2017年2月23日木曜日

"5. The Schuyler Sisters" (from Hamilton: An American Musical)

しっとりとした前曲 "4. The Story of Tonight"から、またその前のマッチョでちょっと重苦しかった(汗臭かった?)流れからも一転、"5. The Schuyler Sisters"は弾むようなリズムの底抜けに明るい曲。女性陣の登場で、舞台上もいっきに華やかに。

あらすじ:
ニューヨークの有力者・政治家のフィリップ・スカイラー(Philip Schuyler)の娘3姉妹が、独立騒ぎに湧くニューヨークの街へ繰り出す。

『ハミルトン』では、アーロン・バーが語り手としても登場して、話のトーンが変わるところ、大きな展開があるところで、オーディエンスと作品世界の仲立ちをつとめます。"5. The Schuyler Sisters"の冒頭もそうした箇所。

[Burr] There's nothing rich folks love more than going downtown and slamming with the poor.
[バー] お金持ちがいちばん好きなのは、街中にくりだして貧乏人たちと一緒に騒ぐこと。

ブラック・ミュージックを中心にしたエンターテインメント作品でこのように言われると、1920年代のハーレム・ルネサンスの時代から、白人が黒人街にくりだしてジャズやブルース、アフリカ的(?)なダンスを楽しんできたことを想起します。マイノリティ・キャスト中心の『ハミルトン』の客席も圧倒的に白人の中高年(チケットの額からいってだいたいお金持ち)が多いと聞きますし、オーディエンスへの軽いジャブにもなっているのではないでしょうか。

そしていよいよスカイラー3姉妹の登場。両親からは街には行くなと言われているようですがどこ吹く風の長女アンジェリカと次女イライザ、ちょっと心配げな三女ペギー。

[PEGGY] Daddy said to be home by sundown. パパが日が落ちる前にお帰りって言ってたわ。
[ANGELICA] Daddy doesn’t need to know. パパは知らなくてもいいことよ。
[PEGGY] Daddy said not to go downtown. 街中には行くなって言ってたわよ。
[ELIZA] Like I said, you’re free to go. 何度も言わせないで、行くのは私たちの自由よ。
[...]
[PEGGY] It’s bad enough Daddy wants to go to war. パパが戦争に行きたがるだけでも困りものなのに。
[ELIZA] People shouting in the square. 広場でみんなが叫んでいるわ。
[PEGGY] It’s bad enough there’ll be violence on our shore. 大西洋のこちら側で戦いがあるってだけで大変。
[ANGELICA] New ideas in the air. 新しい思想が飛び交ってるわ。

ペギーの3つ目と4つ目のラインはお母さんの言葉でしょうね。作中では、アンジェリカとイライザが対照的に描かれていて、またハミルトンをめぐって一種の三角関係となるのですが、まだ両親の精神的支配下にあるペギーが入ることで家族の雰囲気をつくってうまく衝突をやわらげています。(舞台衣装もアンジェリカが赤、イライザがその補色の緑、ペギーはその間の黄色です。第二幕でも対立するハミルトン/ジェファソンの衣装が緑/紫ですね。色相図をチェックしてもらうといいかも。)

そこにバーが登場、アンジェリカにからみ始めます(登場人物、語り手だけではなく、さらに、作中での「道化」役としてもバーが活躍しています)。

[Burr] Excuse me, miss, I know it's not funny, but your persume smells like your daddy's got money.
[バー] ちょっと失礼、お嬢さん、笑い話じゃないけれど、あなたの香水はお父さんがお金持ちって匂いがするね。

ここの “Excuse me, miss…” は、Jay-Z/Pharrellへのオマージュ(Jay-Z featuring Pharrel, “Excuse Me, Miss” (2003))、ということですが、このぐらいのフレーズならどこにでも転がっている気も・・・。

次いで、バーのちょっかいに対して一歩もひかず、アンジェリカが「アメリカ独立宣言」の一節を引きながら、フェミニストとしての意見を披露。

[ANGELICA] I’ve been reading Common Sense by Thomas Paine. So men say that I’m intense or I’m insane. You want a revolution? I want a revelation. So listen to my declaration:
[アンジェリカ] 最近、トマス・ペインの『コモン・センス』を読んでるのよね。そうしたら男どもは、私がきついだとか気違いだとか言うの。あんたたちは革命がお望みなんでしょ。私が欲しいのはひらめきよ。私の宣言も聞きなさいよ。
[ALL SISTERS] "We hold these truths to be self-evident that all men are created equal."
[3姉妹] 「我々は以下のことを自明の真理として信じる、すなわちすべての人間(男)は平等に創られているということ」
[ANGELICA] And when I meet Thomas Jefferson, I’mma compel him to include women in the sequel
[アンジェリカ] でさ、トマス・ジェファソンに会ったら、私、続編には女も入れなさいよって突っついてやるわ。

「独立宣言」やアメリカ合衆国憲法が「平等」を謳いながら、女性を相手にもしていないことをきつく批判。アメリカ合衆国で女性の参政権がほぼ1世紀半後の1920年まで認められなかったことを考えると考えさせられます。「あなたたちは革命がお望みなんでしょ。私が欲しいのはひらめきよ」というところも、女性には政治的活躍の機会が認められていなかったことを反映しているかも。

前の記事に、"I am not throwing away my shot"のリフレインがこのミュージカルの一番の憶えどころだと書きましたが、もうひとつあげるとしたら、この曲のリフレインかもしれません。

[ELIZA] Look around, look aroud at how lucky we are to be alive right now.
[イライザ] 周りを見渡してみなさいよ、いま現在を生きているってなんてラッキーなんでしょう。
[ALL SISTERS] History is happening in Manhattan, and we just happen to be in the greatest city in the world.
[3姉妹] 歴史がマンハッタンで起きているのよ、私たちは世界でいちばんの街にぴったり居合わせてるってわけ。

"History..."からの歌詞は本当にリズムがいいですね。頭韻(子音,この場合"h"の音のくりかえし)と、母音韻(ここでは口を横に広げる感じの"a"と"i"/"i:"の音)が効いています。ンタッタターンタタッタンタタータ〜と調子を取りながら唱えていると、落ち込んでいるときにも元気になれそうです。最初はもっと単調なリズムの曲だったようですが、楽屋でのスカイラー姉妹オリジナルキャスト—ルネ・エリーズ・ゴールズベリ(Renée Elise Goldsberry) 、フィリッパ・スー(Phillipa Soo)、ジャズミン・セファス・ジョーズ(Jasmine Cephas Jones)—のノリがデスティニー・チャイルド風だったそうで、オフブロードウェイからブロードウェイまでチューンアップしていく中で現在のリズム、コーラスになったらしい。

実際には、18世紀末のニューヨークはアメリカ第二の都市(人口、フィラデルフィアに次いで)ではありますが、"the greatest city in the world"にはほど遠い規模。このあたりは、ニューヨークのブロードウェイで観劇をしているオーディエンスへのサービスであり、またミュージカルというエンターテインメントを言祝いでいるというところでしょう。盛り上がりますしね(トニー賞受賞式フィナーレでのパフォーマンス)。

この曲を聴いていると、また『ハミルトン』というミュージカルだけを観ると、まるでニューヨークが独立革命の中心だったように思えますが、本当のところはニューヨークは王党派、独立反対派も多かった地域。「独立宣言」にも最後の最後に、もう独立が決定したあとでようやく賛成しています。

ただし、イギリス軍の主力がボストンからニューヨークに矛先を変えたことで、3姉妹が明るく歌い上げていたニューヨーク、マンハッタンの街は独立戦争の主戦場に変わっていきます。多くの人命が失われる直前の状況を描いている歌だ、と考えながら聞くと、"5. The Schuyler Sisters"の無邪気な明るさにも,別の陰影が見えてくるかもしれません。

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