2017年3月2日木曜日

"8. Right Hand Man" (Hamilton: An American Musical)

"Here comes the General!" ということで、アメリカ大陸軍総司令官ジョージ・ワシントン将軍初登場の曲、"8. Right Hand Man"。ミュージカル『ハミルトン』では、ワシントンは単に主人公ハミルトンのボスというだけでなく、父親的立場からアドバイスをする重要な役どころ。ハミルトンがそのアドバイスを活かすかどうか、というと、・・・なんですけど。

<あらすじ>
1776年8月。ニューヨークに、ボストン包囲戦から転戦したイギリス軍主力が現れ、合わせて移動してきたワシントン将軍率いるアメリカ大陸軍と激突。マンハッタンを舞台にした戦闘が始まる。人員が足りずに苦悩するワシントン、一方で、ハミルトンやマリガンはイギリス軍から大砲を奪い取る戦果をあげる。バーは自分を売り込もうとワシントンに直接訴えるが、そこへハミルトンがやってくると、すげなく追い返される。ワシントンはハミルトンに自分の副官となるよう要請、ハミルトンはそれを受諾し、すぐにラファイエット、ローレンズ、マリガンたちを登用した戦闘プランを立て始める。
(ニューヨーク戦の詳細はこちら。)

曲は二重のイントロダクションで始まります。まず、ハミルトン。

[Hamilton] As a kid in the Caribbean I wished for a war. I knew I was poor, I knew it was the only way to rise up.
[ハミルトン] カリブ海に住んでいた子供の頃、戦争が起こらないかと願っていた。貧しい出なのは分かっていたし、戦争が唯一の成り上がりへの道だって知ってたんだ。

現在からすると「戦争が唯一の成り上がりへの道」というのは極端な気がしますが、日本の戦国時代や明治維新の頃をイメージしたら、それほど不思議ではないですね。しかも、アメリカの歴代大統領は20世紀も後半に入るまで、たいていが戦争で英雄視されるようになった人物たち(ちなみに現在の大統領も有事には軍のトップとなります)で、戦歴と立場がかなりリンクしています。ワシントンはその筆頭ですね。

それから、俺たちが立ち上がる(rise up)にはこの男の登場が必要だ、となって、バーのMCで、

[Company] Here comes the General!
[Burr] Ladies and gentlemen, the moment you've been waiting for. The pride of Mount Vernon-- George Washington!
[全員] 将軍のご登場だ!
[バー] レディース・エンド・ジェントルメン、お待たせの瞬間だ。マウント・ヴァ―ノンの誇り―ージョージ・ワシントン!

と、ワシントン登場。マウント・ヴァ―ノンはヴァージニア州の地名で、ワシントンのプランテーションがあった場所です。

しかしながら、登場してすぐに大活躍、というわけに行かないのがつらいところ。

[Washington] We're outgunned, outmanned, outnumbered, outplanned. We got to make an all out stand."
[ワシントン] 武器の数も、使える人間も、兵士の数でも、戦略でも負けている。総力戦でいかなければ。

歴史上の事実もこの通り。マンハッタンのダウンタウンエリアをあっけなく占拠されて、ワシントンはいまのハーレム(当時はのどかな農村)に陣地を張ることになります。このあとも口調は強いですけれど、戦況が思わしくない中、孤独な将軍の愚痴がつづきます。そこへハミルトンが登場、マリガンとともにイギリス軍の大砲を盗むのに成功(実話)。

そのあと、ワシントンと、ワシントンに自分に売り込みにいったバーとの会話。最初からかみ合わない二人ですが、そこにワシントンに呼ばれていたハミルトンが登場します。

[HAMILTON] Your excellency, you wanted to see me?
[WASHINGTON] Hamilton, come in, have you met Burr?
[HAMILTON] Yes, sir.
[HAMILTON & BURR] We keep meeting.
[BURR] As I was saying, sir, I look forward to seeing your strategy play out
[WASHINGTON] Burr?
[BURR] Sir?
[WASHINGTON] Close the door on your way out
[ハミルトン] 閣下、私に会いたいということですが何か?
[ワシントン] ハミルトン、入ってくれ。バーには会ったことはあるか?
[ワシントン] ええ。
[ハミルトン/バー] よく顔を合わせますね。
[バー] さきほど言いましたように、閣下の戦略が実行されるのが楽しみであります。
[ワシントン] バー?
[バー] 閣下?
[ワシントン] 出ていくときにドアを閉めてくれ。

まあ、早く出ていけということですね。ワシントンの態度もどうかと思いますが、よっぽど生理的に合わなかったんでしょう。

そのあと、戦場に出て戦って武勲をあげたがっているハミルトンに、自分のもとで副官(秘書役)をつとめるようにワシントンが説得。バーとは逆にハミルトンには親近感をもったようで、親切なアドバイスつきです。

[Washington] It's alright you want to fight. You've got a hunger. I was like you when I was younger, head full of fantasies of dying' like a martyr. Dying is easy, young man; living is harder.
[ワシントン] 戦いたいのは悪いことじゃない。成功したい気持ちがあるってことだからな。私も若いころは君と同じようだった、殉教者のように華々しく死ぬ空想で頭がいっぱいでな。死ぬのは簡単だ、生きるのはずっと難しい。

『ハミルトン』で、ワシントンはハミルトンに同種の説教を何度もしますが、その結果は・・・。ともあれ、自分の右腕になるようにとのワシントンの願いをハミルトンが受諾することになります。総司令官の右腕("Right Hand Man")アレグザンダー・ハミルトンの誕生です。

ワシントンはいろいろ読んでいてもよくわからないところがある人物ですね。ハミルトンを代表にほとんどがおしゃべりな「言葉の人」である Founding Fathers たちの中で、例外といってもよいくらい書き物を残していません。大統領となってからもジェファソンやハミルトンのような若い部下に自由にさせておいて、きりのいいところでふっと辞めてしまった(うまく辞めたのがいちばんの業績、という意見もあり)。軍人としてもかならずしも優秀には見えません。あとで出てくるチャールズ・リーやイギリス軍に寝返ることになったベネディクト・アーノルド、支援にきたフランス軍の将軍たちのような、ヨーロッパで正式な軍指揮官としての訓練とキャリアを積んだ人たちからすると、なんだこのド素人は?という感じだったようです。実際に大事な戦いでもたもたしてよく負けていますし。

ただし、アメリカ独立戦争の現場というのは、ヨーロッパの正式な軍隊が定まった戦場で戦うのとはまったく異なった状況で、また議会との関係にしろ、本気で戦えと言っているのかどうか常に考えないとダメな雰囲気。常に勝利を目指して「決戦」するといった姿勢の(ただしチャールズ・リーのようにあっさり捕虜になったりする)本格軍人より、のらりくらりで決して敵に捕まらず、負けても大敗にせず何度もよみがえってくるワシントンのゲリラ的スタイルのほうが、最終的にはあっていた、と、まあ結果論ですが言えるかなと思います。

となると、ワシントンはnon-stopなハミルトンよりも、じっとチャンスを待つバーのほうに実際は近かったということになりますね。ハミルトンがワシントンのアドバイスを理解できないのも、そう考えると当たり前なのかも。

0 件のコメント:

コメントを投稿