2017年3月2日木曜日

『ハミルトン』と ミュージカル『1776』ー現場と会議室

先に『ハミルトン』の先行作品としてソンドハイム/ワイドマン『太平洋序曲』をとりあげましたが、題材という面で直接関係しているのが、作詞作曲シャーマン・エドワーズ(Sherman Edwards)/脚本ピーター・ストーン(Peter Stone)のミュージカル『1776』 (ミュージカル初演1969年)、映画1972年製作)。

<『1776』あらすじ>
ジョン・アダムズは家族のもとを離れ、フィラデルフィアで行われているアメリカ大陸会議にマサチューセッツ州代表として参加している。ジョージ・ワシントン将軍率いるアメリカ大陸軍がイギリス軍とすでに交戦を始めている中、南部の州からの代表の反対によって、独立への合意がなかなかなされない。アダムズはベンジャミン・フランクリンやトマス・ジェファソンの協力をえて、反対派に(時には味方からも)煙たがられながらも独立のために奔走する・・・。1776年、アメリカ独立宣言の起草、アメリカ独立への大陸会議の決断を、その原動力となったアダムズを中心に描く。

『ハミルトン』第1幕がアメリカ独立戦争の〈現場〉についてだとすると、こちらは〈会議室〉について。『ハミルトン』では名前しか出てこないアダムズとフランクリンが中心人物として活躍します。ハミルトンはまったく出てこず(まあ当然か)、ワシントン将軍は「戦争は会議室で起こってるんじゃない、現場で起こってるんだ」的な手紙を戦場から何通も送りつけてきて、折々に読み上げられますが、ご本人は登場しません。ふたつのミュージカルはアメリカ史のちょうど裏表の関係ですね。

これを観ると、『ハミルトン』というミュージカルが、独立の動きが生まれたボストンや大陸会議が開かれたフィラデルフィア(1790年から10年は首都でもあった)という重要都市を無視して、ニューヨークだけに舞台を限定していることがよくわかります。『1776』で描かれるように、実は、ニューヨーク植民地は大陸会議で最後まで「棄権」を続けて、他の12植民地の賛成で独立が決まってからようやく賛成しています。『ハミルトン』を見ていると、ニューヨークが先頭を切って独立を扇動していたように見えてしまいます。でも、"the greatest city in the world"の住民は認めたくないでしょうが、実はニューヨークの大勢はハミルトンではなく、様子見のアーロン・バーだったわけです・・・。

ただし、モチーフやテーマ的には、かなり似たところがあります。『1776』冒頭の曲 “Sit down, John!”は『ハミルトン』、“The Adams Administration”の “Sit down, John, fat motherf**ker.”の元ネタで、会議室に登場したとたんに飛び回ってしゃべりまくるアダムズに他の参加者たちがみな「座れ!」と叫ぶ。この場面だけ見ると、なんだかわかりませんが(笑)。ハミルトンと同じ党(the Federalist Party)の有力者ながらケンカ別れすることになるアダムズですが、『1776』を見ると、二人の生き方はそっくり。相手かまわずしゃべりまくり、自分の意見を押し通そうとする(だとやっぱりケンカになりそうか)。ただし、『1776』のアダムズのほうが 「俺は不愉快なやつだってみんなに嫌われてる」("I’m obnoxious and disliked.”)、とか「まあ、俺は始終不満だらけだったからな」(“Well, I have always been dissatisfied.”)と自覚があるだけ大人ですね。

『ハミルトン』のテーマのひとつの、家庭と仕事の両立についても、ヴァージニアの妻のもとに帰りたくてしょうがないジェファソンにアダムズが無理やり独立宣言起草を押し付ける場面があるし、アダムズ自身も妻アビゲイル(Founding Mothersの筆頭)に家と病気の子供の世話をまかせっきりで単身赴任中の身、ということで、かなり前面に出ています。それに、歴史にどうlegacyが残るか、というテーマも・・・。

1972年製作の映画を見ましたが、脚本がよくできていて、映画版の俳優もいいです。話自体の出来や政治的なテーマのとりあげかた、特に後者は、『ハミルトン』より『1776』のほうが上かも。ただし曲が少な過ぎて、それほど音楽的にぱっとした部分がなく、「ミュージカル」度が少ないかなあという感じ。

唯一、音楽的におっと思ったのは “Momma, Look Sharp”というタイトルの、本筋とはあまり関係ない曲。戦場のワシントンの元から何度もやってくる伝令の少年が、戦死した友人とその母親の視点で歌うバラッドです。“He Plays the Violin”という曲も楽しみましたが、これは映画版のジェファソンの奥さん役の女優さんが可愛い、ちょっとかすれ気味の話し声もいい、フランクリンのエロ爺いぶりが楽しい、という理由で、曲自体の出来とはあまり関係ない(笑)。

あと、『ハミルトン』のワシントンは立派ですが面白みに欠けるような(オリジナルキャスト公演を観た人はみな、ワシントン役のクリストファー・ジャクソン(Christopher Jackson)を絶賛していますが・・・。動画はホワイトハウスの晩餐会でのパフォーマンス)。『ハミルトン』というミュージカル全体も、意外にまじめだよな、という印象があります(ミュージカルに受け継がれていた東欧ユダヤ系独特のちょっとねじれたようなユーモアが減ってきた?)。『1776』でアダムズのメンター役になるフランクリンは発言にウィットが利いていて楽しい。全体のユーモアの質もちょっと大人ですかね。ほぼ全体が会議室で起こるという設定もうまい。

『1776』は日本では見たことがある人が少なさそうではありますが、アメリカでは独立記念日の7月4日にかならずテレビ放映されるらしい。ともあれ、『ハミルトン』を見るなら、こちらも必見の傑作だと思います。

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