2017年3月1日水曜日

『ハミルトン』とソンドハイム『太平洋序曲』

『ハミルトン』はブロードウェイ、ミュージカルの世界の外でも大ヒットしているわけですが、それもブロードウェイのオーディエンスや批評家を納得させたうえでというのも重要なポイント。『ハミルトン』、そしてその脚本・作詞作曲を(もちろん主演も)つとめたミランダにブロードウェイが熱狂しているのには、ミランダがブロードウェイの正統をつぐ嫡子だという見方があるからでもあります。

ミランダは、高校時代からスティーブン・ソンドハイム(Stephen Sondheim; b.1930)の知己をえて以後さまざまな助言をもらっていて、ソンドハイムを師匠(mentor)であると公言しています(ソンドハイムのほうもその関係を認めている)。ソンドハイムは『ウェスト・サイド物語』(The West Side Story, 1957)や『ジプシー』(Gypsy, 1959)で作詞家としてブロードウェイに登場し、作曲にも手を広げて、『太平洋序曲』(Pacific Overtures, 1976), 『スウィーニー・トッド』(Sweeney Todd, 1979)、『イントゥ・ザ・ウッズ』(Into the Woods, 1987)などを手がけ、トニー賞を8回も受賞しているブロードウェイの重鎮。

さらにさかのぼると、ソンドハイムはオスカー・ハマースタイン二世(Oscar Hammerstein II; 1895-1960)の弟子にあたります。ハマースタインは『ショーボート』(Show Boat, 1927)でアメリカのショーがアメリカ的主題をとりあげる流れを生み出し、作曲家リチャード・ロジャース(Richard Rogers)とのコンビによる『オクラホマ!』(Oklahoma!, 1943)や『回転木馬』(Carousel, 1945)でミュージカル形式を完成させ、『王様と私』(The King and I, 1951)や『サウンド・オブ・ミュージック』(1959)でブロードウェイ黄金期を築いた人物。

この二人は、ミュージカル批評家Chris Caggianoの「ミュージカルの歴史でもっとも影響力がある人物」で1位と2位に名前があがっています。
Chris Caggiano, "The Most Influential People in Musical-Theater History"
この評価には賛成する人が多いのではないでしょうか。

つまり——「ヒップホップ・ミュージカル」の作り手!ととらえると見逃しそうですが、リン=マヌエル・ミランダの活躍、そしてトニー賞を始めとする玄人すじの熱狂の背景には、<ハマースタイン−ソンドハイム−ミランダ>という流れで、ブロードウェイ・ミュージカルのオーソドックスを継いでくれるにちがいない、という期待もあるわけです。『レント』(The Rent, 1996)のジョナサン・ラーソン(Jonathan Larson; 1960-1996)もソンドハイムの教えを受けていて、存命ならこの流れに入っていたはずなのですが、『レント』初演前に亡くなってしまった。というわけで、ミランダは遅ればせながら現れたブロードウェイの導きの星なわけです。

『ハミルトン』をそうした視点から見直してみると、このミュージカルがミュージカルの歴史に徹底的に根ざした作品であることが見えてきます。べつの言い方をすれば、『ハミルトン』に興味をもつことで、これまでのミュージカルの肥沃な歴史に分け入るきっかけもつかめるということ。

前置きが長くなりましたが、ソンドハイムの作品のなかで『ハミルトン』と意外にも関係が深いなと思ったものがあったので、ここでちょっと?紹介。ソンドハイム作詞・作曲、ジョン・ワイドマン(John Weidman; 1946)脚本による『太平洋序曲』 (1976)。なんと舞台は日本、ペリーの黒船来航から明治維新までの時代を描いた作品。

一見、まったく無関係に見えますが、2作品をつづいて見てみると、

 1.一国の歴史の転換点を描いた作品であること、
 2.ミュージカルとまったく別の芸術形式を融合させる試みであること、
 3.マイノリティのキャスト中心、しかも彼らが「白人」を演じること、
 4.平民から成り上がる人物が描かれ、アメリカ的価値が賞賛されること、
 5.語り手(狂言回し)役が作中にも登場して重要な役割を果たすこと、
 6.韻や言葉遊びを極端に強調した作詞、

などなどあげていけば他にもあってきりがないですが、『ハミルトン』の評価で重要ポイントにあがりそうな要素が『太平洋序曲』ですでに試みられていることが分かります。とくに、歌舞伎や能、講談、俳句などを自由にとりいれて、しかも一篇のミュージカルに統合したソンドハイムたちの手腕、全員がアジア系キャスト(現在でも黒人やラティーノ比べてマイノリティにあたる)で演じた革新性には驚かされます。『太平洋序曲』の初演は1976年で、高度経済成長期。作品の最後ではとつぜん1970年代の日本にタイムスリップして、明治以降、non-stopな成長をつづけている日本の姿が表現されます(バブル崩壊まで描けば、もっと『ハミルトン』に似てきそう)。

ソンドハイムのミュージカルはネット上にいい編集の動画があがっている場合が多いですね。『太平洋序曲』オリジナルキャスト版はこちら。第一幕の最後、1:22:40あたりから、ペリー提督が歌舞伎とケイクウォークを融合したダンスを踊る場面に注目。最後は歌舞伎舞台と同様に作られた「花道」をペリーが引き上げていく。『太平洋序曲』は、リバイバル版で宮本亜門氏が日本人初のブロードウェイ演出家デビューを果たしたこともあり、日本人にとっては非常に重要なミュージカル作品でもあります。オリエンタリズム、といって毛嫌いすることなく観てみると、すごくよく出来ていることが分かると思います。(またソンドハイムはすでに1987年の『イントゥ・ザ・ウッズ』でラップを取り入れています。こちらの0:07:10からの魔女のせりふをどうぞ。)

ソンドハイム/ワイドマンのコンビは他にも歴史ものミュージカルを手がけていて、『ハミルトン』についてミランダから助言を求められたワイドマンは、資料集めも大事だけれど、もっと大事なのは、どこで歴史的事実(資料)から離れてミュージカル作品として仕上げていくかだ、と伝えたそうです(PBSのドキュメンタリー Hamilton's America (2016)より)。

まあ、トニー賞作品賞を二作品連続で獲得したミランダの次作に期待しないのは無理ですよね。ソンドハイムのような息が長く、作品のバラエティも豊富なキャリアを期待するのはまだ早いかもしれませんが・・・.

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