2017年3月12日日曜日

『ハミルトン』"11. Satisfied"の韻律を分析してみると・・・(1)

ヒップホップの初期には、いわゆる「バラッド・ミーター」(一連4行で、各行4-3-4-3の強勢(ストレス)、2行目と4行目が脚韻)がよく使われていたと先に書きました。これが4分の4拍子の4小節に収められてパフォームされます。The Sugarhill Gang, "Rapper's Delight"の分析を再掲すると、

                                                  Now, || 
what you | hear is | not a    | test. I'm ||
rap-pin'   | to the   | beat. *   *  And   || 
me, the  |  groove, * | and my |  friends are gonna ||
try to | move your | feet. *   | (* See  ||)   

で、なぜこのようなかたちになるかというと、英語という言語が(ほかのヨーロッパ言語に比較しても)強弱アクセントに大きく依拠しているということが一つ。つまり、リズム単位として、強アクセントの音節にいくつかの弱アクセントが従って「(詩)脚」(foot; 複数形feet)をなすことで、コミュニケーションが円滑に行われるということがあります。もう一つは、行末を脚韻(end rhyme)によって強調することで、意味・内容のまとまりを聞き手にわかりやすくすることができる(バラッド・ミーターでは、2行目、4行目をシラブル3個にすることで、切れ目をより分かりやすくしています)。

さて、ラップという馴染みのないパフォーマンス形態が生まれた当初は、このマザーグース(ナーサリー・ライム)などでもおなじみの「バラッド・ミーター」を多用していたヒップホップ・アーティストたち。しかし、いわゆる1980年代の「オールド・スタイル」から、ラキーム(Rakim)やナズ(Nas)たちによるライムの技術革新を通じて、1990年代以降のより高度なライム・スキーム(rhyme scheme)へと移行していきます。

ヒップホップ史上最高のアルバムとの呼び声も高い Nas, Illmatic (1994)のイントロダクションを除く第1曲目、"NY State of Mind"の冒頭を引くと(動画では0:20過ぎあたりから)、

Rappers I monkey flip em with the funky rhythm I be kicking
Musician, inflicting composition
Of pain I'm like Scarface sniffing cocaine
Holding a M-16, see with the pen I'm extreme, now
Bullet holes left in my peepholes
I'm suited up in street clothes
Hand me a nine and I'll defeat foes
Y'all know my steelo with or without the airplay
I keep some E&J, sitting bent up in the stairway

という感じ。曲を聞いたことがなければ、どこが韻なのか、どんなリズムなのかはよくわからないはず。バラッド・ミーターが頭に入っていれば再生できた "Rapper's Delight"とはまったく違った次元に入っているのが見て取れると思います。

とりえあずリズムから分析してみますが、だいたいこんな感じ。

* Rap-pers I | mon-key flip em | with the fun-ky | rhy-thm I be ||
kic-king, * Mu- | -si-cian, * in- | -flic-ting com-po- | -si-tion * of ||
pain * I'm like | Scar-face | snif-fing cocai- | -aine. * Holding a ||
M-six-*-tee- | -een, see with the | pen I'm ex-tre- | -eme, * now ||
* Bul-let holes | * left in my | peep-holes * I'm | sui-ted up in ||
street clothes. | * Hand me a | nine and I'll de-|feat foes. ||
* Y'all know my | stee-lo * with | or with-out the | air-play. I ||
keep some B and | J, * sit-ting | bent up in the | stair-way (Or)||

1行が4分の4拍子の一小節(||)、一つの拍子=4分音符♪が |で区切った部分、一つの拍子に基本、16分音符が4つ(♬♬)入ります。*のところは16分休符、下線部は16分の倍で8分音符に伸ばして発音。こうしてみると、4分の4拍子なので、それほど複雑でない・・・、かな? まあ、Nas のライムは分析がしやすいほうだと思います―ーNas がスタンダードと言われる所以ですね。もっと癖のあるパフォーマーだと、正直よくわからんこともたくさん。

つぎは(たぶんこっちが本題になる)ライム=韻について。

Rappers I monkey flip em with the funky rhythm I be kicking
Musician, inflicting composition
Of pain I'm like Scarface sniffing cocaine
Holding a em-sixteen, see with the pen I'm extreme, now
Bullet holes left in my peepholes
I'm suited up in street clothes
Hand me a nine and I'll defeat foes
Y'all know my steelo with or without the airplay
I keep some ee&jay, sitting bent up in the stairway

一音単位の子音韻、母音韻は(他の韻と関連がある場合を除いては)省きます(多すぎて色分けも無理・・・)。それ以外でも逃しているものがあるはずですが、こんなところで見ていくと、8行が前後4行ずつ(上の書き方だと4行/5行)に分かれるのがわかります(前半の最終行から "ee"の音がでて、まったく切れているわけではないのがミソではありますが)。前半は最後が"n"や"m"の息が口の中のどこかで止まる音が韻に多用されていて、全体に跳ねるようなリズムですね。後半は "ee"、"ey"といった音が重視されて、もっとぐっとするどく押し込む感じ。また、脚韻を強調することで、ラップのヴァースの一単位である8小節の終わりをわかりやすく示しています。

さて、上の(まあいい加減なものですが)韻分析で表れているのが、行内韻(internal rhyme)、連鎖韻(chain rhyme)、多音節韻(multisyllabic rhyme)、複語韻(broke rhyme)といった韻の踏み方。

Rappers I monkey flip em with the funky rhythm I be kicking
Musician, inflicting composition
Of pain I'm like Scarface sniffing cocaine

の "monkey" と "funky"、"Of pain"と"cocaine"は行内韻ですね。行末に置かれる脚韻と区別してこう呼ばれます。そして、"flip em"、"kicking"、"-flicting"と続くのが(行内韻にもあたりますけど)連鎖韻。類似の音が鎖のように連鎖して続いていく。

次が、ラップに特徴的な韻といってもいいと思いますが、多音節韻(multisyllabic rhyme)、および、複語韻(broke rhyme)。複数の音節のつながりが類似性を示すのが多音節韻で、それが複数の語から成っていれば複語韻(broke rhyme)。というわけで、

Bullet holes left in my peepholes
I'm suited up in street clothes
Hand me a nine and I'll defeat foes

の青の部分に注目。文学的な詩ではこれは韻とは見なされないでしょう。なぜなら、最後の音節 "-holes"、"clothes"、"foes"には類似性はないから。ただし、パフォーマン性の高いラップのおいては、不完全韻(slant rhyme。imperfect rhyme、half rhymeとも)が多用され、どちらかというとそちらのほうが好まれる傾向があります。あんまりそのまま音を揃えてしまうのは聞いてみるとなんだかダサい・・・。逆に、先ほど素通りした"Musician" と"--position"のような文字や発音記号上ではかなり違う語が、耳にしてみると似ている、というのを発見して使うのがクールなのです。さらに、上の"-holes"、"clothes"、"foes" のように、その音節だけを取り上げると類似性が感じられないところに、他の音や語を加えることによってかたまりとしての類似性をつくり上げる、そこにラッパーのテクニックのひとつの重要なポイントがあるわけです。

さて、始めのところで、脚韻は「意味・内容のまとまりを聞き手にわかりやすくする」という機能があると書きましたが、上のようなヒップホップにおける韻も、基本的にはこの役割を果たしているといっていいでしょう。連鎖韻は内容上ひとつのまとまりを表した部分を音の緊密性を高めることで強調し、また特徴づける。そうすることで、次のまとまりへの展開も示しやすくなります。また、多音節‐複語‐不完全韻を用いることで、音と意味の多様性を保持しながら韻としての強い印象を与える行末を作り出すことが可能になっています("Bullet holes~"からの3行の行末が同じ音の脚韻になっているのを想像してみてくださいーーそう、単なるダジャレですね)。

というわけで、ヒップホップのライムは、初期の "Rapper's Delight"のような単純なライム・スキームから、こうした複雑なライム・スキームに進化してきたわけです。そうして生まれた Nas, "NY State of Mind"のようなライムの印象は、音によってぎゅっと圧縮された印象をもつ各部分の内容が、しかも次から次へとドライヴ感をもって流れていく、という感じ。"NY State of Mind"の場合は、内容もまるで映画のアクション・シーンのような勢いで展開していくのですが、英語が分からなくても、その印象はある程度音だけによっても伝わると思います。

さて、もっと複雑になったライム・スキームとパフォーマンスについては、Genius.comによるYouTube動画で体験できます。


人気アーティストの曲のライム・スキームを色分けで分析した動画を集めたもの。


はぜひ観てください。なんだか、脳内マッサージみたい! Genius.comのサイトのほうにも同様の動画がたくさんアップされていますね。

というわけで(?)、本題の "11. Satisfied"にまで至りませんでした・・・。というわけで、次回に。

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