場しています。裏ネタはこれで。

このソーシャル・メディアとの結びつきも、『ハミルトン』がこれまでのミュージカルと大きく違う点ですね。

"1. Alexander Hamilton" (from Hamilton: An American Musical)

さて、1曲目、”Alexander Hamilton”。

内容は簡単にいうと、アレグザンダー・ハミルトンがアメリカに渡るまでの経緯を一曲にまとめたもの。

カリブ海の小さな島Nevisで生まれ、St. Croixで育ち、10歳で父が失踪、12歳で母が死去、14歳で奴隷を商品として扱うような市場で働き始め、17歳のときに島がハリケーンで壊滅、そのときの様子を書いた記事が新聞に掲載され、それに感心した地元の商人たちが集めた金でアメリカ本土へと送られる・・・、

と伝記的データも補いながらまとめると、以上のような話(Chernowの伝記の最初の数十ページを1曲に収めてしまいました)。かなりえぐい生い立ちです。また、父と母が正式には結婚しておらず、移民であったというこの生い立ちは、ハミルトンが成功してからも彼にとっての影の部分として影響を与えます。
(ちなみに上のハミルトンの年齢ですが、これはミュージカル上の年齢になります。ハミルトンの生年については、1755年か1757年か、歴史家のあいだで見解が分かれているそうで、ミランダはその中間をとって、1756年生まれとして描いています。)

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曲はラップがメイン。アーロン・バーを中心に、主要登場人物たちが語っていく形式。ここではまだ、それぞれ誰なのかがわからないのですが、フロウの違いやどの部分を語るかである程度の人物描写がされています。

で、バーによる冒頭部分。行わけなしで書くと、

[Burr] How does a |bastard, orphan, son of a whore and a |Scotsman, dropped in the middle of a forgotten |spot in the Caribbean by Providence, impoverished in |squalor grow up to be a hero and a scholar?
[バー] 私生児で、孤児で、売女の息子、スコットランド人で、神の意志で汚辱にまみれたカリブ海の忘れられた土地のただ中に産み落とされたやつが、いったいどうやって英雄で学者になれるんだ?

18世紀の価値観のなかで、ハミルトンという存在がどのように見られていたかを1ヴァースでまとめています。今だと、"bastard" や "son of a whore" は差別用語ですし、スコットランド人でなんで悪い?となりますが、シェイクスピア劇に出てくる "bastards"は全員悪役と決まっているし、まあ、そういう考え方が残っている時代だったわけです。
(ヒップホップ調なので、どのぐらい前の話かをつい忘れてしまうそうですが、18世紀後半、西洋音楽史でいうとモーツァルトの時代です!)

音韻的にいうと、internal rhymes (行内での韻)も含め、"o" の母音韻が協調されていますね。下線に太字の部分がストレス(強勢)が置かれる部分。"bastard"から1小節目が始まる("How does the"はその前の小説に入れる)感じで、4分の4拍子をとりながら読んでみてください。スピードがゆっくり、リズムも一定なので、そんなに難しくないです。

以降、登場人物がバー以外はそれぞれ1バースずつ披露、ハミルトンの生い立ちを語る。そして、中間で "My name is Alexander Hamilton" とハミルトンが登場。重要なラインは、

[Hamilton] There’s a million things I haven’t done. Just you wait.
[ハミルトン] まだやり遂げていないことばかりだけど、今に見てろよ。

以後くり返し登場するフレーズ。Hamiltonの生き方の基本姿勢といってよいでしょう。そして、

[Company (Hamilton) ]In New York you can be a new man (Just you wait)
[ 全員 (ハミルトン)] ニューヨークでは誰でも新しい人間になれるんだ(今に見てろよ)

と、ニューヨークへと乗り込んでいきます。舞台上(大きな船がモチーフになっているようです)では、他の登場人物からジャケットやカバンを受け取ったハミルトンが、右にあるハシゴから舞台奥の廊下へとあがり、左のハシゴから降りてくる、これでニューヨークへの移動を示しています。(ここ、ニューヨーク賛歌になっているのもポイントです。なんといってもニューヨークのブロードウェイでの上演ですので。)

他の曲でも、一曲中でずいぶん長い時間を表現したりする。通常の劇ではなく、歌というフィクション性が高い部分を含んだミュージカルの特性をうまく生かしている部分だと思います。

締めの部分、それぞれハミルトンとどういう関わりをもったのかを登場人物たちが表明していきます。そして、最後が

[Burr] I’m a damn fool that shot him.
[バー] おれはあいつを撃ち殺したどうしようもない阿呆だ。

バーがハミルトンを決闘で殺したという事実は、アメリカ人ならたいてい知っている教科書的常識なので、この一節を聞いてオーディエンスは「ああ、こいつはバーだったか」と霧が晴れたように納得するわけです(アメリカ人以外にはピンときませんが)。

ラップ形式でミュージカル全体のトーンを決定し、ハミルトンの一生のおおよその行程とその元となった生い立ちを、無理のないかたちで伝える、また他の登場人物たちをぜんぶは明かさない形で見せる、また語り手としてのバーの役割を示す・・・完璧なイントロダクションですね。

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この曲は、2009年5月26日、就任直後のバラク・オバマ大統領主催でホワイトハウスで行われたスポークン・ワーズ・イヴェントのトリで最初に披露されたものです(ミランダ+編曲者のラカモアのピアノ伴奏)。その時には、バーが一人で全体を語る設定でした。

ミランダは前作 In the Heights(作詞作曲Lin-Manuel Miranda/脚本Quiara Alegria Hudes;初演1999年; トニー賞作品賞受賞2008年;これも傑作)からの曲を演じる予定だったようですが、急きょ予定を変更。その時はまだMixtapeヴァージョンをつくる、としか決まっていなかったアレグザンダー・ハミルトンの企画をお披露目することになりました。

ネット上ではこの時の様子を動画で観ることができます。最初の紹介で、ヒップホップを体現している人物が主題で、それはアメリカの初代財務長官ハミルトンだ、とミランダが言ったところで大きな笑いが起こります。ところが、曲が終わったあとは、総立ちのスタンディング・オベーション。これは、トニー賞授賞式でオバマ大統領が言及しているとおり。

このあたりの経緯は、いろいろ読んでいるとすでに、ミュージカル史上の「伝説的出来事」のひとつという扱いを受けているようです。

ネットを見ると、ミュージカルが成功後、ホワイトハウスでパフォーマンスするキャストの動画がたくさん見つかります。傑作はジェファソンが創設した大統領付きの吹奏楽団が演奏する向こうで、ジェファソン役のダヴィード・ディグズ(Daveed Diggs)がおどけている映像

半分冗談ですが、トランプ政権下のアメリカの現況を見ていると、オバマ元大統領の最大の「遺産」はミュージカル『ハミルトン』が誕生するのを手助けしたこと、となったりして、と思ったり・・・。

『ハミルトン Hamilton: An American Musical』:あらすじと全体構成

ミュージカル『ハミルトン』のあらすじをできるだけ簡単に言うと、

カリブ海の島に生まれたアレグザンダー・ハミルトンが独立直前のアメリカへと渡り、独立戦争時からジョージ・ワシントンの右腕として活躍、独立後もワシントン大統領のもとでアメリカの国家制度づくりに貢献する。一方で、妥協を知らない性格から政敵を多数つくってしまい、最後は合衆国第3代副大統領アーロン・バー(Aaron Burr)との決闘で命を落とす、

というものです。

もちろん、それ以外にもさまざまな要素、恋や友人や家族なども絡んでくるわけですが、基本的には史実に沿った歴史ものです。史実が何か、というのは常に問題になるわけですが、リン‐マニュエル・ミランダが明かしている通り、ミュージカル『ハミルトン』が描くハミルトンは、2004年に出版された Ron Chernow, Alexander Hamiltonという大冊の伝記にほぼ従っています。

Chernowは史実に関するアドヴァイザーという立場で、『ハミルトン』制作初期から直接企画に関わっています。英語圏の本屋に行くと、伝記ものコーナーというが小説コーナーと同じぐらいの棚を占めていて、伝記ものしか読まないという読者もいる。Chernowは独立時の伝記もので有名な伝記作家で、ミュージカル『ハミルトン』のずっと前から人気作家のようです。

「史実が何か、というのは常に問題になる」と書きましたが、Chernowの本はかなりハミルトン側から書かれているらしく、彼の本にも、『ハミルトン』にも、特に敵役で描かれるジェファソンやバーに関して批判はあるようです。ただし、全般的には、歴史家のあいだでも『ハミルトン』はかなり史実に忠実だと評価を受けています。(さらに、歴史の先生方にとっては、このミュージカルのおかげで生徒が歴史に興味をもってくれた!というのがあるらしく、まあ、文句は言いにくいですね、笑)。

ネット上にも検証記事があがっているので、history buff(歴史マニア)の人は調べてみてください。

ミュージカルの作劇上の構成では、ハミルトンのフレネミー(friend+enemy)で、最後に決闘でハミルトンを殺してしまうアーロン・バーが冒頭から語り手、いわゆる狂言回しの役で登場するのがポイントでしょうか。この選択が、劇としての『ハミルトン』の成功の大きな部分を占めているように思います。バーがポイント、ポイントで、場合によってはずっと後の時代の視点も織り交ぜながら進行を観客に伝えることで、テンポが速いこの作品を受け取りやすくしています。
(ちなみにこのバーがハミルトンを殺す、というのはアメリカ人なら必ず知っている史実らしく、ネタばれにはなりません。『ハミルトン』でも冒頭の "Alexander Hamilton"で明かされますし・・・。)

べつの重要なポイントはこれが、"sung-through"ミュージカルだということでしょう。つまり、(基本的に)歌だけをつなげて作品が構成されている。ミュージカルでは、劇の部分と歌の部分の割合が作品よってさまざまですが、登場人物が会話する場面というのがあるのが普通です。ただし、『ハミルトン』や『ジーザス・クライスト・スーパースター』といった作品では歌だけをつないで、あらすじも分かるように構成されている。

これはなかなか劇場へ行けない(あるいは私のような「行かない」)観客にとってはまことにありがたい。何故かというと、オリジナル・キャスト・アルバムとかを聞けば、全体の話が分かるからです。"sung-through"でない作品だとアルバムを買っても、曲と曲のあいだで何が起こったのか分からない、つまり、舞台を観てからでないと十分に楽しめないわけです。

『ハミルトン』のヒットの要因はこのあたりにもあるでしょう。アメリカ人でもほとんどの人はNYのブロードウェイまで行くのは難しいし、チケットも馬鹿高い。ネット上で『ハミルトン』をネタに盛り上がっている人たちの多くは、OBC(オリジナル・ブロードウェイ・キャストの略)アルバムと、ネット上の情報で楽しんでいるわけです。それでも、十分楽しめる、というのがミソ。

実際には、『ハミルトン』にはOBCアルバムには収録されていない場面があって、また舞台でみないとわからない点も多数あるわけですが、そのあたりは、Hamiltomeとファンのあいだでは呼ばれている馬鹿でかい本 Hamilton: The Revolution (各曲の歌詞と製作エピソードを書いたエッセイを収録)を読んだり、ファンが作っているpodcastsを聞いたりして補っていく。そうした要素を残しているのもうまいところですね。

このブログでも、どのぐらい「ネタばれ」をしてよいのか、悩みどころです。何も知らないでみたい、アルバムを自分で聞きたい、という人は、このブログは見ないほうがいいかもしれません、とアラートしておきます・・・。

構成についてもまだ書くことは多いですが、各曲の紹介に回したいと思います。

『ハミルトン Hamilton: An American Musical』紹介‐イントロ

ブロードウェイの大ヒットミュージカル 『ハミルトン:アン・アメリカン・ミュージカル Hamilton: An American Musical』(以降、『ハミルトン』)。

日本でも多少話題になっていますが、本国アメリカ合衆国での盛り上がりにくらべると、まだまだ紹介が少ない気がします。(先日YouTubeで、トニー賞授賞式のときのパフォーマンスに日本語字幕がついているのを見つけました。アップした人、Good job!)

『ハミルトン』 はリン‐マニュエル・ミランダ(Lin-Manuel Miranda)脚本・作詞作曲・演出によるミュージカルで、2015年1月からオフブロードウェイで上演、同年7月からはブロードウェイに。2016年度のトニー賞のミュージカル16部門中、11部門を獲得しています。

普通のミュージカルならこれだけの説明でも「すごいや」となりますが、『ハミルトン』人気のほんとうにすごいところは、ブロードウェイやミュージカルのファンだけではなく、また一つの世代だけではなく、アメリカの老若男女が熱狂しているところです。

20世紀後半からはアメリカでも日本でも、若者文化の台頭で、世代間の趣味の違いが顕著になり、誰でも楽しめる的なものはどうしても薄っぺらになりがちで、それがミュージカルの低迷にもつながっていたわけですが、それを意外な(ただし、起こってみると当然に思える)試みでくつがえしたのが『ハミルトン』なのです。

『ハミルトン』についてまず言われるのが、ヒップホップの使用。ミランダはミュージカルにも、ヒップホップにもほとんどオタク的な知識をもつ人で、日本人でもアメリカのヒップホップに少しでもなじんだ人は、「あ、これはあの~~の!」と盛り上がれる楽曲からの引用が使われています。それも、パクっている、という風にではなく、ヒップホップのミュージシャンたち本人が熱狂するような仕方で(有名アーティストによる『ハミルトン・ミックステープ Hamilton Mixtape』というスピンオフ企画CDも大ヒットしています)。

実際には、ひたすらヒップホップ、というわけではなく、R&Bやジャズ、ブリティッシュ・ポップなど、多彩なジャンルをシンプルだけど説得力のあるアレンジ(アレンジはアレックス・ラカモア(Alex Lacamore)で、ヒップホップはあまりピンとこないという層にもアピールするように作られています。が、全体のトーンを決めているのは、冒頭から多用されるラップ形式のリリックです。

もうひとつだけに限って特筆しておくべき点をあげると、メインキャストがマイノリティ、特にアフリカ系の人たちで演じられていることです。なんだ、今ならそれほど意外じゃないじゃないか、と思うかもしれませんが、『ハミルトン』は18世紀後半のアメリカ独立時に活躍した人々を描いた作品で、メインの登場人物は主人公アレグザンダー・ハミルトンを始め、ジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファソンなど、「もちろん白人」の人物(しかも、そのうちには黒人奴隷所有者だった人物たちもいる)です。
[ 日本語記事では、主人公 Alexander Hamiltonのファースト・ネームは「アレクサンダー」と書かれていることが多いようですが、英語での発音は(『ハミルトン』での発音ももちろん)「アレグザンダー」です。]

驚くべきは、マイノリティ中心のキャストがすんなりと受け入れられ、多くの場合、ポジティブに評価されていることです。なんといっても、ブロードウェイ・ミュージカルはいまだに白人が中心のジャンルであるとみられ、かなりそれは当たっているので、マイノリティが主演キャストを占め、しかもアメリカ建国時の白人の英雄たちを演じるというのは、それだけで挑発的ともいってもいい選択なのです。

他にもあれこれと書きたくなるところですが、そうしてしまうと、とりあえずイントロダクションというこの記事の目的から外れてしまうので、このあたりでまとめ―

『ハミルトン』はミュージカルというジャンル自体を変えてしまうインパクトをもった作品と評価されており、さらには「トランプ現象」と双璧をなす社会現象でもある。このブログではしばらく、このミュージカルの各曲紹介と、『ハミルトン』に関するあれこれを様々な角度から眺めた記事を載せていこうと思います。

はじめに

英語圏文化のあれこれについて、ノート的に記事を書いていきます。

しばらくは今、私が興味をもっている Hamilton: An American Musicalについて、思いついたり、発見して面白かったことを。