”15. Ten Duel Commandments"。『ハミルトン』のなかでも、もっとも大きなヒップホップからの借用が見られます。元ネタは、The Notorious B.I.G.の "Ten Crack Commandments"。ギャングスタ・ラップの神髄のような曲ですね。Biggyはクラックの売人が守るべき10箇条をストリートの経験をもとにあげていくわけですが、その形式が18世紀の「決闘 duel」の決まりごとを数え上げるために転用されます。『ハミルトン』紹介としても、この曲までくれば、もう終わってもいいかなという気がする(笑)。ここまで伝えれば、あとは作品の面白さは自然に分かるでしょうし・・・。
<あらすじ>
リーとローレンズの決闘が、それぞれバーとハミルトンの介添えで行われる。1~10までの決闘における決まり事が挙げられていく中、バーが最後の和解の可能性を探るが、ハミルトンは耳をかさず、ついに10カウントを聞くことに・・・。
舞台上では、リー、ローレンズ、バー、ハミルトンに6人のダンサーを加えた10人が、二重回転舞台ターンテーブルを駆使したステージングを見せます。観客はそれぞれの視点からの眺めをぐるりと見ながら、運命のカウント10まで気分を盛り上げていく。
曲は先取りの10カウントから。
[MEN] One, two, three, four
[FULL COMPANY] Five, six, seven, eight, nine…
[BURR/HAMILTON/LAURENS/LEE] It's the Ten Duel Commandments
[FULL COMPANY] It's the Ten Duel Commandments.
[男性] 一、二、三、四、
[全員] 五、六、七、八、九、
[バー/ハミルトン/ローレンズ/リー] これが決闘十箇条。
[全員] こいつが決闘十箇条。
そのあと、一番からひとつずつリストアップされていく。ここはひとつひとつ訳しながら見ていきたくなりますね。ちなみに元ネタの "Ten Crack Commandments"の最初の部分も、Public Enemy, "Shut Em Down"からのサンプリング(Genius.comの注によると、Public EnemyのChuck Dは麻薬をやらない人で、麻薬売人の曲に自分のカウントが使われたことが不満だったらしく訴訟沙汰に。結果は示談決着だそうです)。
[FULL COMPANY] Number one!
[LAURENS] The challenge: demand satisfaction. If they apologize, no need for further action.
[COMPANY] Number two!
[LAURENS] If they don’t, grab a friend, that’s your second,
[HAMILTON] Your lieutenant when there’s reckoning to be reckoned.
[全員] 第一条!
[ローレンズ] 決闘申込みー謝罪を要求せよ。もし相手が謝るなら、以降の動きは無用。
[全員] 第二条!
[ローレンズ] 謝罪しない場合、友人を一人つかまえて介添え人にし、
[ハミルトン] 考慮事項があった場合の補佐役とすること。
謝罪を要求せよ、という第一条はあっさり通過。ワシントン閣下がおっしゃっていたように、やらんでいい決闘をやろうとする連中なので、まあね・・・。第二条の「補佐役 second」ですが、場合によっては、代わりに決闘しなければならないこともあったとか。借金の連帯保証人みたいですね。
[LEE] Have your seconds meet face to face.
[BURR] Negotiate a peace…
[HAMILTON] Or negotiate a time and place.
[BURR] This is commonplace, ‘specially ‘tween recruits.
[COMPANY] Most disputes die, and no one shoots.
[全員] 第三条!
[リー] 介添え人同士に直談判させ、
[バー] 和解を協議するか―
[ハミルトン] さもなくば時と場所を決めさせよ。
[バー] ここまではよくある話、とくに新兵のあいだじゃあね。
[全員] ほとんどの争いはここで終わり、銃弾が放たれることはない。
ここでまず面白いのは、バーの「和解を協議するか」に、ハミルトンが"Or"の語を強調してかぶせるように話すこと(OBCアルバムを聞いてみてください)。それから、バーの「新兵のあいだじゃあね」というのは、ガキならともかくまともな大人はこんなアホなことしませんって、という揶揄ですね。かといって、止めるわけでもないんですけど。
[LAURENS] If they don’t reach a peace, that's alright. Time to get some pistols and a doctor on site.
[HAMILTON] You pay him in advance, you treat him with civility.
[BURR] You have him turn around so he can have deniability.
[全員] 第四条!
[ローレンズ] 和解に至らなければ、それもよし。ピストル何丁かと医者を用意しな。
[ハミルトン] 医者には前金で払い、慇懃にもてなして、
[バー] 後ろを向かせてやれよ、無関係を主張できるようにね。
バーはここでも引いた視点から、医者に迷惑かからないようにという配慮をしていて、他のメンバーよりは大人です。
[LEE] Duel before the sun is in the sky.
[COMPANY] Pick a place to die where it’s high and dry.
[全員] 五番!
[リー] 決闘時刻は日が昇る前、
[全員] 見晴らしと足場のよい死に場所を選ぶこと。
日が昇る前の、ただし、空が白んで相手がよく見える時刻。ぼやぼやしているとあっという間に過ぎてしまいしょうですね。全員のライン、ここだけではないですけど、頭韻("pick" "place"の "p")や母音韻("die," "high," "dry")が利いています。
[HAMILTON] Leave a note for your next of kin. Tell 'em where you been. Pray that hell or heaven lets you in.
[全員] 第六条!
[ハミルトン] 近親にメモ書きを残すこと。どこにいたかを伝えるように。地獄が天国か受け入れてくれるように祈りな。
一条分に二つのことがらが入っている気もしますが(笑)。「地獄」が「天国」より前に来ている、のはリズムの問題かもしれませんが、内容上も適切か。決闘して殺されて、天国ってのもね。
[COMPANY] Seven!
[LEE] Confess your sins. Ready for the moment of adrenaline when you finally face your opponent.
[全員] 第七!
[リー] 罪を懺悔せよ。敵とついに向かい合うアドレナリンの瞬間に備えて。
これから人を殺すかもしれないのに懺悔、というのは意味があるのか・・・。とりあえず、リーのほうもやる気じゅうぶんのようです。戦場ではかなりのビビり役だったのに、この落差はいかに?
[LAURENS/LEE/HAMILTON/BURR] Your last chance to negotiate. Send in your seconds, see if they can set the record straight…
[全員] 第八条!
[ローレンズ/リー/ハミルトン/バー] 協議の最後のチャンスだ。介添え人を送って、彼らに誤解が解けるか試すんだ。
と、ここで、介添え人二人の会話が挿入されます。緊張感があるスピーディな展開のなかで、ちょっと緩めているところ。逆に、他の部分の濃さが際立ちますね。
[BURR] Alexander.
[HAMILTON] Aaron Burr, sir.
[BURR] Can we agree that duels are dumb and immature?
[HAMILTON] Sure. But your man has to answer for his words, Burr.
[BURR] With his life? We both know that’s absurd, sir.
[HAMILTON] Hang on, how many men died because Lee was inexperienced and ruinous?
[BURR] Okay, so we’re doin’ this.
[バー] アレグザンダー。
[ハミルトン] アーロン・バー、サー。
[バー] 決闘が間抜けで幼稚だってことには合意できるよね?
[ハミルトン] そりゃそうさ。でもな、そっちのやつは自分の言ったことの報いを受けないとな、バー。
[バー] 命で? 俺たちからすれば、そいつは馬鹿げてるだろ、サー。
[ハミルトン] 待てよ、リーが経験不足で傍迷惑だったせいで、何人が死んだと思う?
[バー] あらそう、本当にやっちゃうわけね。
バーは決闘はバカバカしいと思っているのですが、それでも止めるわけではないんですね。このあたりの矛盾したようなあり方は、逆に、キャラクターとして説得力があるところだと私は感じます。最後の "Okay~"はかなり私の印象で訳してしまいましたが、呆れたというのと、ちょっと面白がっているのとあいだかな、と。ローレンズとハミルトンが(それにリーも)血気にはやって、何があっても決闘という姿勢なのと好対照。この人物が自身決闘騒ぎを起こすことになると考えると、不思議でもあり、そんなものかなと思ったり。
[COMPANY] Number nine!
[HAMILTON] Look ‘em in the eye, aim no higher. Summon all the courage you require. Then count.
[MEN] One two three four
[FULL COMPANY] Five six seven eight nine[HAMILTON/BURR] Number
[COMPANY] Ten paces! (Fire!)
[全員] 第九条!
[ハミルトン] 相手の目を見つめて、狙いが上になり過ぎないように。必要な勇気を振り絞って。そしてカウント。
[男性] 一、二、三、四、
[全員] 五、六、七、八、九、[ハミルトン/バー] そして
[COMPANY] 十歩! (撃て!)
今日のスタンダードからすれば、バーが言っている通り、決闘は「間抜けで幼稚」なわけで、なぜそんなことをしてたのかなあと思ってしまいますが、『ハミルトン』は題材からしてこれを扱わざるをえない。いかに徐々にこのモチーフを盛り上げていって、最後の二人の決闘を説得力あるものにしていくか、ミランダはかなり知恵を絞ったことと想像します。
訳から伝わるかは自身がないですが、英語でのパフォーマンスを聴いていると、単純な内容以上に濃い、ずんずんと積もっていく緊張感が伝わってきます。それはミランダのリリックの何重にも仕組まれた韻やリズムの効果ですね。
さて、決闘の結末は? それは次の "16. Meet Me Inside" で。
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