2017年3月11日土曜日

『ハミルトン』とマザーグース、バラッド

"14. Stay Alive" の最初のほうに、

[HAMILTON] Local merchants deny us equipment, assistance. They only take British money, so sing a song of sixpence.
[ハミルトン] 地元の商人たちも物資の提供や援助を拒むありさまだ。イギリスの金でしか売らなとさ、6ペンスの歌を歌え、だな。

という部分があります。ここに「6ペンスの歌を歌え」("sing a song of sixpence")というフレーズが登場しますね。マザーグース(ナーサリー・ライム)に親しんだことがある人ながら、ピンときたのではないでしょうか? 逆に、知らない人には何が何だかさっぱりでしょう。

英語圏でとくに子供に愛誦されてきた詩を「ナーサリー・ライム」(子供部屋の詩; nursery rhymes)といい、アメリカでは「マザーグース」と呼ばれることも多い(これは19世紀にアメリカで出版されたナーサリー・ライムをまとめた本、あるいはその登場人物のガチョウおばさんからきています)。日本では、マザーグースという呼び方のほうが馴染みがありますね。

「6ペンスの歌を歌え」はこのナーサリー・ライムでもいちばん有名なうちの一つ。全体を引用すると、

Sing a song of sixpence,
A pocket full of rye,
Four and twenty blackbirds
Baked in a pie.

When the pie was opened
The birds began to sing—
Wasn't that a dainty dish
To set before the king?

The king was in the counting-house
Counting out his money,
The queen was in the parlor
Eating bread and honey,

The maid was in the garden
Hanging out the clothes.
Along came a blackbird
And snipped off her nose.

ナーサリー・ライム特有のナンセンスがいっぱいの楽しい詩です(翻訳は「マザーグース」を集めた本が日本でもたくさん出ているのでそちらで)が、お金を数える王様(ジョージ王?)が出てくるのでこの場合ぴったり。この詩を子供のころから知っている人なら、"sing a song of sixpence"だけで、そこまで頭に浮かぶでしょうね。詩ではなく歌じゃないの、と思った人もいるかもしれませんが、"nursery songs" ではなく"nursery rhymes"というように、メロディをつけて歌う場合もあれば、詩のまま朗誦して楽しむ場合もあります。"rhyme"はここでは韻を踏んだ文という意味。子供向けの韻を踏んだ小詩、という感じですね。

英語圏の子供たちは小さいころからこのナーサリー・ライムをやまほど聴いて、唱えて、歌って成長します。子供たちだけではなく、大人も折々思い出して、文章を書くときなどに引用する。新聞記事などにもしばしば登場するので、子供のころからの文化的蓄積を共有していない非英語圏の私たちにとっては、ほんとうのナンセンスにしか見えず、理解不能になる場合もあります。ただし、英語を使って生きている人たちにとっては、ある意味、空気と同じように吸い込んで吐き出してきた言葉とリズムなわけです。

というわけで、ナーサリー・ライムからの引用は、ラップのリリック(これも"rhyme"ですね)にだってごく自然に登場してきます。というより、こうした幼児からの韻文、言葉遊びの蓄積があったうえで、英語のラップが成立しているわけですね。引用という意識もなく、ひょいと口をついて出てくる、という感じなんでしょう。

もっと突っ込んで考えても、ナーサリー・ライムのリズムは、ラップの基本となるリズムとも共通点が多い。上から第一連だけをとって、各行が一小節になるように調整して、分析してみると、

Sing a      | song of  | six- *    | -pence, A ||
pocket     | full of    | rye, *    |  *  *  ||
Four and | twen-ty | black- * | -birds *||
Baked *  | in a        | pie. *     |  *  *  ||

1行目と3行目はストレス(強勢、アクセント)が4つ、2行目と4行目は3つ。あと、2行目と4行目の最後が同じ音(脚韻; "end rhyme)になっているのが分かると思います。*の記号が入っているところは、こちらの歌を聴いてもらうとわかるように、後ろに*分の休止を入れるか、他の部分の強弱2音と同じ長さで発音します(**は全休)。そうすると、一行が4拍子の一小節にうまく収まります。また、二行目の始めの "A"はリズム的には前の行に組み込まれます(この点、日本人には難しいところ。日本語感覚だと、どうしても拍子の頭から入っちゃう、その前の部分が抜けちゃうんですよね)。

このリズムはナーサリー・ライム以外にも、広告の文句など英語文化の至るところで登場し、また長い歴史をもった、英語という言語の特質にかなったほぼ無意識に反復されるかたちでもあります。名前もついていて、"ballad metre"。 「バラード ballad」というと現在のポピュラー音楽では静かな調子のラブソングを指す場合が多いですが、かつては物語を語る歌が「バラッド」(こっちが英語の発音通り)だった。英語の高尚な文学にもとりいれられて、こんなのが有名―イギリスのロマン派詩人ジョン・キーツの「慈悲なき美女」。

O what can ail thee, knight-at-arms
       Alone and palely loitering? 
The sedge has withered from the lake
       And no birds sing
(From John Keats, "La Belle Dame sans Merci: A Ballad")

一連目だけの引用ですが、ストレスは各行4-3-4-3、2行目と4行目で脚韻を踏んでいるのが分かると思います。これを(文学バラッドなので歌うために作られたわけではないんですけど)曲をつけて歌った動画がありますので、それを参考に小節分けをしてみると、

                                                            O ||
what can | ail thee, | knight-at- | arms, A-  ||
lone and | pale- ly   | loi-te-      | -ring? The ||
sedge has | wi- thered | from the | lake, And ||
no         | birds       | sing.    | ○       ||

リンクの動画では、0:26あたりからにあたります。2行目もストレス4個になっちゃいましたが、あまり気にしないでください(笑)。「タンタタンタ」のいわゆるシャッフルのリズムで歌われていますね。最後の小節の三語は引き伸ばし気味に一拍使って歌われています。

さて、ヒップホップのラップの初期のものを見ると、この"ballad meter"とほぼ同じ形式がよく使われています。例えば、ラップソングとして初の大ヒットを記録した The Sugarhill Gang, "Rapper's Delight" (1979)から。

Now, what you hear is not a test
I'm rappin' to the beat.
And me, the groove, and my friends are gonna
try to move your feet.

See, I am Wonder Mike,
and I'd like to say hello,
To the black, to the white, the red and the brown,
The purple and yellow

各行4-3-4-3のアクセントの数、2行目3行目の脚韻に注目。小節に合わせてみると、

                                                   Now, || 
what you | hear is | not a    | test. I'm ||
rap-pin'   | to the   | beat. *  |  *  And   || 
me, the  |  groove, * | and my |  friends are gonna ||
try to | move your | feet. *  | * See  ||   
I    *   |  am  *        | Wonder | Mike, and I'd ||
like to | say   hel-   | -lo,  *  |  * To the || 
black, to the | white, the | red and the | brown, The ||
purple | and yel-   | -low.  But |  first we gotta ||

実際のパフォーマンスでは4拍子のビートとはずれているところもありますが、とりあえず理念図という感じで(最終行は後ろに音を入れるスロットが余っているので、つぎのヴァースが食い込んできています。また、"yellow"は単語としては前にアクセントがありますが、"hello"と韻を踏むために後ろが強調されています。)

というわけで、ラップの「言葉としての」リズムや韻の踏み方は英語の詩・唄表現の伝統的なパターンに根ざしたものなわけです。もちろん、現在のヒップホップ・アーティストがこんなに単純なパターンを使うことはありませんが(フリースタイルだとあるか)、ラップのライムもこの基本から発展して、現在の複雑で自由度の多いパターンを切り開いていったことを知る上では、最初の時点を知っておくことは大事かと。

現在のラップ、そして、『ハミルトン』のリズムと韻—行内韻(internal rhymes)、連鎖韻(chain rhymes)、多音節韻(multisyllabic rhymes)、復語韻(broken rhymes)といった高度な技法—については、またの機会に。

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