貧しい移民として渡ってきた若者がチャンスをつかんで、一国の制度をつくりあげた「建国の父 Founding Father」の一人と呼ばれるまでに成り上がっていく・・・。『ハミルトン』のあらすじ(そしてアレグザンダー・ハミルトンという人物の人生)を一文で書くとこうなるわけですが、この分かりやすい「アメリカン・ドリーム」な展開が『ハミルトン』ヒットの一要因であることは間違いないでしょう。ミュージカル、ヒップホップといった芸能が移民やマイノリティたちの貢献によって成り立っている側面があることを合わせると、2015年からアメリカを席巻している『ハミルトン』現象に、新しい形での「アメリカン・ドリーム」の肯定を感じているアメリカ国民が多いのではないかと推測されます。
そこで、近年のミュージカルでこの「アメリカの夢」がどのように表現されているかを見てみるとーー。
まずは、The Book of Mormon (2011年初演)。2011年に作品賞(Award for Best Musical)を含めトニー賞9冠を達成して、現在もヒットが続いている人気作品。あらすじは、モルモン教徒の若者二人がチームとしてアフリカの紛争地域に派遣され、紆余曲折がありながらも独自の布教活動に成功する、というもの。人気アニメシリーズ『サウス・パーク』のクリエーター、トレイ・パーカー(Trey Parker)とマット・ストーン(Matt Stone)の脚本で、アニメと同じく下ネタも含めたギャグが連発され、モルモン教もアフリカの状況も過激に風刺する作品になっています。
このミュージカル、モルモン教を馬鹿にしているところがある、というか全編そうですね。ところが面白いことに、モルモン教徒たちには意外に好評。モルモン教はモチーフとして使われていますが、登場人物の若者たちを通して描かれるのは、白人マジョリティのアメリカ人に特有の、ほかの地域の人間からすれば傍迷惑な正義感や成功願望。どうやらこのミュージカルを見てモルモン教に入信する人もいるらしく・・・。ともあれ、作品では冒頭から主人公のひとりケヴィン(Elder Kevin Price)の根拠のない自信が炸裂します。
I've always had the hope
That on the day I go to heaven,
Heavenly Father will shake my hand and say:
"You've done an AWESOME job, Kevin!"
Now it's our time to go out [...]
And set that world's people free!
And we can do it together,
You and me-
But mostly me!
You and me-but mostly me
Are gonna change the world forever.
Cause I can do most anything!
今までずっと夢に見ていたんだ
天国に行った日には
神様が握手してくれてこう言ってくれたらいいなって
「すばらしい仕事をしたな、ケヴィン!」
そしてついに出ていく時が来たぞ[…]
あっちの世界の人々を自由にするためにね!
俺たちが力を合わせればできるさ、
お前と俺でね―
まあほとんど俺がやるんだけど!
お前と俺ーまあほとんど俺がだけど
世界を変えてしまうんだ
だって俺は何だってできるんだもんね!
("You and Me (Mostly Me)")
"You've done an AWESOME job, Kevin!"のあたりが、ニュース映像で戦場慰問にきた大統領に話しかけてもらってニコニコ顔の兵士を思わせて、その俗っぽさに笑える、とともに物悲しくなるところ。モルモン教徒かどうか関係なく、アメリカの一部の若者の特徴を戯画的に誇張して描いた像ですね。もちろん、アフリカの紛争地域ではこんな根拠のない自信でやっていけるわけがなく、ケヴィンは赴任早々挫折してしまいます。
さて、ここからがポイント。ケヴィンに代わって布教活動を成功(?)に導くのが、ケヴィンのパートナーであるアーノルド(Elder Arnold Cunningham)。みなに馬鹿にされる、嘘ばかりついてしまう、ケヴィンには邪魔だけはするな的に扱われていた若者ですが、彼がSFオタクとしての知識を活用してモルモン書の内容をアレンジ(というか完全に改変)して話すと現地人に大ウケ。アーノルドは布教を軌道にのせると同時に、可愛い彼女まで見つける。するとそれに乗っかってくるケヴィン。モルモン教の布教のはずが、とても個人主義のアーノルド教にいつの間にかズレてしまっているのですが・・・。
徹底的にコメディにしていて、どうにしてもありえないのでOKといえばOKなのですが、考えてみると、無邪気な思い込みで他地域に押しかけて、それが善意として通用する、というアメリカ的な帝国主義を、しかもとりあえずは成功例として描いているのですね。アフリカの人たちからはきつい批判がきてもおかしくないです。ギャグがよくできているのでずっと大爆笑してしまいましたが、それに気づくと微妙な気分にさせられる。このミュージカルがヒットしているのは、「アメリカン・ドリーム」を馬鹿にしているように見えて、最終的には肯定しているから、ですね。
次は、In the Heights (2005年初演[2008年ブロードウェイ初演])。2008年度のトニー賞で作品賞を含む5部門を受賞した、ご存じ、リン‐マヌエル・ミランダの出世作。舞台はミランダの地元、NYマンハッタンのワシントン・ハイツ、ラティーノのコミュニティ。ニナ(Nina)は家族や周りの人々の期待を背負って一流大学(スタンフォード大)に進学したものの、学費をまかなうためのアルバイトが忙しくてドロップアウト、家族に伝えられないまま帰郷する。一方、ラティーノ流コンビニ(bodega)を営むウスナヴィ(Usnavi)は育ててもらったアブエラ(おばあちゃん)が宝くじで大金を手にしたのを機に、アブエラとともに両親の故郷ドミニカへと戻る計画を立てる・・・。
このミュージカルで描かれる「アメリカの夢」は、The Book of Mormon やまた『ハミルトン』と比べても、地に足のついた、現実的なもの。移民の子として生まれたウスナヴィやニナがアメリカ合衆国という土地で、いかに自分自身のものといえる生活を築いていけるか・・・。また、前世代の移民第一世代、例えばニナの父のケヴィン(Kevin)はアメリカに渡って成功することがまさに「アメリカン・ドリーム」で、実際にタクシー会社の経営者にまでなっているのですが、現実は娘を大学にまで送ったものの、学費を払うには会社を売り払わなければならなくなる。
ネタばれになるので書きませんが、結末も含めて、大成功できるのは当たり前ですがほんのひと握りで、他の人たちにとっては前世代の期待も背負いながら、とりあえず少しよい暮らしに至りつけるかどうかが、まあ平凡ですがふつうのアメリカ人にとっての「アメリカン・ドリーム」なんでしょう。ただし、それが移民にとっては、自分のアイデンティティをある程度後にしてアメリカ流の成功に乗っかるかという選択(ニナ)であったり、ドミニカというルーツにこだわりながらアメリカに残ることができるかという迷い(ウスナヴィ)を伴うことを描いているところに、In the Heights の作品としての重み(『ハミルトン』にはちょっと欠けているような)がありますね。
最後に、Avenue Q (2003年初演)。2004年度のトニー賞作品、脚本、オリジナル・スコアの三部門を獲得した作品で、オリジナル・スコアで受賞したのは、ジェフ・マックス(Jeff Max)とフィリピン系の作曲家ロバート・ロペス(Robert Lopez)。ロペスはThe Book of Mormonでも作曲を担当し、トニー賞を受賞しています。一種の英語圏、アメリカの植民地だったこともある、ということで、フィリピン系の人たちの活躍はアメリカでちらほら見られますね。
Avenue Q は『セサミ・ストリート』大人版。人間とモンスターが仲良く暮らす、しかし冴えない地区(Avenue Q)に、大学の英文科を出たものの職が見つからない若者プリンストン(Princeton)がやってくる。そこでケイト・モンスター(Kate Monster)ら十人と出会い、ドタバタ劇をくり広げる。そのうち、ケイトと異種間の恋仲になって・・・。人形(パペット)と人間で演じるのですが、人形=モンスターではないのが面白いところ。日本人(かなり怪しい描きかたですけど)、なぜか名前はクリスマス・イヴ(Christmas Eve)という登場人物も登場して、多文化状況を楽しくとりあげた作品もあります。
主人公プリンストンは現実的にもっとも役に立たない(?)英文科(日本でいくと国文科ですね。失礼・・・)を卒業したて。そんな彼が登場すぐに歌うのが、"What Do You Do with a B.A. in English?"。
What is my life going to be?
Four years of college and plenty of knowledge
Have earned me this useless degree
I can't pay the bills yet 'cause I have no skills yet
The world is a big scary place
But somehow I can't shake the feeling I might make
A difference to the human race
僕の人生、これからどうなるんだろ?
大学に四年、知識を詰め込まれて
そのあげくがこの役立たずの学位なんてね
スキルがないから領収書がきても払えないし
世の中はでっかくて恐ろしい
でもなぜだかこの気持ちだけは消えないんだよな
いつか人類にでっかい貢献ができるはずさ
根拠はないけれど、世の中に偉大な貢献ができるんじゃないか、ここはThe Book of Mormonのケヴィンとも共通する、アメリカの若者のオブセッション。日本では「中二病」、「世界系」などと呼ばれる症状ですね。根拠はまったくないんですけどね・・・。他にも、どうやら才能はないらしいし、もう30代妻子アリなのに、いまだにコメディアンとしての成功を夢見るブライン(Brian)も登場します。
ただし、The Book of Mormonとは違い、Avenue Q ではそうした成功の夢を離れて、少しずつ現実へと着地する方向へと話が進んでいきます。唯一実現に向かいそうなのはケイト・モンスターのモンスターの子供向けの学校設立の夢。ただし、その夢を現実化させる資金は、引きこもりながらインターネットのポルノ商売で大儲けしている住人トレッキー・モンスター(Trekkie Monster; "trekkie"は「スタートレック」シリーズの熱狂的ファンを指す語)から提供されたもの。あくまで俗っぽく現実的です。
大成功としての「アメリカン・ドリーム」が実際には少数の人にしかもたらされず(そりゃあそうだ)、また、普通に満足できる暮らしに到達したり、またそれを維持していくこともなかなかに困難なのが、現在のアメリカ合衆国内の状況。Avenue Qのように、架空の世界を描きながらも、あくまで現実を映し出していく、このほうが、一見過激な The Book of Mormon やある意味アメリカの伝統ともいえる大成功を描く『ハミルトン』よりも、実をいうと、アメリカではラディカルなのかもしれません。
さて、『ハミルトン』現象と対になるのがドナルド・トランプ現象。ペンス事件(?)に代表されるように、この二つの現象はとくにメディア上では、リベラル/保守の対立軸を表すものとして対比されていました。「偉大な国」といいながら、自国で富の囲い込みをしようとするトランプの基本姿勢は、国の一種のアイデンティティである「アメリカン・ドリーム」という神話を捨ててでも、余計な責任のない「普通」の国になりたい、というアメリカ国民の欲求を表していたのかも。
2016年度大統領選では、こうした傾向が、『ハミルトン』と連動していたオバマ大統領の一見「アメリカン・ドリーム」の雰囲気を押し流したわけです。『ハミルトン』に熱狂すると、『ハミルトン』現象が陽、トランプ現象が陰と簡単に分けてしまいそうですが、現実に着地するという方向も説得力があるわけで・・・。『ハミルトン』の描く移民やマイノリティについても、ていねいに、現実にそくして検討してみる必要がありそうです。
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