ミュージカルにおいて一番重要とされるのが、 “I want” song。舞台や登場人物の設定が終わった後で、主人公が自分の未来の理想を歌う(以降、うまく実現する場合も、ずれていってしまう場合もあるますが)。ミュージカル全体の流れの種となり、劇の流れを決定づける。過去の名作においても佳曲が多い、というか、この "I want"がうまく決まらないと、観客を引き込むことができないのですね(『オズの魔法使い』の「虹の彼方に(Over the Rainbow)」、『マイ・フェア・レディ』の "Wouldn't It Be Lovely"など)。
というわけで、"My Shot"は『ハミルトン』の"I want" song。盛り上がっていきますぜ!
3. My Shot
("2. Aaron Burr, Sir"で、バーと彼にからんできたローレンズ、ラファイエット、マリガンのあいだに割り込んで)ハミルトンが自己主張をを始める。自分の頭のよさ自慢から始め、それからアメリカが独立するべき理由を説いていくうち、ローレンズたちを含め、ほかの聴衆もハミルトンの勢いに呑み込まれていく。思いがけず扇動家としての才能を開花させたハミルトンは、盛り上がりの中で内面を見つめ、過去を振り返り、革命の動きのなかに自分の居場所を見つけていく。
冒頭から登場するコーラス部。『ハミルトン』の中で一つだけ選んで憶えるとしたら、これでしょう。ハミルトンの基本姿勢を示す言葉で、以降の歌でも何度も登場します。
[Hamilton]
I am not throwing away my shot.
I am not throwing away my shot.
Hey yo, I'm just like my country.
I'm young, scrappy, and hungry.
I'm young, scrappy, and hungry.
And I'm not throwing away my shot.
[ハミルトン]
"not" と "shot"の母音(口を大きく開けて発音する「ア」)、それから、3行目のアクセントが置かれたところの母音(こちらは口小さめの「ア」「ウ」「オ」の中間の音)が母音韻(assonance)になっています。ここをグイッと言う感じでリズムをとると上手く唱えられます。"away my"と"shot" のあいだに「ィッ」と間を置く、"I'm"を「ゥㇺ」と短く言うのもポイント。
チャンスは無駄にしないぜ、チャンスは無駄にしないぜ、ほらな、俺はこの国と同じなんだ、若くて、ぐちゃぐちゃで、飢えてる、チャンスは無駄にしないぜ。
"not" と "shot"の母音(口を大きく開けて発音する「ア」)、それから、3行目のアクセントが置かれたところの母音(こちらは口小さめの「ア」「ウ」「オ」の中間の音)が母音韻(assonance)になっています。ここをグイッと言う感じでリズムをとると上手く唱えられます。"away my"と"shot" のあいだに「ィッ」と間を置く、"I'm"を「ゥㇺ」と短く言うのもポイント。
この後、頭がいいぜ、口が達者だぜ、「ストリート」で苦労してきたぜ、とヒップホップ・アーティストお決まりのパターンで自慢話がつづきますが、前曲でのローレンズたちのラップと違い、複数のヴァースに展開し、また情景描写もとりこんだ高度なもの。
ヒップホップの古典からの引用にも注目。まず、Mob Deepからの引用(“I’m only nineteen, but my mind is old. [olderではなく]”- "Shook Ones Part II" from The Infamous (1995))。ラップの定番、名前のつづりを言うところ("A-L-E-X-A-N-D-E-R, we are...")では、the Notorious B.I.G., “Going Back to Cali” (Life after Death (1997))の半ばあたりでBiggyが名前を言うカデンスが使用されています。
曲が進むにつれて、ハミルトンに疑わしげな視線を向けていた周囲の様子が変わっていく。まずローレンズ、次いでラファイエットとマリガン、他の人物たち(群衆)が "I am not throwing away my shot" のコーラスに参加。
そして、ハミルトンに触発された三人組が1ヴァースずつ。それぞれ、内容のポイントだけを抜きます。
[LAFAYETTE] I dream of life without the monarchy.
[ラファイエット] 王政のない世の中が夢なんだ。
[ラファイエット] 王政のない世の中が夢なんだ。
[Mulligan] I'm joining the rebellion cuz I know it's my chance to socially advance, instead of sewin' some pants.
[マリガン] 反乱に参加するぜ、だって成り上がるチャンスだからな、ズボン縫ってる生活から抜け出して。
[LAURENS] Eh, but we'll never be truly free until those in bondage have the same rights as you and me.
[ローレンズ] ああ、でも俺たちが本当に自由になれるのは、縛り付けられた人たち(=黒人奴隷)が君や俺と同じ権利をもつようになる時だ。
ハミルトンが自分の立ち位置を見つけるにつれて、三人組も単なる酔っぱらいの不満分子から、独立において自己が求めるものを自覚する革命家へと変貌。同時に、ラップのスキルも突然向上(笑)。ヒップホップの歴史で、7~8年ぐらい時代をジャンプした感じですね。ミュージカル『ハミルトン』の中では、ラップの力量=その人物の全般的能力、なところが(ヒップホップ力差別の世界!)
劇の構成からすると、この三人はそれぞれ、主人公の一面に対応しています。
ハミルトンが自分の立ち位置を見つけるにつれて、三人組も単なる酔っぱらいの不満分子から、独立において自己が求めるものを自覚する革命家へと変貌。同時に、ラップのスキルも突然向上(笑)。ヒップホップの歴史で、7~8年ぐらい時代をジャンプした感じですね。ミュージカル『ハミルトン』の中では、ラップの力量=その人物の全般的能力、なところが(ヒップホップ力差別の世界!)
劇の構成からすると、この三人はそれぞれ、主人公の一面に対応しています。
ラファイエット: 移民、アメリカにおける他者性、行動の意外性
マリガン: 下層からの成り上がり志向、なりふり構わない行動力
ローレンズ: 理想主義的傾向、奴隷解放の思想
(実際のラファイエットは自腹でフランスからやってきて、独立が決まるとフランスに帰ってしまう、酔狂のコスモポリタンといった人物で、「移民」と呼ぶのは無理そうですが、あくまでこのミュージカルの中の一要素としては、という話です。ふつうのいみでは、マリガンのほうが移民らしい移民ですね。)
こうした人物たちを配置することで、多面的なハミルトンのキャラクターを読み取りやすくしているわけですね。冒頭に『オズの魔法使い』にちょっと触れましたが、ハミルトンにとっての三人組は、ドロシーにとってのかかし、ライオン、ブリキの木こりですね。
この後、騒ぎになるとやばいから落ち着きなよ、と入ってくるバー。それにかぶせるようにさらに煽っていくハミルトン。面白いのは、そのハミルトンが急に不安になるところ。
[Hamilton] Oh, am I talkin' too loud? Sometimes I get over excited, shoot off at the mouth. I never had a group of friends before; I promise that I'll make y'all proud.
[ハミルトン] あれ、俺って大声でしゃべりすぎ?ときどき興奮しすぎて、口から出まかせ言っちゃうんだよな。こんなに友達がたくさんできたの、始めてなんだよ。みんなをがっかりさせないって誓うからさ。
こうした人物たちを配置することで、多面的なハミルトンのキャラクターを読み取りやすくしているわけですね。冒頭に『オズの魔法使い』にちょっと触れましたが、ハミルトンにとっての三人組は、ドロシーにとってのかかし、ライオン、ブリキの木こりですね。
この後、騒ぎになるとやばいから落ち着きなよ、と入ってくるバー。それにかぶせるようにさらに煽っていくハミルトン。面白いのは、そのハミルトンが急に不安になるところ。
[Hamilton] Oh, am I talkin' too loud? Sometimes I get over excited, shoot off at the mouth. I never had a group of friends before; I promise that I'll make y'all proud.
[ハミルトン] あれ、俺って大声でしゃべりすぎ?ときどき興奮しすぎて、口から出まかせ言っちゃうんだよな。こんなに友達がたくさんできたの、始めてなんだよ。みんなをがっかりさせないって誓うからさ。
この「認められたい願望」がハミルトンの最初の動因。ふつうの一〇代の男の子という感じで、感情移入しやすい(?)。この後、ローレンズが「こいつをみんなの前に連れていこうぜ!」とかまわずに盛り上がりは続きますが、騒ぎのなかでハミルトンは過去を振り返り、内面を見つめます。
[HAMILTON] I imagine | death so much it feels more like a memory. When's it gonna | get me? In my sleep? Seven feet ahead of me? | If I see it coming, do I run or do I let it be? | Is it like a beat without a melody?
[ハミルトン] 死ぬことを考えすぎて、死を思い出の中のことみたいに感じるんだ。いつ死は俺をつかまえる?寝ている時か?今、7フィート前にいるのか?もし死が向かってくるのが見えたら、俺は逃げる?それとも受け入れる?メロディのないビートみたいなもんかな?
"I imagine death~"は、以降も重要場面で繰り返されるテーマ(“19. Yorktown,” “45. The World Is Wide Enough”)。この後、過去の呪縛を振り切って革命に本格的に身を投じる決意を固めていきますが、ある意味、死と隣り合わせだった子供時代からくる心理的不安定さがハミルトンのノンストップな生き方を決めている、と。
最後、"I am not throwing away my shot" を全員で合唱。ハミルトンだけではなく、ローレンズ、ラファイエット、マリガン、そして、独立革命へと盛り上がっていくアメリカの "I want" song となるのでありました。 (そして、取り残されるバー・・・。)
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