アメリカ合衆国という国、そして国民が、英雄、ヒーローに並々ならぬ情熱を注いできたことはみなさんもご存知のとおり。何といっても、アメリカン・コミックが描くスーパーマンやキャプテン・アメリカ、バットマンやアイアンマン、スパイダーマンの活躍は、いかにもアメリカだなあと私たちが考える文化の大きな部分をなしています。たぶん、アメリカが嫌いだという人が理由にあげそうでもありますね。『ハミルトン』もちょっとマンガ的なところがありますね。そういえば、日本アニメ風の女の子たちが主人公ヴァージョンの "Yorktown (The World Turned Upside Down"のビデオがYouTubeにあって面白かったんですが、いま調べると見つかりません・・・。けっこう検索上位にきてたんですがどうしたのでしょう?[追記:見つかりました、こちら。ついでに、"Wait For It"のも。)
さて、ここではそうしたアメリカン・コミックとブロードウェイ・ミュージカルがアメリカを代表するエンターテインメントという以外にも、歴史的に共通点が多いことを見てみたいと思います。
まず両ジャンルともに、1920年代から30年代というアメリカが好景気から大恐慌へとジェットコースターのようにアップダウンした時期にかたちを成していったということ。そして初期のクリエーターの多くが移民、特に19世紀末から20世紀にかけて新しく移民してきた東欧ユダヤ系だったという点。代表例がスーパーマンを生み出したジェリー・シーゲルとジョー・シュースターのコンビや、ミュージカルのロジャーズ&ハマースタイン。アメリカ合衆国という国家が20世紀の、真に世界一の国力を誇る国になっていく過程で、これまでの国家・国民イメージを乗り越えるようなヴィジョンを提出したのが、どちらかというと日陰の存在であるユダヤ系移民(しかももっと前にやってきた裕福なユダヤ系ではなく、貧しい労働者層)だったとというのは重要なポイント。ここから、底抜けに明るかったり、臆面もなく正義を主張したりといったイメージでとらえられがちなミュージカルやアメコミが、じっくり見てみると実は暗い影を宿しているという複層性が生まれてきます。アメコミ主人公の出自を見てみると、孤児だったり(スパイダーマン、バットマン、スーパーマン、みんなそう)、故郷の崩壊を体験(スーパーマン)していたりします—ハミルトンとの共通点ですね。
そして1960年に入ると、両ジャンルともに徐々に斜陽に。これには居住環境の郊外化やテレビの登場、新しい若者文化(ロック)などが関わっています。それまでの都市構造や家族関係と結びついていた前世代のエンターテインメントとして、時代に取り残されたようになっていく。ただし、この時期に新しい展開がなかったわけではなく、音楽の世界に遅れて1970年代からはミュージカル、1980年代からはアメコミの世界に「ブリティッシュ・インヴェイジョン」の波が押し寄せます。ミュージカルの世界ではアンドルー・ロイド・ウェバー、アメコミではアラン・ムーア(Watchmen (1986-1987))が代表例。アメリカ人が自分たちが生んだエンターテインメント・スタイルをすり切れたものと感じていたところに、イギリス人たちが新鮮な感覚をもって乗り出してくる。また、子供向けや甘ったるいと思われていた従来のイメージを振り切って、新しいオーディエンスである成人層を獲得。1990年代以降の両ジャンルの新しい展開を準備することになります。
そして、1990年代〜2000年代にかけて、ブロードウェイとアメリカン・コミックに再生の兆しが。これもおそらく1960年代のテレビと同様、メディア環境の変化が大きい要因でしょう。インターネット・メディアによって、誰にでもうける薄っぺらいメジャー・エンターテインメントよりも、それまで「オタク(geek)」的、マイノリティ的と見られていた領域のほうが様々な楽しみがあるという雰囲気が生まれてきます。ちょっと脱線しますが、ヒップホップという元はニューヨークの地域ローカルのカルチャーが現在の世界的広がりを見せるようになったのも、ネット上で伝説的アーティストのパフォーマンスが簡単に聞けたり、Genius.comのようなサイトで本当はその地域で若者文化と触れていなければわからないはずのスラングを手軽に調べ、少なくとも表面上は理解できた気になれるようになった、という背景があってのこと。
アメリカン・コミックの歴史的展開については、次の動画をどうぞ。
Super Heroes A Never Ending Battle 2013 Season 1 Episode 1
『ハミルトン』のヒットは、この21世紀にかけて展開してきた様々な流れが合わさって実現したものでしょう。複雑な歴史を背景に積み重ねられてきたエンターテインメントの富を前に、ミュージカル好きはヒップホップの名曲をネット上に訪ね、ヒップホップ好きはミューカルの名場面をのぞき見る。そして、これまで交わったことのない領域同士の対話がいつまでも続いていく・・・。これ以降、20世紀始めから展開してきたアメリカ文化のこうした「遺産 legacy」がどのように受け継がれていくか、そのことを考えるうえで重要な作品になることでしょう。
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