2017年3月7日火曜日

ブロードウェイとロックの微妙な関係、『レント』という奇跡

『ハミルトン』第一幕は歴史的な状況のなかで、自分の命を賭していく若者たちが描かれています。そんなこんなで、第二幕も含めて作品全体、ちょっと青くさいとこがありますね。 "Young, scrappy, and hungry"(自称?)な国の国民が盛り上がる、ひとつの要因かもしれません。

『ハミルトン』、そしてそれを生み出したミランダに影響を与えたミュージカルをあげていくとキリがありませんが(このブログでもすでにいくつもあげましたね・・・)、そのひとつに『レント』(Rent;1996年初演)が上がるのは当然のことでしょう。ミランダ自身が高校生のときに彼女といっしょに見に行ったという甘酸っぱい思い出を明かしていましたし、90年代に10~20代をニューヨークで過ごした若者にとっては、ミュージカルといえば『レント』!という感じなのでは?

影響関係以外にも、『レント』と『ハミルトン』は最初に書いたちょっと青臭いところ、そして熱狂的なファンダムの存在など、共通点は多そうです。日本ではミュージカルというと、ちょっと現実離れした、子供っぽい、という印象をもっている人も多そうですが、実際にはニューヨーク・ブロードウェイのミュージカルはそれなりにお金を払える大人のエンターテインメント。若者たちからすれば(オリジナル・キャストのアントニー・ラモスも言っていましたが)、ブロードウェイ・ミュージカルに行くぐらいなら、Jay-Z やビヨンセ(これもちょっと古いか・・・)のコンサートかスポーツの試合を観にいくよ、というのが普通。学校の行事でミュージカルに行くのは、嫌々「行かされる」という感じらしい(私たちからすると、何とも贅沢な話ですが)。そうした背景で、若者にも熱狂的なファンを生んでいる、というのはなかなかにレアな状況。また、そうした熱狂的なファンがリピーターになって、ロングランにつながっている(行きそう)なのも同じ。

若者アピールの要因のひとつは、『ハミルトン』はヒップホップを、『レント』はロックをうまく使っている点にあるのは間違いないところ。『バイ・バイ・バーディ』(Bye Bye Birdie; 1960年初演)、『ヘアー』(Hair; 1967年初演)、、『ジーザス・クライスト・スーパースター』など、ロック・ミュージカルの先例はたくさんあると言えばあるものの、ロックがミュージカルと相性がよかったか、特にブロードウェイについて言えばそうではない。そもそも『ヘアー』の音楽はロックじゃなくて、ファンクやソウルなど黒人音楽で、ロック・ミュージカルという呼び方自体が疑問だったりする。そうした受け止められ方も含めて、ロック(ロック的なアティテュードも含め)は大人の社交文化的側面のあるミュージカルとは少しずつすれ違ってきた気がします。(ニューヨークを舞台にした映画『フェイム』(Fame; 1980年公開)に、主人公たちが『ロッキー・ホラー・ショー』(The Rocky Horror Show; 1975年初演)を観にいって盛り上がるところが出てくるのですが、この「ロック・ミュージカル」もロンドン産で、ブロードウェイでは派手にコケてしまったのですね・・・。)

最近のミュージカルでは、同じく歴史ものの、Bloody Bloody Andrew Jackson (2008年初演、ブロードウェイ初演2010年)が「エモ・ロック」(emo rock; パンク調の演奏で、モテない?若者の鬱々を感情いっぱい(emotional)に歌い上げるジャンルらしい・・・)をとりあげて、"20 dollar president"アンドルー・ジャクソンの人生を描いていますね。 面白いところがたくさんある作品なのですが、これも残念ながらブロードウェイではヒットせず、ジャクソンは20ドル札からも追放される流れに・・・。(こちらに小プロダクションの上演がアップされています。女性がアンドルー・ジャクソンを演じています! ステージ上に立っているバンドとのやりとりがあったりして、なかなかに楽しめます。)

あとは、近年、乱発気味につくられている「ジュークボックス・ミュージカル」(jukebox musical)。ボブ・ディラン(The Times They Are a-Changin' (2006))キャロル・キング(Beautiful: The Carole King Musical (2013))など、有名ミュージシャンの名曲を並べてつくられたミュージカルですが、これにはロックの「精神」といったものは感じられませんよね。簡単にいえば、懐メロとしてしんみりする感じ。べつに悪いわけではないですけど、でもね・・・、あまり感心はしませんよね。あ、フェラ・クティ(Fela Kuti)を描いた Fela! (2009)なんてのもあります! これはぜひ観たいなあ、けどまあ、リバイバルはなさそうだ。

ともあれ、ロックは1950年代から、『レント』という奇跡を除いてはブロードウェイと相性が悪いまま、現在に至るといってよさそうです。『ハミルトン』の成功でヒップホップに先を越された、というのはまだ早いですかね。2Pacを描いたジュークボックス・ミュージカル Holler If Ya Hear Me クリストファー・ジャクソン[『ハミルトン』ワシントン役]も出ている!の失敗(?)などを見ると、『イン・ザ・ハイツ』『ハミルトン』の成功は、リン‐マヌエル・ミランダの天才によるもので、これまた一種の奇跡なのかも。他のクリエイターの成功を見るまでは、ヒップホップが本当にミュージカルに取り入れられたかどうか、はっきり言えるのかどうか―ー。どちらかというと、ヒップホップ抜きでのミランダの次回傑作登場の確率のほうがまだ高そうな気もします。

『レント』は昨年2016年にも、20周年来日公演が実現していますね。東京だけなので、地方都市に住む身としては簡単に観に行けませんが・・・。

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